7の10 護衛侍女・ロベルタ(前編)



 ベルおばあちゃんが珍しく真面目な話を始めたと思ったら、驚くことにバルバレスカとレオゴメスが姉弟だと言い出した。父親が誰なのか見当がついているようだけど、なんとも歯切れが悪い。


「どしたの?それ言いにくい感じなの?」


「たぶんセバスじゃな」


「ええええっーーー!?」


「じゃが母親は違うのじゃよ。それはアデレードとベールチアを見ればシャルロットが母親でないことがわかるのと同じじゃな」


 シャルロットさんの名前が出た瞬間にベールチアさんが少し悲しそうな顔をしたので、手を繋いで暖かい光を流し込んであげる。


「なるほどー・・・じゃあさ、サッシカイオがバルバレスカとレオゴメスの子かもしれないっていうのもわかるの?」


「わしゃサッシカイオとやらと会ったことないからわからんのじゃよ」


「あそっか」


 なんにせよ、セバスさんに話を聞かなければわからない。こういうのは先入観が邪魔をするってのを学んだので、オルネライオ様みたいに双方の言い分をきちんと聞かなきゃならないね。


「確か南端の港のガリアリーノさんがアルレスカ=ステラって人がバルバレスカの母親だって言ってたけど、ベールチアさんはレオゴメスの母親が誰だか知ってますか?」


「ケンモッカ様のお屋敷で長年お手伝いさんをされていた方ではないかという噂はありましたが、ご本人方が隠しておられましたので深く詮索するようなこともありませんでした」


「そっか。ケンモッカ先生って結婚してないのかな?」


「おそらく今も独身のままだと思います。私がお世話になっていたのはあくまでもレオゴメス様のお屋敷でしたし、ケンモッカ様はその後すぐにヘンリー商会から身を引いてしまいましたし、その二人の親子関係は正直なところあまりよくありませんでしたし、何より下働きの家政婦であった当時の私にはレオゴメス様が養子であったかどうかまで考える余裕などありませんでしたね・・・」


「そりゃそうですよねぇ。こりゃケンモッカ先生も重要参考人かぁ」


「まずはセバスを捕まえて話を聞くのじゃよ。ナナセに聞かれれば素直に答えるじゃろ」


「そうかなあ、話してくれればいいけど・・・まあ国王陛下やオルネライオ様より先に真実に近づけるチャンスだし、ベールチアさんとアデレちゃんを守るためにも、急いで帰って先手を取らないとね!」


 私たちはすぐにナゼルの町へ帰る準備をした。イナリちゃんが獣化するのに何日かかかるので、ハルピープルの中でも特にベルおばあちゃんに懐いていたハル=ワンとハル=ツーを一緒に連れて行く。私がベルおばあちゃんを装着し、ベールチアさんがハルコに背負われ、イナリちゃんはハル=ツーの背中にしがみつき、身体の小さいハル=ワンが荷物係となり、アギオル様に帰還のごあいさつに来た。


「アギオル様、ちょっと忙しく王国に戻るようで申し訳ありませんが、神都のタクシー業のことと、あとベルシァ帝国のことにも少し首を突っ込んじゃってるんで、全部落ち着いたら必ず戻りますから」


「そうですね、帝国のアイシャール姫のこともナナセさん同様、我が子のように心配しております。おっと、これは失言でしたかな」


「あらら、さすが何でもお見通しのようで・・・」


「・・・。」


 アギオル様はベールチアさんがしている動物の髪飾りを見て何もかも理解していたようだった。帝国執政官のガファリさんもこの髪飾りを見てピンと来ていたようだし、こっちの大陸では有名な紋章か何かが刻まれているのだろうか?アギオル様はたぶんベールチアさん本人が言い出してくれるのを待っている様子だったので、「落ち着いたら首根っこ引っ張ってでも連れて参ります!」と言って神都アスィーナを飛び立った。


 その日は休憩もなく王国南端のモルレウ港まで行くと、夜はガリアリーノさんとフランジェリカさんの家で仮眠だけさせてもらった。


 そして、まだ夜も明けていない薄暗い中でバタバタとモルレウ港を出発し、昼過ぎには上空からナゼルの町が確認できるところまで辿り着いた。ハル=ワンとハル=ツーは長距離の移動がけっこう厳しかったようで、ヘロヘロになりならがも頑張ってついてきていた。


「もうすぐ着くから頑張ってね!ほら、もう見えてるでしょナゼルの町」


「なかなか立派な建物がある町が見えてきたのじゃ。ドゥバエの港町よりもはるかに立派なのじゃ」


「あの建物はね、王国で一番の建築隊の人たちが作ってくれたんだ。ナゼルの町は急激に発展してる裕福で平和な町なんだよ!」


 ここいらで私は“そろそろ到着だよ!”の連絡に挑戦してみる。イナリちゃんとやっている光学通信を、アルテ様が持っている虹色貝ネックレスへ向けて飛ばしてみるのだ。あ、そういえば私がしていたお揃いの虹色貝ネックレスはアデレちゃんの首にかけてあげていたんだっけね、ちょうどいいから双方へ送ってみようか。


「ベルおばあちゃん、ちょっと多めに魔子を使っちゃうかもしれないから飛ぶの気をつけてね」


「じゃったら一度陸に降りた方がいいのじゃ。ハル=ワンとハル=ツーも、ずいぶんへばっておるから休憩なのじゃよ」


 海辺に降りると、さっそくぬんぬんと集中して剣に魔子を集める。どうやらイナリちゃんが私の補助をしてくれているようで、いつもより脳のゆらぎみたいなものは少ない。


「姫、方向はあっちでいいのじゃ?むむむん」


「ぬぬぬん・・・うん、あっちあっち。ぐぐぐぐ・・・」


 私とイナリちゃんが息を合わせて『えいやあっ!』と光学通信を送るために剣を振ると、二つの光の玉が双方にねじれ合いながらナゼルの町の方向へすっ飛んでいった。二人してフラフラになってその場にへたり込むと、ベールチアさんが私たちを暖かい光で包んでくれた。


