8の13 かつての大商人(中編)



「娘のアデレードとはまた違った形で、若き頃から良き光を浴びて過ごしておったようじゃ」


「ほんとに!すごいじゃんレオナルドさん!」


「私は剣や魔法に関しての知識は乏しい。仮に資質があったとしても、今さら魔法など私には無理なのではありませんか?」


「すぐ使えるようになるのじゃ」


「ですがイナリ様、魔法とはそのように簡単なものなのでしょうか?」


 レオナルドは半信半疑って顔をしている。そりゃそうだ。


「ねえレオナルドさん、これは憶測なんですけど、その才能っていうのはお母さんのローゼリアさんから受けた影響で、とても愛されて育った証なんですよ。ローゼリアさんが治癒魔法とか使えたのかどうかははわかりませんけど、魔子や光子っていうのが寄ってきやすい体質みたいなのがあるんです。私の経験で言うと、心が優しい人にそういう体質の人が多いです。あ、私が心優しいって言ってるんじゃないですよ!あくまで一般論ですから!」


「そっ、そうなのか・・・ぐっ」


「アリアちゃんが光魔法バンバン使えちゃってるのはリアンナ様の影響なんです。アデレちゃんに関してはアルテ様と私の影響だと思ってましたけど、きっとローゼリアさんやレオナルドさんも関係あったんですよ。とても素敵なお母様だったってバルバレスカさんから聞きましたよ」


「ローゼリアお母様は子供の私から見ても完全無欠な女性であったな。日常において学業や礼儀作法を非常に厳しく躾けられたが、二人きりになると溢れんばかりの優しさで包み込んで下さったり、逆にアレクシスお父様と会えない寂しさを私に甘えることで忘れていたようだ」


「ツンデレですね!」


「外国の言葉を使うな。理解できる言葉で説明しろ」


 ツンデレなんてそりゃ通じないよね、怒られちゃったよ。でも嬉しそうにローゼリアお母さんの話をしているレオナルドは、なんだか少年のような顔をしていて微笑ましくなってしまった。


「普段、人前ではおっかないんですけど、二人になるとやたら優しい人のことで、私が前に住んでた国ではそういうのをツンデレという症状で診断されてたんです。症例の傾向は気が強い女性に多く見られ、おそらくマセッタ様も似たような病気だったんじゃないかと思ってます」


「ふむ、確かに若かりし頃のマセッタ様と少し雰囲気が似ていたかもしれぬ。ローゼリアお母様はな、アレクシスお父様の話になると、とても嬉しそうな表情になってな、私も幼心にお母様の嬉しそうな顔を見たくてな、わざわざ同じような話を何度も何度も繰り返し聞いたものだ。他にもお母様は時おり、私のことをアレクシスと間違って名を呼んでは照れ笑いしたりしてな、今思えばわざわざ間違っていたのかもしれぬな。ふっ・・・懐かしい話だ」


 なんかローゼリアさんって人はケンモッカ先生やアレクシスさんたちから聞いたような生真面目侍女っぽい印象と違って、ずいぶん可愛らしい人だったんだね。それはそうと私のバカ話に大真面目な顔で返事をしているレオナルドが面白くて笑いを堪えるのに必死だ。私はようやく口の減らない大商人から一本取れたかな?その勝敗はアルテ様くらいにしかわかんないけど。


「ローゼリアさんもアレクシスさんのこと、ずーっと好きだったんですねぇ。なんかバルバレスカさんがしてたアルレスカ=ステラ様の話とよく似ています」


「その通りだな。だからこそ、王国歴代屈指の使用人として名声を高めていたアレクシスお父様のことは、バルバレスカと共に死ぬまで隠し通そうと誓い合ったんだ。互いの母を悲しませたくないからな」


 結局、聞けば聞くほどレオナルドはローゼリアさんの暖かい光的なものに包まれて育った様子がうかがえて、バルバレスカから憎しみを吸収相殺→おうち帰ってママンに光を補給してもらう→以降繰り返し、みたいな人生を送っていたようだ。それはシャルロットさんと結婚してからもローゼリアさんが亡くなるまで続いていたようで、マザコン旦那との夫婦関係など上手く作れるわけがなかったシャルロットさんに思わず同情してしまった。


 まあ、そんなこと絶対言えないけどね。


「レオナルドさんはとても恵まれた親子関係だったってことですよね。それはアデレちゃんも同様で、さっきレオナルドさんが言ってたような、「アデレちゃんに何も教えてやれなかった」なんてことは絶対に無いです。すでにもう、お金で買えないような財産をたくさん残していますよ、レオナルドさんの商売の才能だけでなく、アイシャ姫の剣の才能や、ローゼリアさんの魔法の才能も」


「そうかそうか・・・私は恵まれて育っていたのだな・・・アデレードに良いものを残してやれたのだな・・・」


 しんみりとしながら、レオナルドさんはとても優しいお父さんの顔になってくれた。その横顔を見ている私も自然と笑顔になってしまった。やっぱ直接お話をしてみないと、その人となりなんてわかんないよね。ナプレの港町の騒動のとき、オルネライオ様が罪人の声にも平等に耳を傾けてくれたことに感心してたけど、探偵だった私は捜査の結論を追い求めすぎて、大切なことを忘れていたよ。少し反省しなきゃ。


