4の20 新事業の準備



 今週末はナゼルの町へ帰省するので平日は忙しい。久しぶりにアルテ様に会えると思うと自然に活力が湧いてくる。今日はひとまず木材屋さんにやってきた。


「ナナセ様お久しぶりです、宝石箱は辞めちまうそうですね」


「そうなんですよ。ヘンリー商会が邪魔してきそうなので、すっぱりと辞めて新しい事を始めようと思って」


「アデレード様がいる前で言うのもなんですが、すでにレオゴメス様から設計図を出せと圧力がかかっていますよ」


「あらら。だったら高額で売っちゃっていいんじゃないですか?アデレード商会としてはそれでもかまいませんよ」


「いえ、俺たち製造の職人は設計図が命ですから。ナナセ様の芸術的な設計図を手放すなんてこたぁ絶対にしません!」


「ふふっ、なんだか嬉しいこと言ってくれますね!親方っ!」


 でも、ヘンリー商会に逆らうようなことをして良いのだろうか?王都で商売を続けにくくなるようだったら申し訳ない。そしたらアデレちゃんも全く同じことを考えていたようだ。服装や髪型だけでなく思考まで似てきたのは驚きである。


「親方、そのようなことをして大丈夫なんですの?あたくし宝石箱を初めて作って下さったこのお店が危険なことになるのは心配ですわ」


「それなら心配ありませんよ」


 ヘンリー商会の息がかかったお店は王都の半数にのぼる。しかしそれは残りの半数と敵対していることに他ならないと言っていた。


「ヘンリー商会の強みはレオゴメス様一人が中心となった指示体系だと思うんですよ。残りの半数の敵対している商店に足りないものはそこですわ。誰かが強力な統率力で俺たち敵対組を引っ張ってくれねえですかねえ・・・」


 親方が期待した目で私を見る。ついでにアデレちゃんとアンドレおじさんまで私を見てニヤニヤ始めた。


「ちょ、そんな目で見ないで下さいっ!私はあくまでもナゼルの町の町長ですからっ!王都のことは・・・そうですよ!アデレちゃんが将来必ずまとめあげますよ!私が保証しますっ!ねっアデレちゃんっ!」


 今度は私と親方とアンドレおじさんがアデレちゃんをニヤニヤ見る。


「ちょっと、そんな目であたくしを見ないでくださいですのっ!」


「あはは、まあ他にもやり方はあるよ。こちらが強くなるんじゃなくて、相手を弱らせればいいんだから。のんびり考えよ」


「そうですわね、アデレード商会はのんびり成長しますの」


「それでね、親方・・・」


 私はいつものように木の板に設計図を書く。親方の目が職人のものに変わり、いくつか質問を受ける。まずはリバーシだ。


「ほほう、ボードゲームですか。これなら簡単だし、時間さえもらえればどんどん作れますね」


「うん、でもね、これはアデレード商会の剣士見習いの子たちに作らせてあげたいの。だから難しい部分を親方のところでやってもらって、仕上げはアデレード商会がやって、ちゃんと報酬をあげたいんです」


「ほう、利益を最初から分配する予定なんですか。わかりました、木材をカットして、ボードに引く直線の溝と、この駒の丸型加工は難しいと思うんで俺んとこでやります。残りの作業の駒の面取りと着色をアデレード商会でやったらどうっすかね?」


「じゃあそれでいきましょう!でも、どうせすぐにヘンリー商会が真似してくると思うので作り貯めてから一気に売りさばきます。それと、次に作るものもちゃんと考えてありますから安心してくださいね!」


 次に作るものは麻雀牌なのである。これも必ず流行るのである。



「サトゥルに会うの宝石箱を受け取って以来だなあ。私、まだむかつかれてるかな?」


「あらお姉さま、その後サトゥルさんはとても好意的でしてよ」


「それはアデレちゃんがよくやってるからだよー。食材屋さんも木材屋さんも、アデレード商会としてちゃんと信頼関係ができてるもん」


「お姉さまのおかげですわ!」


「アデレちゃんの手柄だよ!」


「なあなあ、二人ともよくやってるってことで良いじゃねえか。俺は商人じゃねえから細かいことはわかんねえけどな、レオゴメスなんかより、よっぽど人間味のあるいいやり方してると思うぜ」


 アンドレおじさんが大人っぽいまとめ方をしてくれた。素人のアンドレおじさんから見ても、レオゴメスのやり方は強引なんだろうね。


「ナナセ様、アデレード様、よくお越しくださいました!」


「サトゥル久しぶりだね、もう知ってると思うけど、ヘンリー商会に邪魔されてるからさ、宝石箱つくるの辞めるんだ。なんか別のものを作ろうと思うんだけど、こんな細かいもの作れるかな?」


 私は木の板に細かい設計図を書く。サトゥルのヘコヘコした態度が消え、職人の顔になる。この人たち、ほんと設計図が好きよね。


「まずこれはゼンマイ、真鍮で作るといいと思う。それでこっちは歯車っていうの。私も作ったことないから色々と試してみないとわからないんだけど、この六十個ある歯車の内側に小さい十二個の歯車を張り付けて、こっちの小さい歯車を回してまた大きな歯車を回して・・・」


