4の18 家出少女・アデレード(後編)



「がっくり・・・(妹ちゃんに負けた・・・)」


「お姉さま、どうかなさいましたの?」


「あっ、いや、アデレードさん、なんというか、私も頑張りますね・・・」


「お姉さまは今のままでも十分すごいですわ!」


「アデレちゃんの方がすごいよ・・・」


 お風呂を出て髪をふきふきしあうと、私とお揃いの寝巻を着て食事をする。ベルおばあちゃんが気に入ってしまった豆腐と醤油が今日も食卓に並んでいる。他の食べ物は相変わらず薄味だ。


「ベルおばあちゃん、この子は商人の娘でアデレちゃん、しばらく私の部屋に住むことになるから、仲良くしてあげてねっ!」


「アデレードですの、ベル様のような偉大な方とお知り合いになれたことを感謝いたしますわ。よろしくお願いしますの!」


「元気な子じゃのぉ、こちらこそよろしくなのじゃよ」


 和気あいあいと食事が進む中、私はふといいことを思いついた。


「ねえベルおばあちゃん、前に言った冷蔵庫を作れないかな?毎日箱の中に入れてある水を凍らせて、箱の中をずっと冷やした状態にするの。それできれば料理屋の大革命ができると思うんだよね」


 この世界に冷蔵庫は無い。王城の地下には雪や氷を使った冷室があるらしいが、夏前にはすべて溶けて多少涼しいだけのただの倉庫になるらしい。温度魔法を使う人は温度を高めたり火をつけたりする方が主流のようで、水を凍らせる人がいるとは聞いたことがない。


「造作もないことじゃな」


「ですよね、でも問題は箱の方だねえ。魔法瓶みたいな部屋を作らないと・・・空気を抜く魔法なんてあるかなあ?」


「それは気体魔法じゃな、空気を操作できると聞いておるが、どのようなことができるのかは詳しく知らんのぉ」


「へえ、気体魔法ですか。真空なんて作れるかな?」


「どうじゃろうのぉ」


「なんか別の方法で、せめて空気を薄くする方法を考えないと」


 水魔法が液体魔法なので、きっと風魔法が気体魔法ということになるのだろう。ということは土魔法と呼ばれているのは固体魔法かな?なんにせよ今は使えないから紡ぎ手の人を探さないと。私にはやりたいことが多すぎる。


「お姉さま、あたくしには難しすぎてなんのことだかさっぱりですわ」


「ひとまず地下室がある物件でも探してみようか。ベルおばあちゃんには、毎日水を凍らせるお仕事をお願いするかもしれない」


「湖の家は暇すぎたのじゃ。わしにできることがあるなら大歓迎なのじゃよ!ナナセも練習しておればすぐ使えるようになるじゃろ」


「うん、もう少しちゃんと考えるから、そしたらお手伝いしてね!」


 この日はアデレちゃんと一緒に眠った。私にしがみついて寝ていたが、少し涙をにじませながら寝言で「お父様・・・」と言っているのが胸をしめつける。レオゴメスが前国王の暗殺に関わっていたとしても、なんとか平和的な解決方法を見つけたいと思いながら眠りについた。


 翌朝起きると、先に起きたアデレちゃんが髪の処理に困っていた。いつもガッチリと決まった金髪ツインテール縦ロールは毎日お母様にやってもらっていたらしく、一人じゃビシッと決まらない。当然私もできないし、セバスさんにもできるわけがない。


「ねえアデレちゃん、今日からポニーテールにしよっか、私も同じ髪型にしてみるよ。それでさ、私の女性騎士風の服をあげるからさ、髪も服も仲良くお揃いで学園いこっ!」


「素敵ですわ!お姉さまとお揃いなんて大歓迎ですの!」


 お互いの髪をポニーテールに結って、私の女性騎士風の服を着せてあげる。アデレちゃんには私のいつもの剣を貸して背負わせ、私は訓練用の重い大剣を背負う。今日の放課後はアデレちゃん用の剣を買いに行こう、今後は身の危険が迫ってくるかもしれないのでアデレちゃんにも武器は常に携帯してもらいたいよね。


「アデレード様、まるでナナセ様と双子の姉妹のようでございます。私は女性の趣味嗜好など、せいぜい食器類くらいしか精通しておりませんが、お二人の服装がとてもお似合いなことはよくわかります。」


「ありがとうございますセバス様、なんだか強くなった気分ですの!」


「それじゃ行ってきまーす!」「行ってまいりますの!」



 翌日の放課後も学長室へ写本しにきた。もう最後の方なのでさっさと終わらせて早く新しいビジネスに取り掛かりたい。


「暇ですわアンドレッティ様。ここで剣の稽古でもしませんこと?」


「俺も暇だがここでは無理だ、アデレード面白い話でもしてくれ」


 二人とも私についてきて学長室のソファーに座っているが、私に対する暇ですアピールがとてつもなく鬱陶しい。集中させてよもう。


「そうだ、私が面白いゲームを作ってあげますから、それを静かにやっていて下さい。いいですか?静かにですよ?これ以上私の写本の邪魔をするなら部屋の外で立って待ってもらいますからね」


 私は羊皮紙の片面を斜線で適当に塗りつぶし、六十四個の正方形の紙切れを作る。次に大きめの羊皮紙に八列×八列のマス目を書いて、ソファーのテーブルに置く。ほんの数分で出来上がったそのゲームは・・・そうです、リバーシです。


