7の7 商人を目指す若者たち(前編)
※今から五十年ほど前、夢と希望を胸に王国の学園を目指し、船と馬車を乗り継ぎ長い旅に出た思春期の若者三人の物語。
登場人物紹介
・アレクシス=ゴメス ………立派な商人を目指す少年。三人の中では一番落ち着いた慎重な性格で、今回の旅では移動手段の手配や荷物のチェックなど、色々なことに気を回してくれる頼れる存在でこの物語の語り手。
・ケネス=モッカ ………アレクシスと共に立派な商人を目指す少年。とても優しい性格で、ときには自分を犠牲にしてでも相手のために行動できるタイプで、敵を作らずみんなと仲良くすることができる。
・アルレスカ=ステラ ………イグラシアン皇国の大きな商家の娘で、親に言われて王国の学園へ通うことになる。あまり乗り気ではなかったが、幼馴染の二人も学園を目指すと言うので、一人ぼっちになりたくないからついてきた。
・
「ケネス、アルレスカ、いよいよ王国が見えてきましたよ」
「わぁー!ついに僕たちは王国に上陸するんだね!」
「あまりイグラシアン皇国と違いはないですの」
私の名はアレクシス、皇国を船で出発してから三日目の朝に、ようやく王国の港へ到着した。皇国の南西と王国の北東なら陸地自体はとても近く、もっと短い航路で辿り着くらしいが、陸の移動よりも船の移動の方が楽なので、できる限りベルサイアの町の近くの港まで船で来る方がいいと教わった。
「それでは私はベルサイア行きの馬車を探してまいります」
「アレクシスは頼りになりますわ、ケネスとは違いますの」
「ぼっ、僕だってやろうと思えばできるんだからなっ!」
幼馴染の二人とは子供の頃からいつも一緒だった。私もケネスも貧乏な家の子だったので、お金持ちの商会の娘だったアルレスカに、いつもいつもお菓子や果実水をごちそうになったりしていた。
本当に子供の頃は純粋にそれを喜んで受け取り三人で仲良く食べていたが、大きくなるにつれ、その行為が恥ずかしいものであることを理解できるようになった。
「じゃあケネス、私の代わりに馬車を見つけてきて下さいよ。料金はこのくらいが相場らしいから、子供三人だからと舐められないように気をつけるのですよ」
「わっ、わかってるよっ!待っててよっ!」
ケネスはテケテケと馬車を探しに走り去った。実は私がアルレスカと二人きりになりたかったなど、知られるわけにいかない。
「一人で大丈夫ですの?ケネスは人がいいから簡単に騙されてしまうかもしれませんわ」
「ちゃんと相場を教えましたし、こんな簡単なことで騙されてしまうようなら王都の学園に通って商人になるなど夢のまた夢ですよ」
「そうよね、たまには信用してあげなくてはなりませんわ」
私はアルレスカと二人で初めてやってきた王国の港町を見回す。いつもケネスと三人でいたから、二人になることを望んでいたわりに話すことがなく若干気まずい思いをしていた。当のアルレスカは好奇心旺盛な娘なので、そんなことはお構いなしに、その目に映る知らない港町の景色すべてを興味深そうに眺めていた。
「アレクシス、わたくしあの商店を少し見てきますの」
「知らない街でアルレスカを一人にするわけにはいきませんよ、私も一緒に見ます」
「そう、アレクシスは心配性ですのね」
ケネスが戻るまでどれほどの時間が必要なのかわからないが、私はアルレスカと共に小さな雑貨屋へ向かった。さっと見て戻ろうと思っていたが、アルレスカは王国製の食器に釘付けになっていた。
「素敵ですわ、この美しい曲線、鮮やかな色使い、手に持った時の重厚感、すべてが皇国の安っぽい製品を凌駕しておりますの・・・」
「陶器の皿は落とせば割れてしまいます。やはり実用的なのは軽くて丈夫な木製の皿ではないでしょうか?」
「壊れやすい物だからこそ、大切に使うのですわ。その儚い存在にこそ、魅力がありますの」
「そういうものですか・・・」
アルレスカの家の商店は皇国でも有数の高級店だった。私のような貧乏者とは違い、多くの一流に触れてきたのだろう。普通の子供では持ち得ないような大人びた感性を、この時すでに持っていた。
「そろそろケネスが戻ってくるかもしれませんよ」
「そうよね、ケネスは年上なのに、なんだか頼りないところがあるから、わたくしたちがきちんと守ってあげなければなりませんわね」
そう言うと、裏まで眺めていたお気に入りの陶器の皿を名残惜しそうに商品棚に戻すと、小さな雑貨屋を出てケネスを待った。
「おまたせー!ベルサイア行きの馬車を見つけてきたよー!」
「ケネス、料金は大丈夫でしたか?」
子供三人だからと騙されていないか心配で、私が管理している三人の旅費をしまってある財布をリュックから出すと、ケネスは自信満々で私たちに向かって「無料で相乗りさせてくれるって!」と言った。
「大丈夫なんですの?」
「うん!この港からベルサイアまで荷運びをしている家族で、とてもいい人だったから大丈夫だよ!」
