第五章 年頃ナナセの女子力強化
5の1 戻る前にやっておくこと
神殿の鐘が十回鳴り響き、私はアデレちゃんとともに目を覚ます。寝ぼけていた頭がはっきりしてくると、昨日の夜に感情が昂って思わずキッスしてしまったことを思い出し、うつむいて頭を抱えながら赤面する。私は美少女の涙に弱すぎる、このことは墓場まで持っていこう。
「お姉さま、おはようございますの。とてもよく眠れましたわ」
今日の予定は午前中にブルネリオ王様などにあいさつしてから、昼前にはナゼルの町に移住する人たちと一緒に王都を出発する。人数も荷物も多いので大型の船を用意してもらったが、私は船酔い対策のために先に一人でナプレ市までペリコで飛んで行く。
「アルテ様ごめんね、どうしても船には乗りたくなくて・・・」
「わたくしはチヨコと一緒にのんびりと船旅をしながら戻るわ。ナナセはピステロ様に用があるのよね?気にしなくてもいいのよ」
朝ご飯はロベルタさんが作ってくれることが多い。みんなで顔を洗ってから、ダイニングのような部屋へやってきた。
「わあ、さっそく試しに作ってくれたんですね!美味しそう」
「ナナセ様のレシピはとてもわかりやすく書いてありましたので、わたくしごときでも問題なく作ることができました。ささ、どうぞ、皆さまも冷めないうちにお召し上がり下さいまし」
ロベルタさんには私の侍女をしていた時間を使って、アデレード商会の新商品開発をしてもらうことにした。ロベルタさんは何をやらせても柔軟で手際がいいので、こういった新しいものを試作するには最高の人材だ。手始めに今朝の朝食は謎の白身魚フライバーガーだ。
「お魚の揚げ物とチーズがこんなにも合うなんて・・・それにこのマヨネーズを改良したタルタルソースというのも絶品ですの!ぱくぱく」
「ナナセのお料理はどれも美味しいのよ!わたくしナゼルの町にナナセが戻ってきたら、また食べすぎてしまうわ!もぐもぐ」
「しばらくナナセの料理を食べられんと思っておったのじゃが、ロベルタがおれば安泰じゃのぉ、もぐもぐ」
「今はまだ王都に食材があまりないけど、ナゼルの町に戻ったら“あと作るだけ”みたいな感じでレシピと一緒に色々送るからね。お寿司屋さんの次はハンバーガー屋さんで王都を席巻するよ!」
牛肉が希少なのでしばらくはイノシシと鶏の合い挽きバーガーになってしまうし、ケチャップやマヨネーズなどのジャンキーな調味料は私がナゼルの町に戻ってからの大量生産になる。温度魔法で色々と冷凍できるようになれば、作るのはナゼルの町、売るのは王都といったセントラルキッチンのような仕組みづくりができるかもしれない。
「ナナセ、そろそろ国王陛下んとこ行くぜ」
食後のお茶をすすっていると、アンドレおじさんがやってきた。
「はい、準備はできています。アルテ様は部屋で待っててね」
「ええわかったわ、いってらっしゃい」
私とアデレちゃんとアンドレおじさんで謁見の間へ向かう。暗殺事件の話になると思うのでアルテ様は連れてはいけない。
謁見の間に入ると先日の学長室メンバーであるブルネリオ王様、メルセス先生、アルメオさんがすでに座っており、私たちが到着すると侍女や護衛や文官を全員部屋の外に追い出した。
「おはようございます国王陛下、メルセス先生、アルメオさん、私の都合で早朝からお集まりいただいてありがとうございます」
「おはようございますナナセ、ナゼルの町に戻られる前にお顔を見ることができて良かったです。もう準備は終わっているのですか?」
「はい、私もともと荷物が少ないタイプですし、船ではなくペリコでナプレ市まで戻るので問題ありません。それで、一応先に国王陛下にお詫びしておきたいことがあります」
私は学園の食堂のおばちゃん家族二組がナゼルの町へ移住することになったのを謝罪する。ついでに細工屋のサトゥルがアデレード商会の一員になり、ナゼルの町で時計の歯車づくりを最低でも一年間やることを伝えた。