「ルールを説明します。最初は真ん中の四マスに駒を置いて・・・」


「なるほど。おし、やってみようぜアデレード。俺が斜線の駒だ」


「とても面白そうですわ、あたくし負けませんの!」


 二人が静かになったので、一気に写本を進めた。あと一日で終わりそうなところまで行ったので二人に「お待たせ」と言うと、すっかりリバーシにハマっており今度は私がしばらく待たされてから、ようやくお買い物に繰り出すことができた。


「あたくし、ベールチア様のような二刀流を目指しますの!」


 武器屋に来ると、アデレちゃんがそんなことを宣言した。あの大きな剣を二本とも振り回す戦い方は重力魔法ありきだったが、ベールチアさんも最初は軽い剣を使っていたらしいので問題ないだろう。


「じゃ武器と一緒に小手も買わないとね。今までは盾を持った稽古をしていたんでしょ?無意識に腕で防御しようとして危ないんじゃない?そうだ、私と一緒にアンドレさんに身のこなしを教えてもらおうよ、月組のカルヴァス君ってマヨネーズ班にいるでしょ?私の剣なんて全然当たらないほど避けるのが上手いんだよ」


「そうだな、光曜日の剣の稽古はアデレードも一緒に来いよ、ナナセと行動することが増えるなら、剣の腕が高いに越したことはねえ。ナナセといるとなぜか危険の方が吸い寄ってきやがるんだ」


「あはは、そうしよ?アデレちゃん」


「剣の稽古をしている道場はお父様に面倒見てもらいましたし月謝はもう払ってもらえないでしょうから、そうしていただけると助かりますわ。お姉さま、色々と考えて下さってありがとうございますの」


 結局レイピア的な細い剣を二本と小手を買った。小手は金属製だと重く、せっかく軽い剣を使っている意味がなくなってしまうということで皮素材に軽く鎖がまとっているようなものをアンドレおじさんが選んでくれた。戦闘のプロが一緒にいてくれて助かったよ、私なら見た目重視でかっこいいけどゴツくて重いのを選んでいたかもしれない。


 武器防具の買い物が終わり、アデレード商会で何の商売を始めようかと悩んでいたが、食材を眺めていれば何か思いつくのではないかと思い食材屋にやってきた。


「ごきげんようラヌスさん、もしかしたら卵の仕入れを止めるかもしれませんわ・・・無理にお願いしていたのに申し訳ありませんの。今日はその代わりに何か見つけられればと思って来ましたの」


「契約した卵はそんなに多い数じゃありませんし問題ないですよ、ご丁寧にありがとうございます。さすがアデレード様、まだ小さいのに商人の礼儀をよくわかっていらっしゃいます」


「こんにちわラヌスさん!久しぶりです。アザミは大好評でしたよ」


「おう!ナナセか!相変わらず変わった食材が好きだな、あんたは」


 アデレちゃんとラヌスさんの良好な関係が微笑ましいと思いながら店の奥に入ろうとすると、アンドレおじさんがズカズカと入ってきた。


「おい!なんだその失礼な態度は!」


「へっ?護衛の方ですか?すいやせん・・・アデレード様にはきちんと接しているつもりですが・・・」


「違うっ!こちらは王族でナゼルの町の町長のナナセ様だっ!身分をわきまえろっ!」


「ひえええっ!?アデレード商会の料理人の娘じゃなかったんですかっ!そそそ、それは何も知らずに失礼しました・・・ナナセ町長閣下っ!いつもご贔屓して頂いてああありがとうございますっ!」


 あーもう、またこのパターンだよ。アンドレおじさんは「ふむ、それでよい」みたいな態度で頷いているが私はよくない。私はアンドレおじさんを軽く睨みつけたあと、ラヌスさんに丁寧に話しかける。


「この国はみな平等です。王族だからといって特別に丁寧に接することはありませんよ、ラヌスさんは私が変わった商品を好んで買うことで一人のお客さんとして認めて下さったのですよね?だったら今後も前と同じように、ただの変わったお客さんとして接してください」


「かしこまりました、ナナセ閣下・・・」


「もーっ、そういうの駄目ですっ、やりなおしっ!前みたいにっざっくばらんにっ!さんはいっ!」


「お、おうわかったぜ!ナナセの姐さんっ!」


「私も頼りにしているよ!ラヌスさんっ!」


 姐さんチームがまた一人増えてしまったが、かしこまってナナセ閣下と呼ばれるよりいいだろう。そんなやり取りをアンドレおじさんは苦虫を噛み潰したような顔で眺めていたが当然のように完全無視だ。王族の顔と商人の顔は使い分けたいのだ。


「お姉さまには本当に感心させられますわ」


「だって、私は真の王族じゃないし。ただの村娘の方が楽だし。なんか面白い食材ないかなあ、王都は魚介類が豊富だよねえ・・・そうだ!」


「お姉さま、また何か思いつきましたの?」


「お寿司屋さんやりましょう!これは圧倒的な勝利をおさめることができる気がします!」


 お寿司屋さんは世界中に進出して成功している日本が誇れる料理屋だ。この世界では生魚を食べることへの忌避感があるかもしれないが、そこはベルおばあちゃんの冷蔵庫で鮮度をアピールして、むしろこう食べるのが漁師っぽくて通なのだという印象操作を王族という影響力のある立場を利用して行おう。流行は王族が作るのだ!

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