3の16 アルテミスの憂鬱な日常




「アルテせんせ、だいじょうぶ?げんきないね」


「あら、ごめんなさい。先生はとっても元気ですよ」


 ナナセが王都の学園に行ってから一週間以上が経ちました。わたくしは日々ナナセロスとの戦いに挑んでいますが、ふとしたことでナナセを思い出し、そのまま周りの声が聞こえなくなってしまいます。でも、ちょっと気が抜けすぎていましたね、孤児たちに心配されているようでは先生失格ですし、神失格です。


「アルテ様、今日はもう俺一人で大丈夫っすよ、困ったことがあったら神父さんに相談しやすから」


「ベルモさん、気をつかって下さってありがとう。それではわたくしは菜園と農場に行ってきますね」


 ベルモさんは孤児たちをとても大切にして下さいます。ベルモさんのいた孤児院では食事は一日一回、水浴びは一週間に一回、おやつは月に一回あれば良い方で、文字や計算を教えてもらうこともなく、孤児院の敷地から出ることさえも許されていなかったそうで、成人すると世間のことを何も知らないまま追い出されるため、「俺は犯罪者になって当然だった」と話していました。


 この孤児院だって、ナナセが始めたことです。せっかくナプレの港町からたくさんの子供たちや移住の人たちを連れてきてくれたのですから、わたくしもう少ししっかりしなければなりませんね。



「アルテ様ぁ、こんにちわぁ」


「アンジェさん、遅くなりました。まずトマト菜園から始めますね」


「いつもありがとう、とっても元気に育ってるよぉ」


 アンジェさんはトマトだけでなく、大豆の畑の手入れや、新しく葡萄畑まで始めて、移住してきたナプレの港町の人たちと一緒にオリーブや竹も育てています。わたくしは全ての土に治癒魔法をかけていたのですが、竹は育ちすぎてしまって大変なことになったので、今はトマト菜園と、もうすぐ種まきの大豆の畑だけに治癒魔法をかけています。


「ほらほら!アルテ様ぁ!タケノコですよぉ!老夫婦が毎日のように刈って持ってきてくれるんですよぉ」


「まあ!とても立派なタケノコですね、ナナセに食べさせてあげたいわ」


「ナナセちゃん、これ見たら喜んでくれるかなぁ?」


「アンジェさん、きっとナナセは大喜びしますよ。ナナセならきっと、とても美味しく調理してくれるわ」



「アルテ様ぁー、こんにちわー」


「アルテ様、いつもありやとうございやす!」


 わたくしはアンジェさんに頂戴したタケノコを胸に抱えて牧場にやってきました。以前の位置からずいぶん遠くなったので、ここまで歩くのはいい運動になるのです。


「牧草はまだ大丈夫ですね、肥溜めに魔法をかけておきますね」


 ナナセいわく畑の肥料にも微生物がいるらしく、元気にすると良質な肥料ができるそうです。ナナセは天才なので何でも知っていて、わたくしはいつも感心してしまいます。


「エマさん、鶏ケージはどうですか?」


「あの鶏小屋すごいねえー、餌もあげやすいし掃除もしやすいんですよー」


「俺もあんな効率的に卵を集められる小屋は初めて見やした。ナナセの姐さんは本当に物知りっすね」


 コアンさんとグランさんはナナセに心酔してしまっています。バドワさんたちもそうですが、強盗をするような人たちの心までも動かしてしまうナナセは本当に素晴らしい子だと思います。


 わたくしは鶏ケージの方に移動すると聞き覚えのある声が・・・


「ぐわっ!ぐわっ!」


「まあペリコ!ほらほらナナセっ!ペリコがいるわ!」


「アルテ様ぁー、あたしナナセちゃんじゃないよぉー」


「あらエマさんでした・・・ごめんなさい、わたくし興奮してしまって・・・ペリコ!久しぶりね、元気そうで良かったわ」


 わたくしは遠く王都から飛んできたペリコに、心を込めて治癒魔法をかけてあげました。興奮して思わずナナセがいると錯覚し、エマさんの肩を掴んでゆさゆさとしてしまいましたが、とても恥ずかしいわ、もっと落ち着かないと。


「ペリコ、ナナセは元気かしら?ルナさんも元気かしら?」


「ぐわーっ」


 なにやら首からポシェットのようなものを下げていますね、この中にお手紙が入っているのかしら?