「・・・なるほど!こりゃすげえっすね!よくこんなもの思いつきますね!でもこれは回転を止めたり進めたりする部分は難しそうなんで作ってみないとわかんないっすね。それにゼンマイとやらも全部が同じ強さで動くとも思えないっす」


「うん。ある程度できたら少しづつ削ったりしながら調整しないと最初一つはできないと思うの。でもね、これ完成させたら間違いなく純金貨千枚・・・いや、もっと高く売れると思う。私が必ず売って見せるから!それに最初の一つができて、あとは型を使って作れば、ある程度は量産する作業が楽になるでしょ?」


「そそそ、そんな大金になるんっすか?この歯車が?」


「これが完成するとね、神殿の鐘と同じことが、いつでもどこでもわかるようになるの。砂時計が必要なくなるんだよ。本当に精密なものはできないかもしれないけど、そういうのは誰か別の職人が、将来的により精度の高いものを作ってくれると思うから関係ないの。最初の一個をこの世界に生み出すことが大切なんだよね」


「しかし、これはかかりっきりになっても数か月かかりますよ?」


「このお店は月にどのくらい儲けてるの?どのくらいの収入があれば安心して生活できるの?」


「俺は一人でやってますから、純金貨一枚も儲けが出れば生活はしていけます。忙しい月でも純金貨二枚くらいっすかね」


 私は姿勢を正し、真剣な目と丁寧な言葉で語りかける。


「でしたら毎月純金貨三枚を報酬としてお支払いするので、最低でも向こう一年間はアデレード商会に出向して下さい。さらに“時計”が完成したら、純金貨百枚を追加報酬としてお支払いします。これは王族としての命令ではなく個人的なお願いです。もちろん嫌ならお断りしていただいてもけっこうです。ほかの細工屋さんを探しますから」


 私は数億円単位の羊皮紙幣を財布から出してちらつかせ、ちゃんと払えるよアピールをする。いやらしいやり方だが、こういう人はお金や権力に弱いのだ。


 そしてすかさず情に訴えかける。


「それと、サトゥルはヘンリー商会からあらぬ圧力を受けてしまっていると思うのです。せっかく高品質な宝石箱を完成させてくださったのに、私たちの責任でそのようなことになってしまったことを大変気に病んでおります。せっかく私たちと良い関係を築けていた大切な仲間なのに・・・本当に申し訳ございません・・・」


「しっ、しかし俺なんかでいいんっすか?王都の官僚みたいな報酬を貰っちまってもいいんっすか?作れるかどうかもわかりませんし・・・」


「完成した宝石箱を見れば、サトゥルの細工の腕は確かなものだということくらい理解しております。このお店がいまいち儲からないのは、あなたの性格に問題があるからだと、はっきりと申し上げます」


「うっ・・・。その通りっす。細工の腕にはそれなりの自信があります」


「あなたは接客に向いていません。しかし職人としての腕は確かなものです。だったら職人としての能力にすべてを費やしてみてはどうですか?私たちと一緒にこの世にない新しいものを作りませんか?」


「やりっ!やるますっ!ナナセ様、アデレード様、よろしくお願いしますっ!俺も職人として集中できるのは願ってもいないことっす!」


 サトゥルは独身なので、店の切り盛りもすべて自分でやっていた。奥さんでもいれば接客は任せられていたのだろうが、ここは適材適所だ。物を作るのが職人さんで、売るのが私なのだ。これはナゼルの町の工場の親方であるヴァイオ君のお父さんに教わったことなのだ。


「それではサトゥルが今受けている仕事が全部片付いたら、ナゼルの町へ引っ越してもらいます。細工職人を目指している見習いの子をアシスタントでつけますので、頑張って時計を作って下さい!納期はたっぷり一年です!」


「わかりましたっ!俺ナナセ様のために頑張るっす!」


 準備金として純金貨三枚(三十万円相当)を渡し、店を後にした。


「お姉さまの圧倒的な交渉力に空いた口がふさがりませんわ」


「あんな偏屈な野郎が最後は完全にナナセの子分になっちまってたもんなあ。『姐さん』の面目躍如だったぜ!」


「二人はそう思うかもしれないけど、ちょっとうまく行きすぎたかな。実は、断られたり怒らせたりしたらどうしようって内心ビクビクだったんだから。私意外とビビりなんだよ!」


「はははっ!ナナセにビビりなんて言葉は似合わねえ!もしそうなら国王陛下の第一婦人に喧嘩なんてふっかけねえよ!俺はあんとき横で見ていて内心冷や冷やだったぜ、俺こそビビりだ」


「でもまあ時計が完成したら、もっと驚くと思うから期待していてよ」


 これで王都での責任はすべて果たしただろうか?あ、まだ一つ忘れていることがあった。今日これから行けるかな?


「そういえばケンモッカ先生のところにご挨拶に行ってないね」


「そうですわね、でも新事業が落ち着いてからでも良いのではありませんの?今はお父様の妨害をやりすごすことが最優先ですわ」


「それもそうだね。だったらアデレちゃんは先にお手紙だけでも出しておいたら?私の羊皮紙いくらでも使っていいからね」


「お言葉に甘えてそうさせてもらいますの」


 王宮の部屋に帰るとアデレちゃんと一緒にお風呂に入り、一緒に食事をして、一緒の机に並んで私は交換日記、アデレちゃんはお手紙を書き、一緒のベッドで眠った。なんだか本当の姉妹みたいだね。

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