「食堂の料理人とその家族はレオゴメスに圧力をかけられていたようですからね。言葉は悪いかもしれませんが、ナゼルの町へ逃げるのが最良の選択でしょうし、むしろこちらからお願いしたいくらいですよ。細工屋も同様にレオゴメスに嫌がらせを受けていたようですし、ナナセが動かなくても自然にそうなったかもしれませんね」
「そう言っていただけると助かります。事後報告のようになってしまって申し訳ありません」
「このようなことを事前に報告しようとするのはナナセくらいなものです。ナナセはどのような場合でも的確な判断をする方だと信用していますよ、もう領主教育など必要ないのではないかと思っています」
私の判断力を買ってもらっているのは嬉しいが少々お恥ずかしいので、まだまだ学生で勉強中の身であることをアピールしておいた。
「国王陛下、お礼と報告がございますの。あたくしをナナセお姉さまの部屋へ住まわせていただき、セバス様やロベルタ様、それにアンドレッティ様の護衛までつけていただいたことを深く感謝いたしますの。事の発端はあたくしが学園でナナセお姉さまに執拗に悪態をついていたことですのに・・・ほんとうにありがとうございますの」
「アデレードもあまり気になさらないで下さい。あなたもナナセと同じく、同じ年齢の子供よりはるかに大人のような考えをお持ちです。それに貴女の身を危険にさらしているのは王族の責任であるかもしれません。信用できる護衛がアンドレッティしかおりませんので、このような形になるのは仕方のないことです」
「ありがとうございますの。それで報告の方なのですが、昨晩お寿司屋さんで国王陛下がお帰りになった後、招待をしていないお父様とおじい様が一緒に来店しましたの。あたくし商人として初めてお父様に褒められたりして、少々困惑してしまいまして・・・本当でしたらおじい様に助けて頂こうと考えておりましたが、昨晩の様子を見てから“警戒すべき相手”であると考え直しましたわ」
ここは私も口を挟むところだ。
「国王陛下、ケンモッカ先生はバルバレスカのことを可愛がっていたとかありませんか?アデレちゃんの晴れ舞台を見にきたようなことを言っていましたが、あの二人はもともと喧嘩別れしたはずですし、家族をないがしろにしたり、そうかと思えば急に褒めたりと、なんだか行動に一貫性がなくてまったく読めないのです」
「確かにそうですね。レオゴメスはアデレードに酷く当たっていたかと思えば、なかなか他人を認めない性分にもかかわらず突然褒めるというのは腑に落ちないところがあります。それと、ケンモッカがバルバレスカを可愛がっていたということは無かったと思いますよ。ヘンリー商会を拡大するため一番忙しかった頃でしょうし、それはバルバレスカの両親にも同じことが言えると思います。何にせよ警戒は怠らないようにしましょう。頼みましたよ、アンドレッティ」
「二人が王城にいる間は俺がいるんで大丈夫だと思いますが、学園にはついていくことができないんで、そのあたりはロベルタやメルセスの助力が必要になります。ナナセとオルネライオが入れ替わればメルセスの手も少しは空くでしょうし」
「私は初年度教育が一段落したので、生徒の言動にはよく注意を払っておきますよ。レオゴメスは直接アデレードに何かするよりも、周りから崩してきたりするタイプですから」
なるほどと思った。確かにレオゴメスは用意周到に事を進めそうな典型的商人タイプだ。メルセス先生は裁判官というより、なんだか刑事みたいで頼りになりそうだね。
「そうですね、ほんの小さなことでも明日から毎朝、このように報告し合いましょう。王都の護衛にはマス=クリスらしき人物に注意を払わせています。しばらくは朝が早くなりますが、よろしくお願いします」
