第二部【──の──編】
第八章 探偵ナナセの後日談
8の0・2 神様と少女(回想前編)
判決言い渡しの数日前。
ここは王宮の私の部屋のお風呂場。
いつものように超やわらかアルテ様チェアにむにゅりと座り、昔話に花を咲かせている。
「アルテ様と一緒に惑星テリアに来てから二年くらい経ちましたね」
「そうね、あっという間だったわ。ゼル村を目標にして転移の神技を使ったはずなのに、ずいぶん北の方へ着いたのよね。わたくし、さっそく失敗してすっかり自信をなくしてしまったのよ」
「あはは、なんか空中に出現していきなり怪我しちゃったんですよね。あのとき治癒魔法でかさぶた作ってくれたの今でもよく覚えてます」
「あの時も今も治癒魔法の効果は中途半端なままですし、思い出せば思い出すほど情けなくなってしまいます・・・」
「そんな落ち込まないで下さい!その分、アルテ様が開発した暖かい光は、この世界の治癒魔法なんかよりずっと効果があるんですから」
私は中学に入ってすぐの頃、創造神とやらによくわかんない謎空間に連れてこられてしまい、超絶美人の案内役らしき見習い女神様に“アルテミス”と名前をつけてあげることになり、この異世界での新しい生活が始まってしまった。
地球では身体がちっこくて運動神経も無かった私は、いきなりイノシシの家族に追い回されて死にかけたけど、そこに現れたアンドレおじさんに助けてもらって、そのままゼル村でお世話になることにした。
「あの時のアンドレッティ様の剣技は素晴らしいものだったわ、ほんの一瞬でイノシシの急所を切り裂いていたのよ。それでね、ナナセが気絶したままだったから、わたくし泣きながら治癒魔法をかけ続けたの」
「うん、起きたとき体の調子が良かったし、お腹すいてアンドレさんが焼いてたイノシシをバクバク食べちゃったの覚えてるよ。魔法は使えば使うほど脳の回路っていうのが安定するらしいし、私がどんどん怪我すればアルテ様の魔法も強力になるかな?」
「ナナセ、危ないのは駄目よ、そういうのはやめてちょうだい」
ようやくゼル村にたどり着いた私とアルテ様は、とても優しそうなおじいちゃんのチェルバリオ村長に倉庫の家に住むよう融通してもらった。私はかっこいい剣士を目指すつもりで異世界にやってきたけど、最初は畑を耕したり、牛の乳搾りをしたり、鶏卵を拾い集めたりと、新しい生活に馴染むために色々なことを体験させてもらっていた。アルテ様は女神様らしく神殿のお手伝いの仕事を始めたようで、私たちはゼル村での生活に少しづつ溶け込んできた。
「そんで、そろそろ剣と魔法を本気でやらないと、アルテ様が創造神に怒られちゃうと思ってピステロ様を訪ねに行ったんですよ」
「そうね、とても危険そうな結界に抵抗できたのを覚えているわ。わたくしも少しは神らしいことができたので、自信がついたのよ」
私たちはナプレの港町から南にあったピストゥレッロ様という吸血鬼の屋敷に不法侵入して、またしても死にかけた。とは言っても話せばわかる人だったので、なんだかんだで重力魔法を教えてもらい、その魔法の先生として、ちびっ子吸血鬼のルナロッサ君がついてきた。私は可愛い弟ができたような気持ちではしゃいでいたっけね。
「今思えば、港町のサッシカイオ町長をこらしめるために、シンくんもペリコもルナさんも創造神様が揃えて下さったのかもしれないわね、わたくしが頼りないサポート役ですから・・・」
「また自信なさそうにしてぇ、アルテ様は私の横にいてくれるだけでいいんです!それが私の活力になるんですからっ!」
ナプレの港町のサッシカイオ町長はブルネリオ王様の第二王子で、私やアルテ様を「嫁にしてやる」などという上から目線な感じの失礼な人だったので、仲間みんなで協力して徹底的に懲らしめてしまった。領主として無能だったサッシカイオを追い出しちゃったことで私は港町の住民に痛く感謝され、「ナプレの港町の英雄」などともてはやされるようになってしまった。
