3の17 対人戦闘の実習




「あーーー!むかつくーー!イライラするー!」


「おかえりなさいませ、ナナセ様。学園で何かございましたか?ロベルタは手助けしなかったのですか?」


「あっ、ごめんなさい・・・明日で解決するのでご心配に及びません、失礼しました。ロベルタさんの手を煩わせるほどの事ではありません。アデレードと少々友好的なディスカッションを・・・」


 帰宅早々騒いでしまった。セバスさんが私をとても心配そうな顔して見つめる。なんか申し訳ない。


 私はすぐにお風呂に入り、心を落ち着かせようとするが収まらない。私の大切な仲間を「嘘つきで貧しい」呼ばわりしたあのセリフを思い出し、またイライラしてきた。そのまま食事の準備ができた部屋に移動し、イスにドンっ!と座る。


「あーむかつくー。ねえねえアルテ様、聞いてよ、学園のね・・・」


「ぼっ、ぼくアルテ様じゃありません」


「あっ、ルナ君ごめん。なんか頭に血が上っちゃって・・・もう大丈夫よ、明日には必ず解決するから」


「ぼくアルテ様の代わりになれなくてごめんなさい・・・」


 思わずアルテ様がいつものように隣に座って話を聞いてくれているんじゃないかと錯覚してしまった。ルナ君がしょんぼりしてしまったが、なんかほんとごめん。


「そうだルナ君、ちょっと明日だけでいいからさ、私の剣とルナ君の鎌を交換してくれないかな?あと、いつもの黒真珠も貸してほしいの。それと、食事のあと少しだけ重力魔法の訓練に付き合ってくれる?ずぐ終わると思う」


「いいですけど何に使うのですか?危ないのは駄目ってアルテ様にも言われていますよ」


 訓練に付き合ってほしいとお願いしたら、ルナ君は少し嬉しそうな顔になったので安心する。私たちはセバスさんが用意してくれた味の薄い食事を済ませると、屋敷の庭へ移動した。すでに辺りはうす暗いが重力魔法を練習するときは太陽の光が邪魔になるので、この方がいいのだ。


「ルナ君の髪が逆立って闇に包まれるやつをやって見せて!」


「軽い重力結界ですね、わかりました」


 私はルナ君とその周りを眼鏡でぐぐぐと凝視する。どのような魔子の流れで闇が発生しているのか確認するためだ。


「なるほどー、まるで地面から重力子が湧き出て風が吹いてるみたいだね。ありがとう、ちょっとやってみる」


 イメージは地の中にある魔子に重力子を絡みつけながら自分の周りだけ逆流させる感じだ。右手には死神の鎌、左手には黒真珠を握って魔子をゆっくりと操作していく。最初は光子が邪魔なので目をつぶるが、動き出してしまえばもう関係ない。重たい鎌を軽くするのと同じような魔法なので今のところ問題なさそうだ。


「すごい!重力の壁ができています!これなら虫や鳥くらいなら弾き返せるんじゃないですか?さすがはお姉さまです!」


「よさないかルナ君」


 闇をまとい不気味に髪が逆立っている私は、なんだかピステロ様にでもなったような気分で男口調で返事をする。慣れない魔法だったのでけっこうしんどかったが、黒真珠のおかげで安定して結界を維持することができた。


「この魔法は土の上の方が使いやすいですよ、木の床の上や石畳の上でやるならお姉さまの剣を使った方がいいと思います」


「それなら大丈夫、使うのは学園の芝生の上だから」


「お姉さまはずいぶん重力の扱いが上手くなりましたね。ぼくの百年分の時間を一週間でできるようになってしまったのでは?」


 私はしばらく訓練を続けて鎌と黒真珠の性能を確かめてから、明日に備えて早めに眠りについた。



 私はいつもよりかなり早めに学園に行くと、中庭の端にある草むらに鎌と荷物をかくしてから講堂へ向かい、午前の授業を受ける。今日は理科っぽい授業で、先生は植物に太陽の光が当たると空気がきれいになりよく育つお話をしている。酸素や二酸化炭素というものは解明されていないようだし、光合成のメカニズムに関する発言をするのはこの世界にはまだ早そうだ。余計なことを言うと研究者にさせられてしまうかもしれない。


── コソコソ ざわざわ コソコソ ──


「(ねえねえティナちゃん、アデレードは剣が使えるの?)」


「(うん、王都でも有名な道場に通っていて私より強いかな?)」


「(さすがに魔法は使ってこないよね?)」


「(魔法を使えてたら月組か光組に入ってると思います)」


 私は授業そっちのけでティナちゃんとコソコソ話をしていた。他の生徒たちも私とアデレードが何かやらかすらしいということは噂になっているようで、そこいらじゅうでコソコソ話が聞こえる。