「「「かしこまりました!」」」「ましたわ!」
「なんか私だけナゼルの町でぬくぬくしてるみたいで、王都組は朝が早くなってしまうようで申し訳ないです。それはそうと、タル=クリスは何かしゃべりましたか?相変わらず『くっ殺せ』のままですか?」
ずっと静かにしていたアルメオさんがこちらを見る。
「取り調べはオレがやっていますが、あれ以来ずっとだんまりですね。食事は食べますし、雑談にも応じます。ただ容疑の話になると少々手荒な方法で詰めても一切口を開きませんし、マスを捕らえると脅しても全く動じなくなりました。そういう指導を受けているのだと思います」
「マス=クリスの名を出して動揺させることができたのは最初だけってことですかぁ・・・アルメオさん、少々手荒っていうのは、つまり拷問ですか?むち打ちしたりギザギザしたところに座らせたりですか?」
平和な世の中だけど、城の地下牢と聞くとそういうのを連想してしまう。刺さった剣をぐりぐりされても口を割らなかった人が、その程度の拷問で何かを話すとも思えないんだけどな。
「そうですね拷問です。ですが、むち打ちなどではなく火・・・温度魔法で熱風を浴びせたり、風呂より熱いお湯をかけたりするものです」
「拷問は魔法で行うんですね・・・国王陛下、私もちょっと話してみたいんですけど許可してもらえますか?できればアルテ様と二人で」
「アルメオとアンドレッティが同行するのであれば許可しますよ」
「ありがとうございます、では少し準備しますので、アルメオさんとアンドレさんは私の部屋で待機してもらっていいでしょうか?」
「わかりました、ナナセ様」
「おいナナセ、なんだか嫌な予感がするぜ、無茶すんなよ?」
「あはは、アルテ様の前で心配させるようなことはしないですよ」
私は部屋に戻ってから王宮の厨房へ行き、タル=クリスへの差し入れをちょいちょいと作ってからアルテ様と一緒に地下牢へ向かった。
「こんなところに階段があったんですねえ、なんだか地上の華やかさとは全く別でジメッとした感じが気持ち悪いです」
「オレもそうだけど、地下牢が好きな人はいませんよ。貴族時代にはここと別に奴隷部屋も王都の地下にあったそうです、今の公共地区のあたりは奴隷街だったらしく、全部埋めて公園にしたって話ですよ」
「あー、そういえば王国歴史書に奴隷制度の撤廃について書いてあったっけ。あんまり詳しく書いてなかったのは恥の歴史だからかな?」
地下三階くらいまで降りただろうか?王都の闇の部分に触れているようでなんとなく嫌な感じだ。途中に食材を保管する“冷室”らしきところもあったが、ここに置いてあった食材を食べるのはなんか嫌だ。
何度か鉄柵の扉を通過すると、まるで動物の檻のようなものが二階建てで積み上げられている部屋についた。一つの檻はたたみ一畳くらいだろうか?たぶん前世にあったカプセルホテルっていうのがこのような感じなのだろう。捕らえられている囚人は十人くらいだろうか?地下牢にあまりにも不似合いな私とアルテ様が入ってきたせいで、全員が檻の柵を掴んでこちらを見ているが声は上げない。
「まだ容疑者であるため、タル=クリスは取り調べを行える奥の広い部屋です。囚人とは扱いが少々違います」
確かに、あの二人は私たちを狙っていたのは確かだが、べつに攻撃をされたわけではなかった。マス=クリスは私に手裏剣を投げつけられ、タル=クリスに至ってはアデレちゃんに剣をぐさぐさぐりぐりされている。むしろ私たちが犯罪者なのではなかろうか?
「おいナナセ、中に入ったら念のため扉にカギをかけるからな」
私はアルテ様と一緒に、タル=クリスとご対面した。
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