9の5 ナナセの弱点



 私の後ろを警戒しながら着いてくるペリコを確認しながら、背中の剣を抜いて重力魔法の準備をする。一匹くらいなら重力ジャンプで逃げながら戦えると思うけど、もし囲まれてしまいそうならすぐ逃げよう。


── カサカサ ──


 明らかに物音がした方向を眼鏡で確認する。サーモグラフィー的な温度察知も併用してみたけど、体温のない一つの生命反応しか感じない。前にアンドレおじさんが毒に気をつけろって言っていたのを思い出し、とりあえず危険な毒を持っていないことだけは確認しておいた。私もペリコも足音をさせないように静かに静かに近づきながら、その物音がする茂みをかき分けると・・・


── キシャー!!! ──


「ぎゃああああ!虫いいいいい!いやああああ!」


 その茂みから現れたのは足がいっぱいある昆虫型のデカくてキモいやつだった。


「虫ぃ、無理ぃー!むぅーーーりぃーーー!!」


 その昆虫型はアリと蜘蛛をミックスしたような見た目で、ところどころ毒々しいカラフルな毛に覆われていて、低い姿勢のまま目を赤く光らせて左右の牙をカシャカシャしながらキシャーキシャー言っている。私は腰を抜かしてその場に尻もちをつき、剣を向けたままズルズルと後退する。


「こないでぇー!こっちこないでええええええ!!」


 私はビビって魔法切れを起こしてしまったようで、手に持った剣がずしりと重くなる。それでも必死に左右にぶんぶん振り振りしながら、こっちくんなアピールをする。昆虫型の方も、私があまりにも騒いでいることに驚いたようで、その場から動かず、いきなり襲ってくることはなさそうだ。


「ペリコぉおおぉ!アレやっつけてぇーーー!!」


「ぐゎぁっ・・・」


 どうやらペリコにお断りされたようで、どこか呆れたような冷めた返事をされてしまった。私は腰が抜けて立てないので、地を這いながら後退し、少しづつヤツからの距離を広げる。


 全身に鳥肌が立っているのがわかる。情けないことに足腰に力が入らないし、牽制している剣を持つ腕もガクガクと震えている。心臓がバクバクと飛び出しそうなほど鼓動しているし、呼吸も乱れている。


── キシャぁ・・・ ──


 昆虫型は私を攻撃する価値もない下等な生物とみなしたのだろうか、特に襲ってくることもなく、カサカサと茂みへ消えていった。これは助かったのかな・・・


「虫むりぃ・・・立てないよぉペリコぉ・・・」


「ぐわぐわ、はぐはぐ」


「はわわゎわぁ~」


 ペリコが光るはぐはぐをしてくれて、私は少しだけ落ち着きを取り戻した。魔獣って聞いてたから狼みたいな四足歩行の凶暴なのを想定していたし、こんなでっかくてキモい虫が現れるなんて思ってなかったよ。大失敗だ。



 行きの半分くらいの速度で半泣きのままヨロヨロとナゼルの町まで戻ると、すでにアルテ様たちが王都から帰還していた。私は何も考えずにアルテ様にしがみつく。


「アルテ様ぁ、虫が出たから引っ越すぅ、えぐえぐ」


「どうしたのナナセ、よくわからないわ」


「怖かったよぉ・・・」


 アルテ様によしよしされながらおうちに帰ってくると、目一杯の暖かい光を浴びせてもらい、完全に落ち着きを取り戻した。


「かくかく、しかじか…‥・・・というわけなんです」


「そういえばナナセは虚無空間でも「生まれ変わるとしても昆虫は嫌だ」って言っていたわね、うふふ」


「笑い事じゃありません!」


「ナナセにも弱点があったのね、巨大な昆虫の魔物だなんて確かに気持ち悪いですけれど、戦ったらきっとナナセよりも弱いわ」


「戦うなんて無理でしゅ」


「ナナセも普通の女の子なのね、安心したわ」


「最初から普通の女の子ですっ!もうっ!」


 アルテ様がイタズラっぽく笑って取り合ってくれない。あんなデカいヤツに遭遇したことないから、怖さをわかってもらえないんだ。



 翌日。


「…‥・・・ということで、北の森のさらに北にある林に生息する禍々しい魔物の掃討部隊を結成しますっ!これはボクたちワタシたちの町、しいてはセカイを守る崇高な使命を与えられた聖戦なのですっ!」


「姐さん、そりゃ町の近隣に魔物が潜んでるのはおっかねえですけど、虫なんすよね?放っておけば林から出てこないんじゃないっすか?」


「うるさいよハイネっ!黙って姐さんの言うこと聞きなさぁーいっ!」


「「「・・・」」」


 私は町の護衛と狩人だけでなく、他にも戦えそうな住人を全員集合させ、ヤツらの掃討を厳命する。そのメンバーの中には、ヴァイオ君、ゴブレット、それにアンジェちゃんとエマちゃんまでもが新開発のクロスボウを抱えて混ざっていた。