「おまえら今日は集中力がないなぁ、もういい、早めに休憩時間にする。昼食の後は中庭で戦闘実習だからなー」


 今日の昼食は小さなパンをかじるだけにしておいた。おなかいっぱいだと思う存分に体を動かせない。


「それじゃ戦闘の実習を始めるぞー。武器の扱いの経験があるものは前に出てくるように。」


「あたくし以上に剣の経験がある方はいらっしゃるかしら?」


 戦闘の授業はボルボルト先生という背が高くいかにも武将ですといった感じの、それなりに歳をとったおじさんだった。大きな槍と盾を持ち、腕や顔にはちらほら傷跡が見える。現役を引退して先生にでもなったのだろうか?ほとんどの子供たちはビクビクしているが、アデレードは自信満々で剣と盾を持って進み出る。他に月組の剣や槍を持った子供が数人前に出た。ティナちゃんは護衛を目指していると言っていたが今日は見学のようだ。


「ボルボルト先生、戦闘服に着替えるので少し時間をください!」


「光組七番わかった、急ぐように。他にも鎧などを持参している者は装備しなさい、実戦形式なので怪我をする可能性があるぞ。」


 私は荷物を隠した草むらから青と白の貴族風ワンピースと小手を取り出し、木陰で着替えを済ませる。左手の中指に黒真珠を布で巻き付け、右手には死神の鎌をしっかりと握る。アルテ様が最初に作ってくれたこの衣装を早く着てみたかったので、とてつもなくテンションが上がってきた。


「皆様、大変お待たせして申し訳ございません。」


「ちょっ、なんですの?その禍々しい姿は・・・」


 私は軽く闇をまといながら髪を逆さになびかせ、おっきなスカートをゆらゆらとゆらめかせ、全員の前に背筋を伸ばして立つ。ピステロ様の真似で尊大な口調にしようと思ったが中二病っぽくて痛々しいので丁寧な言葉で話す事にした。アデレードが私の姿に驚いた顔をしていて、すでに怯んでいる様子がうかがえる。


「あっあの、僕おなかいたいので見学します・・・」

「おっ俺も今日は熱があるので実習は見学にします・・・」

「あたしも実はさっき足を痛めて・・・」


 一人また一人と見学席に戻ってしまい、前にいるのはボルボルト先生と治癒魔法担当の神官、それにアデレードと私だ。


「二人だけか、まあその姿を見ればしかたないな。光組七番ずいぶん重そうな鎌を使うようだが・・・星組一番は大丈夫か?」


「あっ、あたくしが敵を前にして逃げ出すとお思いですのっ?」


「勝負を持ちかけたのは貴女からです。忘れたとは申されませんよね?こてんぱんとやらにしていただけるのが楽しみです。」


 私は足元に埋まっていたサッカーボールくらいの大きさの石に、鎌の柄をガツンと突き立て威嚇しようと思い立つ。タイミングよく重力魔法を解除すれば大きな音くらい出せるだろう。せーの・・・


── バッカァーーン! パラっ パラパラパラっ・・・ ──


「ひいいっ!」


 やばっ、やりすぎた。大きな音をたてて石が粉々に砕け散り、石のあった場所は小さなクレーターのように穴が広がり、土煙が空中を舞っていた。慣れない魔法なので威力をコントロールできなかったのかな?重量ゼロに近い鎌を思いっきり振って突き立てたわけだが、どうやらこの鎌の重さを甘く見ていたようだ。


「おいおい、危険そうだったら先生がすぐに止めるからな、とりあえず頭や体への攻撃は禁止、武器と盾、それと小手だけ狙って攻撃をするように。それではーーーっ、始めっ!」


 合図とともに私は左手の黒真珠に力を込めて闇を濃くし、禍々しいオーラ全開で死神の鎌をバトンのように前方でくるくると回す。すでにアデレードは戦意を喪失しているようにも見えるが、それでも剣をこちらに向けて私を睨みつけながら立っている。


「どうなさいました?貴女が好きな武器で好きな魔法を使って良いとおっしゃったのですよ?これが私の装備です。貴女のお好きなようにかかってきて下さい。私からは動きませんよ。」


「ふ、ふ、ふざけないでちょうだいいいいい!ですのーっ!」


 アデレードが本気で斬りかかってきたが、動きが遅すぎる。こんなの悪魔化したベールチアさんの攻撃を受け続けた私からしてみたら子供のお遊戯だし、イノシシの方がよっぽど速い。私は結界魔法によって軽くなった体を横に一メートルほどステップして回避すると、通りすぎてしまったアデレードの背後にすかさず近づき、剣と盾に全力で遠心力魔法をかけ芝生に叩き落としてから膝カックン攻撃をする。


 地面に膝をついたアデレードを今度は背後からピョンと飛び越し、死神の鎌の刃が欠けてキザギザして禍々しい部分を首すじにあてがい、薄笑いを浮かべながら舌をペロリとして見せる。


「ひいいいいい!殺されますわああああ!」


「そっ、そこまでっ!光組七番、離れなさい!」


 私は鎌を放り投げると、軽めの重力魔法でアデレードの手と頭を地面に抑えつける。これで完璧な土下座姿勢が完成した。


「私の大切な人を嘘つきで貧しい呼ばわりしたことを撤回して謝罪しなさい。二度は言いません、頭を地面に擦り付け私が許すまで「申し訳ありませんでした」と大きな声で言い続けなさい。」


「てて撤回しますわゎ・・・もっももっ申しわゎぁゎわ・・・ガクッ。」


 アデレードは謝罪を言い切る前に気絶してしまった。

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