「商人の世界では、昔から無料より高いものはないと言うそうです。気を許さず、危険そうなら馬車を飛び降りるつもりでいて下さいよ」
「アレクシスは慎重だなぁ、そんな風に疑ってばかりいると、良いものを買いそびれちゃうよ!」
「悪いものを騙されて仕入れてしまうよりはいいじゃないですか」
そんな話をしながらケネスが乗せてもらう約束をした馬車のところまでやってくると、そこには色々な荷物を積み込んでいる親子がいた。馬車の中にはこの港で買った海産物などが積んであるようで、子供三人なら余裕を持って座れるすき間も用意してくれていた。
「ベルサイアの町までお世話になります、よろしくお願いします」
「わたくしたちは商学を学びたく王都の学園を目指しておりますの」
「はっはっは、礼儀正しい子たちだね、ベルサイアから先は送ってやれねえけど、まあ気楽にしてくれよな!」
この馬車は定期的に港とベルサイアの荷運びをしているようで、小さな子供が大きな荷物を必死に積み込むのを手伝っていた。操舵席の隣は比較的座りやすいようだったので、そこは女性であるアルレスカに譲り、私とケネスと荷運びの男の子と一緒に荷台へ乗り込んだ。
「おにいちゃんたちは皇国から来たんだってね!」
「そうですよ、これから王都を目指して旅をするのです。アレクシスと申します、短い旅ですが、よろしくお願いします」
「ぼくネプチュン!お父さまみたいな立派な荷運びを目指しているんだ!」
「僕はケネスだよ、もし僕が立派な商人になったら、ネプチュン君に荷運びをお願いしようかな?」
「ほんとに!?やったー!ねえねえお父さまーー!仕事とってきたよー!十年後くらいっ!」
「はっはっは!やったなネプチュン、頑張ってお客さんに迷惑かけないようにするんだぞー!」
この馬車の人たちなら危険なことなどなさそうで安心した。ケネスはどうやら料金を支払って運行している馬車など目もくれず、このように荷物を運び込んでいる馬車に片っ端から声をかけて回ったらしい。中でも小さな子供であるネプチュンくんに目をつけ、大変そうだからとお手伝いすることで簡単にこの座席を確保したそうだ。
「アレクシスさんはとても落ち着いた大人の人って感じだね!」
「そう言ってもらえると嬉しいですね」
私は感情を出すのが苦手だ。嬉しい、楽しい、悲しい、苦しい、こういったものはできるだけ隠して過ごしてきた。朝から晩まで働いて働いて、それでも貧乏だった家の長男として育ったから、弟や妹たちにも、もちろん両親にも心配かけまいと思い、こうするのが最良であると思ってきた。だから、ネプチュンくんに言われた言葉は素直に褒め言葉として受け取ることができた。
その点ケネスは感情や表情が豊かで、人に愛されるタイプだろう。どこか頼りないと思っていたが、機転が利くというかなんというか、今回のように無料で馬車に相乗りさせてもらうような、そういったことを目ざとく察知する能力に長けているのかもしれない。旅費を節約できたことには素直に感謝しなければならないな。
そのまま馬車は順調に進み、日が暮れた頃に途中の集落へ到着した。そこは港町とベルサイアのちょうど中間点あたりらしく、荷運びや商人が簡易に宿泊できるよう、雑魚寝するだけの広い部屋に格安料金を払って寝ることにした。荷運びの親子は野営に慣れているようで、食事のあと、積荷の監視も必要だからと馬車の中で寝るそうだ。
「アルレスカ、悪いですね。女性をこんなところに寝かせることになってしまって」
「いい経験ですの。野営するよりも、屋根があって枕があるだけでも感謝しなければなりませんわ」
「ケネス、あの馬車の人たちと上手く交渉してくれて感謝していますよ。旅費のことだけでなく、ネプチュン君から王国について色々と情報を聞くことができたのは助かりました」
「・・・zzz」
私は珍しくケネスに感謝の言葉を伝えようとしたらすでに眠っていた。その姿を見た私とアルレスカも、静かに眠りについた。
あとがき
女神「たいへんよ! 記念すべき七章七話だわ!」
眼鏡「ホントだ! 私、七って数字は縁起がいいんです!」
女神「でも、なんだか知らない方たちのお話ですね……」
眼鏡「七七なのに、私、登場させてもらえないんだ……」
女神「わたくし創造神様に抗議してきます!」
眼鏡「そんなことしちゃ駄目ですよぉ、きっと後のために必要な情報が詰まったお話なんだと思いますよ。私、創造神の考えることはなんとなくわかるんです!」
ということで、ナナセさんたちが登場しないお話です。退屈に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ほんの三話だけお付き合い下さい。
この三人とネプチュン少年は数年後の王都で本当に再会することになりますが、このときはそんなこと夢にも思っていなかったでしょう。
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