5の9 大豆の豊作と孤児院の先生
大豆の収穫が始まったと聞いたので、アンジェちゃんのお手伝いにやってきた。去年より少し早めに始めたらしいが、作付面積が倍になっているのでちょうどいいらしい。
「・・・これ全部アンジェちゃん一人で収穫したの?」
「ナナセちゃん、忙しいよぉ・・・」
「ご、ごめんね、私もじゃんじゃん手伝うからっ。でもこれ、ルナ君の鎌みたいなのでバンバン刈り取っちゃった方が早そうじゃない?」
「それもいいんだけどねぇ、あとでめんどくさんだよぉ」
まずはひたすら抜き取って行く。あまり根を残してしまうと耕すのが大変になるので、できるだけ引っこ抜いた方がいいらしい。その際に軽く雑草の処分もした方がいいそうだ。
「学園で習ったのは雑草が栄養になるから、抜いたらそのまま置いておくのがいいって言ってた気がする」
「肥料をまいたあとにぃ、アルテ様の魔法でやった方がぁ、ぜんぜん元気に育つよぉ」
「そりゃそうだ。とにかく土を一度空っぽにした方がいいんだね」
私はひたすら大豆を引っこ抜きながら、雑草も軽く処理して行った。しばらくすると朝の鐘が鳴り、アンジェちゃんと一緒に朝ごはんにする。私は小さめのリュックから鍋と食材を取り出し、簡単な野菜スープを作る。主菜は三角形のおにぎりだ。
「ナナセちゃん、その針金のうにうになあにぃ?」
「よくぞ聞いてくれましたっ!これはね・・・」
私は野営なんかで使えそうな持ち運び電気コンロを開発した。テルマエナゼルで作った針金コイルの余りを使い、いつでもどこでも簡単にお湯が沸かせるように改造したものだ。これでナゼルの町にもIH化の波がやってくるはずだ、が、高価な宝石を二つも使うので一般のご家庭には普及しないだろうし、重力魔法を使えるのが私とその関係者くらいだし、何より静電気魔法が光魔法なのか気体魔法なのかよくわかっていないので難しいだろう。
「すごいねぇ、何もしてないのにスープがどんどんあったまるよぉ!」
「火を起こさなくていいのは楽だよね。魔法は便利に使わないとねっ」
大量に抜き取った大豆は、しばらく干さなければならない。朝ごはんを食べ終わると、数日前にアンジェちゃんが収穫して干してあったやつを脱穀しようとすると、そこには去年はなかった装置があった。とげとげが付いたタルみたいな装置を、ぐるぐる回しながらサヤを引っかいて大豆を取り出すらしい。
「あれえ?去年は手作業で必死にバサバサしてたよね、こんな便利な道具あったんだ?これならどんどん脱穀できそうだねえ」
「お金がいっぱい増えちゃったからこの機械を作ってもらったんだぁ。アンドレさんは手作業でやってたみたいだけどぉ、みんな忙しくてお手伝いしてくれる人がいないしぃ、あたし一人でやらなきゃならないから買ったのぉ」
アンジェちゃんやエマちゃんに貸していた純金貨は、とっくに返済されている。ピステロ様がナプレ市でトマトをたくさん買ってくれるので、特に夏場は貯金が増える一方だったらしい。
この脱穀機は手でハンドルをぐるぐる回しながら大豆の枝をどんどん処理して行くようなものだ。弾き出された豆はぐるぐるの振動でうまい具合にふるいにかけられているようで、何層かの網目を通って下に貯まっていく。最後の分別は手作業になってしまうらしいが、この機械のおかげで作業効率は非常に良さそうだ。
「なんだか機械化が進むねえ。そうだアンジェちゃん、こういう農具があったらいいなあってのがあったら言ってよ、私の魔法を使って今までにはないようなものを作れるかもしれないでしょ?」
「ええー?特に思い浮かばないよぉ」
最終目標はコンバインだ。そのためには動物ではない全く新しい動力源を開発したい。重力魔法を使って何かをひたすら上下させるような謎の反重力エンジンなんて作れないかな?
「アンジェちゃん、今年は大豆が倍の収穫になったけど使う量も倍になるから安心してね。王都に大豆を使った料理をすごく美味しく作ってくれる人がいるんだよ」
「あたし、またお金持ちになっちゃうねぇ。こんなにたくさん収穫しても、余っちゃうんじゃないかと思って心配してたんだよぉ」
今日の分の脱穀が終わり、私は大豆をたくさんもらって帰ってきた。王都の港の村で豆腐を作っているリノアおばあちゃんに送らなきゃいけないのだ。というか、私が直接持って行きたい。王都まではペリコで早朝に出発しても到着は昼すぎになってしまう。途中で何度かペリコの水浴び休憩をしなければならないからだ。
ひとまず大量の大豆を家に置いて、今度は神殿に隣接する孤児院にやってきた。前にアリアちゃんに会ったとき、シンくんがいないことを知って寂しい顔をしていたのが印象に残っている。少しは元気になってくれただろうか?