「ナナセが王国で有名になり始めたのはその頃からよね。かなり強かったベールチアさんたちの襲撃を撃退したことは、王様や王子様の評価を上げてしまったわ」
「そうですね、まだまだ剣も魔法もショボかったのに、なんか強盗とかの罪人たちにやたらと慕われちゃって、なんだかんだで姐さん衆の面倒を見なきゃならなくなったり、工場のヴァイオ君や牧場のエマちゃんや菜園のアンジェちゃんの生活を豊かにするためにも、王都の学園に通ってお勉強する決意をしたんですよ」
「村長さんにも、とても期待されていたもの。村長さんが生涯愛した護衛侍女のゼノアさんと風貌が似ていたからというのもあると思いますけれど、ナナセが頑張っていく良いきっかけになったと思うわ」
ナプレの港町の問題解決に一役買ったことで、第一王子で皇太子のオルネライオ様に気をかけてもらえるようになったので、私は王都の学園に、新学期直前にもかかわらず裏口入学させてもらった。
異世界の学園生活に心躍らせていた私だったけど、最初はなるべく目立たないように生活することにした。王都に引っ越ししてすぐに第一王女のティナちゃんと第三王子のソラ君の双子の姉弟とも知り合ったけど、学園ではそれも隠すようにしてたんだよね。
「ナナセはソライオさんとティナネーラさんとアデレさんとすぐに仲良しになっていたわね、交換日記で読んでいたけれど、お会いしたことがなかったから、とても羨ましい気持ちになったわ」
「あはは、アデレちゃんとはすぐに仲良しっていうより、すぐに大喧嘩ですけどねー」
王都で一番大きなヘンリー商会の一人娘だったアデレちゃんは、田舎娘だった私が領主教育主体の光組に入ったことが気に入らなかったみたいで、なにかにつけて絡んできた。でも、学園の剣の実習のときに、ピステロ様風の怖そうに見える闇をまといながら、ルナ君の禍々しい死神の鎌みたいなのを振り回してアデレちゃんを懲らしめてしまった。結局その後、メルセス先生から罪をとがめられて、放課後は毎日写本の刑をさせられていた。
このとき、娘を脅されて怒っていたヘンリー商会主のレオゴメスとの関係が悪化し、後に大きな問題に関わっていくことになってしまった。
「結局次の日には仲直りしてアデレード商会を作って、学園の子たちと一緒にお小遣い稼ぎを始めたのよね」
「そうですね、裕福な家の子は食堂でご飯を食べてたけど、そうじゃない子たちは硬そうなパンを一つかじるだけだったりしたから、とりあえず異世界定番のマヨネーズとか作って売ったんです。あとはキャラメルを高価な宝石箱の中におまけみたいに入れて売ったんですよ」
「ナナセの作る食べ物は全部美味しいわ、けれども食べすぎて太ってしまうし、お肌にも悪いのよ」
「あはは、でもお寿司とかはわりとヘルシーな部類だと思います」
そんなこんなの学園生活中、ゼル村のチェルバリオ村長さんが亡くなってしまった。アルテ様がずっと治癒魔法をかけていたけど良くならなかったそうなので、たぶん魔法でも寿命には逆らえないんだろう。私は亡くなる直前にお見舞いに行ったら「納税の仕事を頼む」といった感じでゼル村のことをしばらくお願いされたので、そこに用意されていた白紙の羊皮紙に署名をしたら、それはなんと婚姻証明書だった。
「そうだ!あの時、アルテ様までちゃっかり署名してましたよね!」
「うふふ、ナナセが王族になるだなんて素敵じゃない」
結局、十三歳にして王族婦人となり、翌日には未亡人になり、そのまま遺言にしたがってゼル村の村長を引き受けざるを得なくなってしまった。でもまあ、他にできそうな人もいなかったし、村長さんとゼノアさんの素敵な昔話を聞いちゃったし、断れる感じではなかったね。