「ともかく、レオナルドさんがローゼリアさんから受け継いだ光子ってのは、重力子ってのを打ち消すことができるんです」


「難しいことはわからぬが・・・バルバレスカを落ち着かせるのは私にしかできないことだとは漠然と理解していた」


「それはバルバレスカさんの負の感情をレオナルドさんが中和していたんです。しかも何十年間もずーっとです。これは憶測ですけど、私がサッシカイオを追い詰めちゃったり、アデレちゃんが王都で目立つようになってから、バルバレスカさんの負の感情がいよいよ爆発しちゃって、レオナルドさんだけでは抑えきれなくなって、それで悪魔化したんだと思います。そういった意味では私も悪いんですけど・・・」


 私もいまいちよくわかっていないので説明が自信なさそうになってしまう。でもイナリちゃんが横から割り込んできて補足説明をしてくれた。神様の言葉なら理屈なんて関係なく信じてもらえそうなので助かる。


「じゃがバルバレスカは根本的に魔法を使える資質が無かったのじゃ。悪魔化と言うても、資質のかたまりのようなアイシャールの悪魔化と、素人のバルバレスカの悪魔化は全くの別物じゃと思った方がいいのじゃ。例えば強力な魔法を扱えるナナセが悪魔化したら世紀末大魔王になってしまうほど危険なのじゃ」


「ちょっとイナリちゃん!?」


「世紀末大魔王とはどのようなものなのだ?」


「創造神様がよく言っておったのじゃ。とにかく悪いやつなのじゃ、諸悪の根源なのじゃ!悪の組織のラスボスってやつなのじゃ!」


「そのような危険人物を自由にさせておいて王国は大丈夫なのか?そもそも創造神というのはこの世界を創った者がいるのか?」


 イナリちゃんの説明が創造神の影響を受けたテキトーなものになっちゃったところで私が話を引き継ぐ。


「なんかイナリちゃんも創造神からへんてこな影響を受けてるみたいなんで私が説明します。まず創造神の概念はたぶんそれで合ってます。世紀っていうのは私が前に住んでいた国の年号みたいなもんで、その世紀っていう年号のキリが良い時とか終わっちゃう時に何か良くない事が起こるっていう言い伝えや予言がたくさんあったんです。あとピステロ様とかの言葉を借りると「魔子との親和性」って言うんですけど、それが高いと魔法の威力も上がるから魔王と呼ばれるような危険な存在になる可能性があるってことです。アイシャ姫が闇魔法を上手く使って戦っているのはご存知ですよね?」


「それとなく理解はしている。重いものを軽くできるのであろう?」


「まあそんな感じです。バルバレスカさんは「親和性」が低いし戦闘訓練も受けていないので、感情にイタズラすることはあっても、その怒りを武力に変換して大暴れするようなことは無いんです。せいぜいレオナルドさんが深夜に呼び出されてビンタされるくらいなもんです」


「・・・まいったな、ナナセは何でも知っているのだな。それなりに痛かったぞ」


「そりゃ痛いですよ、相手は自分の手を痛める力加減なんて考えられない状態で殴ってくるんですから。それで、もともと戦闘力が高いアイシャ姫が悪魔化すると、そのビンタは洗練された剣の攻撃に置き換わります。そんなの危険に決まってます」


「ナナセも剣士として鍛錬をしているから危険なのだな」


「私の場合、実は剣の腕は言うほどではないんですけど、際限なく闇魔法攻撃するかもしれません。世紀末大魔王になっちゃうかはわかりませんけど、危険なことになる可能性は十分にあります。あとマセッタ様やアデレちゃんにも言われたんですけど、私は言葉を武器にしたりお金を武器にしたりするそうなので、相手を恐怖に陥れたり欲まみれにして従わせたりする可能性も考えられます・・・」


「バルバレスカの数倍、いや数千倍は危険ではないか」


「それが結構大丈夫なんですよ、私もアイシャ姫も体の内側、主に脳の中で光と闇のバランスを取ってるってイナリちゃんもピステロ様も言ってくれましたから。その光と闇のバランスっていうのが、光のレオナルドさんと闇のバルバレスカさんの関係だったんです」


「バルバレスカと私の二人で一人前か・・・嬉しいような情けないような複雑な気持ちになるな」


 理屈っぽいレオナルドさんは悪魔化についてようやく納得してくれたようだ。っていうか、また話が進まないパターンだよねこれ。私は悪魔化の講義に来たわけじゃないのだ。


「えっと、それでお仕事の話なんですけど、レオナルドさんにはアデレちゃんのライバル的な立ち位置でいてもらわなきゃならないみたいなんで、今後どうすればいいか私も悩んじゃってるんです。商売の邪魔するよりも、商売の協力する方が簡単ですよねぇ」


「そうじゃな、わしらと地下牢で交わした会話は覚えておるじゃろう?レオナルドが大きな壁として立ちふさがるのが、アデレードの父親としての使命なのじゃよ」


「もちろんよく覚えております。アデレードの強い言葉がなければ、私はあの硬いベッドの上で朽ち果てていたかもしれませぬ・・・本当に感謝しておりますぞ、ベル様」


「わしゃ何もしておらんのじゃよ。じゃが、そう思っておるなら、なんとしてでも使命を果たすのじゃよ」


「かしこまりました、ベル様」


 ベルおばあちゃん連れてきてよかったよね。私だけじゃこうも上手く話せなかったと思う。

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