「ふああ、「そろそろ到着」っていうたった一言の意思を送るだけでこんなフラフラになっちゃうんじゃ、あんま実用性は無いねぇ」


「姫、こりゃ遠距離で使うにはかなり無理があるのじゃ、わらわもだいぶ疲れたのじゃ」


 魔法使いすぎによるフラフラ症状は少し休憩すると急に元気になる。私もイナリちゃんもすっかり元気になると、通信が成功したかどうかはわからないまま旅を再開した。


 目的地のわかっている帰り道はずいぶん近く感じたので、かなり無茶な長距離移動だったにもかかわらず、そんなに長い時間を飛んでいる感じはなかった。でも、初めての旅路だったハルピープルたちにはかなり過酷な移動だったようで、ようやくナゼルの町の南門の手前へ降り立ったときには、もう立っているのも大変そうな状態だった。


「驚きました。ゼル村はずいぶん立派な町に生まれ変わったのですね・・・農業主体の田舎の村であった面影はどこにもありません」


「この町を囲んでる柵とか、見張り台とか、全部ナプレの港町の罪人が作ってくれたんですよ。あ、そうだ、ベールチアさんと一緒に王都から逃げ出して私を襲撃してきたコアントルとグランマンとベルモッティも、今はナゼルの町で頑張って無償奉仕してくれてるんです!もう罪人の面影なんてまったくないから、きっと会ったらびっくりしますよ!」


「ほほう、あの三人が・・・あの三人には悪いことをしてしまいました」


 そんな話をしながら歩いていると、私の帰るコールを受け取ってくれたのだろうか?アルテ様とアデレちゃんがこちらに向かって小走りで近づいてきた。いつもみたいに弾丸のように突っ込んでくることはなさそうなので警戒はしなくていいかな?


「ナナセー!ナナセー!」「お姉さまぁーーー!」


「アルテ様ぁー!アデレちゃぁーーん!」


 私はぴょこぴょこ跳ねながら両手をぶんぶん振って二人の出迎えに応えようとすると、その横から白黒の謎の物体がものすごい速度で突入してきた。


── ガッキーーン!!!ガキン!!! ──


 私は驚いて背中の剣を抜き、重力魔法の準備をしながら後ずさりすると、その謎の物体はベールチアさんに向かって一直線で進み、けたたましい金属音とともに停止した。


「どのツラをお下げになってナゼルの町へいらっしゃいましたか?」


「貴女こそ、相変わらず野蛮なお出向かえがよくお似合いですね・・・」


 謎の物体の正体はロベルタさんだった。


 白黒のお上品な侍女服のスカートには、すでに動きやすいようチャイナ服のようなスリットが入れてあり、鍛え上げられた鋼のような筋肉に包まれたその脚が見え隠れしている。ベールチアさんはとっさに重力魔法で応戦したようだが、それに抵抗するようにしっかりと地面を踏ん張り、お互いの剣が交錯した状態で均衡している。


「わたくしはアナタをこの町へ立ち入らせることはできません。首を斬られるご覚悟ができているようなので、遠慮なく行かせてもらいます」


「貴女のような粗暴な侍女ごとき、この私が遅れを取るわけがありませんね。その言葉、そっくりそのままお返ししましょう、ご覚悟を・・・」


 そう言うと、ロベルタさんのククリナイフとベールチアさんの大きな剣が再び火花を散らす。お互いが一定の距離まで離れると、いつものようにベールチアさんが重力ジャンプでロベルタさんに飛び込む。


── ガッキーーン!!!ガキーン!!!ドンっ! ──


 またもや交差した二人の剣がぶつかり合い、大きな金属音が周囲に鳴り響く。するとベールチアさんは深い闇をまとい、ロベルタさんを地面に抑えつけようと重力魔法を強める。しかしロベルタさんはその力を難なく利用して前方へのでんぐり返しのような回転運動に変え、驚くことに転がりながら手裏剣風のナイフを何本も投げつけた。


「くっ!さすが野蛮で小癪な戦い方がよくお似合いですね・・・」


「アナタのお下品な戦い方などすべてお見通しでございます」


 普通であれば後ろへ逃げるところを、ロベルタさんはあえて前方へ回避したようだ。ベールチアさんが背後へ振り返る一瞬のスキが投擲武器への対応を遅らせる。達人同士の戦闘は、その一瞬の積み重ねだ。そこへ今度は大きなククリナイフをプロペラのように投げつけつつロベルタさんが再び特攻する。防御に遅れを取ったベールチアさんはククリナイフを剣で叩き落としながら背後への大ジャンプをして体勢を立て直したかと思ったらすぐにまたロベルタさんの方へ、今度は低い姿勢で地を滑るかのように突き進む。それを受け止めいなしたロベルタさんは至近距離からベールチアさんに手裏剣を投げつけ頬をかすめると血がタラリと流れ出し・・・‥


 ‥・・・そう、私は完全に動きを止め、二人の高度すぎる戦いを惚れ惚れとしながら眺めてしまっていたのだ。


「おい姫!早く止めるのじゃ!どちらか死ぬまで続けそうなのじゃ!」


「ああっ!そうだったぁ!思わず見とれてたぁ!」


 私は慌てて重力結界の闇をまとい、二人の間へ突入した。

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