「こんにちわー!!みんな元気ーー?」
「わあー!ナナセお姉ちゃんだぁ!」
孤児たちはとても元気に私の周りに集まってきた。一人ひとりの頭をなでなでしながら、自作の焼き菓子を配ってあげる。アリアちゃんもてけてけ駆け寄ってきたので焼き菓子を渡してあげた。
「すっごーい!あまーい!ナナセお姉ちゃんおいしいよ!ありがとう!もぎゅもぎゅ」
これは最近エマちゃんのところで始めたハチミツを使った柔らかいタイプの焼き菓子だ。砂糖を一切使わずにハチミツたっぷりで作ったので、しっとりとした食感でいかにも子供が喜びそうなやつだ。
「ナナセの姐さん、この子たちのためにありがとうございます」
「ベルモはいい先生になったみたいだね、アルテ様も褒めてたよ」
「俺は姐さんに恩返しのつもりで始めましたが、アルテ様に文字や計算、それに子供たちが喜ぶ歌や遊びなんかもたくさん教えてもらったんっす。だからアルテ様にも恩返ししなきゃならねえんっすよ。犯罪者になって当然だったような俺が、こんなに充実した日々を送れるようになるなんて夢にも思っていませんでしたし、この子たちには俺なんかと同じ思いは絶対にさせたくねえんです」
ベルモのいた孤児院は、教育どころか食事や水浴びでさえ奴隷のような扱いを受けていた酷いところだと聞いた。それがたった数ヶ月で文字や計算を覚え、なおかつ子供たちに教えることができる先生にまでなってしまったのだ。アルテ様の教え方も良かったのだろうが、本人の努力もきっと並大抵ではなかったはずだ。
「アリアちゃんも元気になったみたいだし、ベルモがみんなに優しくしてくれてるのがわかるよ、本当に感謝しているんだよ」
「姐さんも気づいていたんっすか。アリアニカ様はしばらく大人を警戒しているような感じだったんですよ。でも今はこのグループのリーダーみたいな感じになってますよ、さすが王族って感じっす」
「あはは、それだってベルモがちゃんと面倒見てくれたからそうなったんだよ、しばらく孤児院は安泰だね!」
「ナナセお姉ちゃん!ベルモ先生はとってもやさしいし、おもしろいし、ぼくだいすきだよ!」
「あたしもベルモ先生だいすきだよ!あのねあのね、ベルモ先生はね、リアンナさまのことがだいすきなんだよ!」
「あたしもしってるー!おかあさまのこと、いつもみてるもん!」
おっと、それは聞き捨てならない。
「ちょっ、勘弁してくれよみんなぁ」
「ベルモ先生っ!どういうことか説明して下さいっ!べつに誰を好きになろうが関係ありませんがっ!リアンナ様は人妻ですっ!」
あれ?そういえば男性の重婚は認められているようだけど、女性はどうなんだろ?子供の親が誰かわかんなくなるからまずいのかな?
「リアンナ様を嫌いな人なんてこの町にはいないっすよ。でも神殿にあししげく通って『リアンナ派』とか『アルテミス派』とか言ってる偶像崇拝みたいな連中とは一緒にしてほしくねえっす」
そういえばそんな派閥が出来てたっけね、あの時はシッシッと追い返してしまったけど、前世でアイドルにキャーキャーやっているのと同じようなものだったのだろうか?
「そっかそっか、なんかごめん。それでベルモはリアンナ様をどういう風に見ているの?」
「リアンナ様には感謝しているし、申し訳ねえって思ってるんです。俺とコアントルとグランマンは、サッシカイオ様と一緒に王都から逃げ出してきましたから。いくら逆らえなかったとはいえ、それはベールチアさんの不気味な感じが怖かっただけで、もう少しやり方があったんじゃないかって反省してるんっす」
ベルモ達はサッシカイオと一緒に野営で襲ってきたんだっけね。ベールチアさんのインパクトが強烈すぎて、すっかり忘れてたよ。
「そういえばそうだったねぇ。サッシカイオは私やアルテ様やルナ君のこと、かなり恨んでたでしょ?」
「そうっすね、正直言って俺たちもサッシカイオ様の話を聞いていたら、姐さんたちのことを憎らしいって気持ちになってました。まあ、姐さんにこっぴどくやられて、牢に入れられてから色々な人に話を聞かされて、俺たちが間違ってたって気づきましたっすけどね」
「片方の言い分しか聞かないとそういうことになっちゃうんだよね、それはしょうがないよ。オルネライオ様みたいに始めから公平に接してくれる人の方が少ないし、私だって最初に聞いた言葉っていうのを、どうしても信じちゃうもん」
「なんにせよ、俺たち三人はリアンナ様が移住してきてすぐに謝罪に行ったんすよ。そしたら怒られるどころか、「その節はサッシカイオを助けて下さってありがとうございます」って言ってもらっちまって・・・俺はあんとき、リアンナ様が天使のように見えました。ちなみにアルテ様は女神のように見えています」
確かに。神殿は病院みたいなところだし、さしずめ“白衣の天使”と言ったところだろうか。アルテ様が女神様っていうのはその通りすぎるのでなんとも言えないけど。
「わかるっ!天使様とか女神様って感じだよねー。ねえねえ私は?私も天使っぽい?それともベールチアさんみたいな悪魔って感じ?」
「は?何言ってんっすか?姐さんは姐さんっす。天使や女神より上位の姐さんって存在っす。俺、姐さんに生涯ついていきますからっ!」
そんなことをベルモが声高らかに宣言したところへ、ちょうどリアンナ様が神殿からやってきた。少し驚いた顔をした後、笑顔で口を開く。
「あら、お二人のお邪魔だったかしら?ナナセ様はベルモッティの生涯の人だったのですね、私は生涯の人がどこかへ逃げてしまいましたから、とても羨ましいわ。ふふっ」
「ちょっと!リアンナ様っ!なんか言い方が違いますっ!辞めて下さいっ!」
「姐さんっ!俺は辞めねえっすよ!どこまでもついていきやす!」
こうして、お上品なうふふ攻撃をしてくる人がまた一人増えてしまった。それを見ていたアリアちゃんの嬉しそうな顔が印象的だった。
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