「あら、これは小さな本になっていますね。あとインクと万年筆も入っているわ」


「姐さんからの手紙っすか!俺たちにも読ませてくだせえ!・・・って、見たことない文字で難しくて読めねえっす」


「交換日記って書いてあるわ、ナナセったら可愛いこと思いつくのね、わたくしにしか読めない文字で書いて・・・うふふっ」


 ペリコが持ってきてくれた本は表紙に日本語で交換日記と書いてあり、中には日付と日記が小さな文字でびっしりと書き込んでありました。あとでゆっくり読もうと思いましたが、エマさんもコアンさんもグランさんも、とても期待した目でわたくしを見ています。


「では読んでから内容をお伝えしますので、少し待っていて下さるかしら?」


三月○日 アルテ様、私ね、お手紙って書いたことないことに気づいてしまったので、どういう風に書けばいいかわからないの。だから日記を書けば私が元気だってこと伝えられると思ったからこういう形にしますね。この日は初めて船に乗って王都の近くの港を目指したんだけど、船酔いしちゃってずっと空を向いて寝ていたの。でもね、ルナ君はずるいんだよ、船に酔ってきたらペリコに乗って空に逃げちゃったの。私はシンくんを枕にして好きだった歌を歌ってごまかしたんだ。アルテ様も船酔いするのかな?


三月○日 ナプレの港町からは一日で王都まで着かなかったの。途中で一泊して、この日やっと着いたんだ。門番の護衛の人にオルネライオ様の書状を見せたらね、飛び上がって驚いてすぐにブルネリオ王様に謁見することになったの。少し緊張したけど、とても優しい王様で良かったー。王様が住居を用意してくれるまで時間があったから、王都を探索したの。そしたらね、なんとびっくり、王様の第三王子と第一王女とお友達になったんだよ!私ってやたら王族と縁があるけど何でだろう?創造神のいたずらかな?


・・・・・


三月○日 ルナ君がお友達になった子がね、これまたびっくり!サッシカイオの娘さんだったの!最初は怒ってるかなって思って何話したらいいかわからなかったんだけど、奥さんも娘さんもとってもいい人でね、すぐ仲良しになっちゃった。でもね、やっぱり罪人で逃亡者の家族ってことで王様も扱いが難しいみたいで、とても居心地が悪そうだったからゼル村に移住しないか誘ってみたんだ。あとね、奥さんアルテ様にちょっと雰囲気が似てるの。


・・・・・


四月○日 今日から学園が始まりました!学園はとっても広くてとっても綺麗で、ここなら頑張って行けそうって思った。それでね、生徒は全部で六十人くらいかな?専門分野ごとに分かれているんだけど、領主教育の組に王子様と王女様と一緒に入ったんだよ。でもね、私あまり目立ちたくないから、友達ってことは隠しているの。あとねあとね、悪役令嬢に目の敵にされてるの。その子、大きな商会の一人娘なんだけど、王子様の事が好きみたい。



「・・・ということらしいわ。元気そうで良かった。なんだか私も元気が出てきたわ」


「ナナセちゃんらしいねー、王子様と王女様と着いたその日にお友達になっちゃうなんて、ナナセちゃんにしかできないよー」


「無事に学園が始まったんっすね、良かったっす。姐さんも頑張ってるし、俺たちも頑張らねえとな!」


「そうね、ゼル村チームもナナセに負けないように頑張らないといけませんね。わたくしナナセが王都に行ってからずっとモヤモヤして気の抜けた生活をしていたけれど、こんなことではナナセに怒られてしまいますもの。そうだ、別の紙にエマさんへ伝言よ、山羊を飼えたら飼っておいてほしいのですって」


「うんわかったー、今度カルスさんにナプレの港町で仕入れられるか聞いてもらうねー」


 わたくしはペリコと一緒にいたサギリという新しい鳥のお友達にも治癒魔法をかけてあげて、交換日記の返事を書くためにチヨコに乗って急いで家に戻りました。



 次の日、ペリコの首に交換日記を入れたポシェットを引っ掛けると、すぐに送り出しました。


「それではペリコ、それとサギリ、お手紙をよろしくお願いしますね。王都まで気をつけて飛んでいくのよ」


「ぐわーっ!」「きょわーっ!」


 サギリという新しい鳥のお友達は、どうやらどなたかの眷属になっているようでした。今はペリコにおとなしく従っていて、チヨコのように鳥族のままなので言葉は通じませんが、きっとナナセの役にたってくれているのでしょうね。わたくし大きくて綺麗な鳥が大好きなので、お友達が増えてとっても嬉しいわ。



── 四月○日 親愛なるナナセ ──

わたくしも日記を書こうと思ったのですが、ナナセが王都へ行ってから気が抜けてしまって、何の変哲もない日々を過ごしていたの。だから書くことがまったくなくて・・・でもね、ナナセからのお手紙を読んで、とても元気が出てきたからもう大丈夫よ。この交換日記には、菜園や牧場で起こったことをナナセに報告するために使おうと思うの。トマトはとても美味しそうに育ってきたから、今月の終わりくらいには最初の収穫ができるそうよ。あとね、アンジェさんが移民の老夫婦が育てたタケノコをくださったのよ!ナナセと一緒に食べたかったわ。牧場の方は鶏ケージが完成したの。毎日とても新鮮な卵を、たくさんたくさん産んでくれているから、ナナセの計画は大成功だと思うわ。わたくしも頑張って牧草を育てているから、ナナセもお勉強頑張って下さいね。それと、ルナ君にもよろしくお伝えください。早くナナセの顔を見たいわ。

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