「ついにこのクロスボウが活躍する時が来たのですね!ナナセさん」

「ナナセちゃんがぁ、なんか新しいゲーム始めるって聞いたよぉ」

「あたしたちもー、頑張るねー」

「きぃー、きぃー」


「相手はこの世のものとは思えないほど恐ろしい魔物ですよ!もっと緊張感を持って下さい!」


「でも毒なくてペリコよりちっちゃいんでしょー?大丈夫だよー」

「ナナセちゃんがやっつけたぁ、大イノシシとかヘラジカの方がぁ、よっぽど危険だよぉ」


 どうもこの世界の住人の魔物に対する認識と私の危機感に温度差があるようだ。エマちゃんとアンジェちゃんはゴブレットからクロスボウの取り扱い訓練を受けたようで、大人顔負けの狩りの腕になっているらしく、どうやらそれなりの自信があるみたいだ。私がいない間にも、北の森あたりに四足歩行のわりと凶悪な魔獣がちょくちょく出没したらしいけど、クロスボウの威力の前になすすべもなかったそうだ。


「ナナセ、わたくしはリアンナ様とアリアさんと一緒に怪我をしてしまった方のために馬車の中で待機していればいいのね?」


 今日のアルテ様は気合が入っているようで、久しぶりに魔法使いっぽい三角帽子と指揮棒を装備して癒やす気満々のようだ。


「はい、アルテ様たち以上に頼りになる衛生兵はいません!戦線を背後から支える光の戦士の立派なお仕事ですっ!」


「いよいよ光の四戦士が活躍するときなのじゃ」


「今日はずいぶんと大げさなのですねナナセ町長、いえ宰相?」


「作戦行動中は私のことは元帥と呼んで下さい!ちなみに私は上空から皆さんを見守りつつ指示を出します!」


「はいはい、ナナセ元帥っ、うふふっ」


 前線に出ないで上から見てる宣言をした私に対し、兵士たちからブーイングが上がってしまった。でも、これもちゃんと考えがあるのだ。


「私は宝石を山ほど持参して上空から作戦指示を送ります。地上で獣化したイナリちゃんがその指示を受け取り、最前線で奮闘する兵士たちに伝えて下さい!私は皆さんの目となり共に戦います!」


「姐さん空飛んでんなら降りてきて直接指示を出せば良いじゃないっすか」


「うるさいよコアンっ!黙って姐さんの言うこと聞きなさぁーいっ!」


「「「・・・」」」


「アルテミスから聞いたのじゃ。姫元帥は虫なんぞが怖いのじゃ?」


「違うっ!ますっ!必要な作戦ですっ!」


 編成は三個小隊くらいの規模で考えている。実際に武器で戦う先陣部隊、中団には馬車数台を用意し衛生担当のアルテ様とリアンナ様が待機、その後ろの馬車には武器補給担当の荷運び二人を配置する。最後部には建築隊と木材屋に待機してもらい、戦線がある程度進んだら林を外側から伐採開拓してヤツらの住処である林を更地にしてしまい、どこにあるかわからない巣ごと滅ぼし根絶やしを狙う。


 さらに私は私財を投げうって大量の油やガラス瓶、それとナゼルの町とナプレ市で売っている矢を全て買い占めた。ガラス瓶で火炎瓶のようなものをひたすら作り、ハルピープルにお願いして枯れ枝を拾ってきてもらい、各部隊の荷物担当に大量に所持させる。火炎瓶とは言っても石油のような揮発する油ではないので一気に燃え上がるような効果は望めないけど、油まみれになったヤツらに火矢を放てば生きてはいられないだろう。先祖代々、蜘蛛モンスターの弱点は火って決まってるのだ。


「隊員注目!今から作戦内容を伝えます!まず・・・‥…」


 先陣部隊の中でも弓矢とクロスボウの人たちが右翼と左翼に分かれる。中央は盾を持った剣や槍、それと農耕具を武器にした人たちで、大きな声を上げてヤツらを引きつけながら戦ってもらう。ある程度の数が減るまでは奥に行かせず、戦線は林の入り口付近でなるべく固定する。


 右翼と左翼に分かれた矢の人たちは、剣や槍が打ち漏らしたヤツを仕留めてもらう。私の経験則で、林から出てまでしつこく追ってくることはなさそうなので、一匹づつ確実に仕留めてもらいたい。


 戦線がある程度敵陣内に押し込めたら、建築隊と木材屋にひたすら木を切り倒してもらう。非戦闘員なので、その行動中はクロスボウ部隊が全方向に散開して護衛をする。うむ、我ながら完璧な作戦だ。


「…‥・・・という感じになります!なお、戦闘中にヤツらが集団で移動した場合は、上空から私がイナリ伝令兵に移動した方向を魔法で伝えますので、イナリ伝令兵は速やかに部隊長へ伝えて下さい!」


「わかったのじゃ」


「なんか質問ありますかー?」


「「「「「ありませぇーーん」」」」」


 こうして、町の経済活動を完全に止めてまで、私たち魔物掃討部隊は北の森のさらに北にある林へ進軍した。


 兵士の士気が低いのが少し気になるね。

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