村長さんの葬儀らしきことが終わって落ち着いた頃、オルネライオ様がしばらく村長代理をしてくれることになり、学園の学生に復帰することができた。その際、村から町に昇格し、ゼル村の呼称をナナセの「ナ」を付け加えて“ナゼルの町”と変更したその日は七月七日、偶然にも私の十四才の誕生日で、忘れられない一日となった。
「ナゼルの町に変わってから、住民が急に増えたのよね」
「お年寄りが住みやすい町っていう評判が良かったみたいですね。アルテ様が孤児たちをいっぱい引き取ってくれたのも町の評判が上がった要因ですよ。なんか王都直属建築隊のミケロ隊長まで移住してくれたから、町がどんどん大きくて綺麗になっていきました。そういえばアルテ様が住民管理とか銀行とかも始めてくれたから、なんだか急速に近代的な発展を遂げましたよね。私は何もしてないけど・・・」
「うふふ、ナナセは好きなことばかりしているわね」
せっかく町長になったにもかかわらず、ナゼルの町をほったらかしで好きなことばかりしている私は王都へ学生として戻り、妖精族の長老のベルおばあちゃんと一緒に住み始めたり、アデレード商会を軌道に乗せることに全力を費やしたりしていた。私とアデレちゃんは学園の放課後にお寿司屋さんの開発をすることを決めると、どうしても日本のお寿司屋さんのような横長のガラスショーケースにネタを並べたりしたくて、希少なガラスをピステロ様からゆずってもらったり、ナゼルの町の高品質なお米や卵を仕入れるための流通方法を安定させたりと、なんだかとても忙しく過ごしていた。
「お寿司屋さんはバドワイゼル大将がとても頑張っているのよね、ナナセとわたくしでお休みを回してあげたのが懐かしいわ」
「あれも良い思い出ですねぇ、アルテ様を客席に放っておくとチップが勝手に増えていくのが面白かったです」
「外来種が増殖するような言い方しないでちょうだい!」
学園の授業が一区切りしてナゼルの町へ戻ってくると、オルネライオ様のご婦人であるマセッタ皇太子妃に初めて会うことになった。なんだかとても不思議な魅力のある素敵な女性で、私みたいな小娘では太刀打ちできないなって思ったんだよね。
「マセッタ様はとても素敵な方よね!わたくしすぐに仲良しになって、色々なことをお話したのよ!」
「なんか二人、やけに仲が良いですよね。どんな話したんですか?」
「うふっ、お・と・な・の、女同士の内緒話よ、約束したの」
「えー!ずるいー!」
内緒の約束ができるお友達ができたことが嬉しいのだろうか、なんだかアルテ様が可愛い。マセッタ様はけっこう万能な人で、町役場の仕事を手伝ってくれたり、私の屋敷で侍女っぽい仕事をしてくれていたので、アルテ様と一緒に質の良い鉱石が取れると言われているアブル村へお買い物旅行に向かうことができた。その道中でゴブリンのゴブレットを拾ったり、帰りに寄った王都で王妃様のバルバレスカとアデレちゃんのお父さんのレオゴメスを逮捕しちゃったりと、なんだか全く予定通りに行かない旅だった。
「あの時ナナセは好青年のアルメオ様と急接近したのよね」
「なんか誤解を招く言い方しないで下さい!」
私とアデレちゃんをかばって背骨まで斬られてしまったアルメオさんの傷を塞ごうと必死で魔法をかけたけど、私のショボい治癒魔法では治せなかった。わんわん泣きながら必死で暖かい光を送り込んだら、ようやく傷がふさがってくれたような記憶がある。
「あの時もっと光魔法を練習しなきゃって思ったから、ベルおばあちゃんと一緒にイナリちゃん探しにグレイス神国へ向かったんですよ」
「そうね、かなりハードな旅だったようなので、わたくしは行かなくて良かったわ、きっと足手まといになっていたもの」
ここでタイミングよくイナリちゃんがお風呂に突入してきた。
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