2の21 第二王子の行方
「罪人がそんな簡単に逃げられるものなのですか?」
「いえ、我々も弟が王族であるが故、監視を少々緩めにしていたのは事実です。王城内の清掃と荷運びを無償奉仕としてやらせていたのですが、寝泊まりは王宮の本人の部屋としていました。他の罪人の寝泊まりは王城の地下牢としていたのですが・・・」
オルネライオ様の話によると、第二王子のサッシカイオは一緒に無償奉仕の刑をしていた罪人数人を牢から解放し、そのまま引き連れて逃げ出したようだ。
「何人くらいで行動しているのですか?あまり大人数だとすぐに見つかってしまいますよね?」
「弟の他に罪人が三人、それと侍女ですね」
「そうなんですか。その罪人たちはとても強かったりするんですか?サッシカイオさんはそんなに強そうではありませんでしたけど、もしその一団に遭遇したら戦闘は避けた方がいいですか?」
「弟と他の罪人たちはきっとナナセさんの足元にも及ばないと思いますが、その中で最も戦闘に長けているのが侍女です。普段は身分を隠して侍女として勤めておりますが、かなり腕の立つ王国の護衛です。弟が王宮に戻ってからは監視の意味も含めて彼女・・・ベールチアを護衛侍女として付けたのですが」
「へえ、そんな人なら逆にサッシカイオさんの逃走を止める立場なんじゃないのですか?何か弱みでも握られているのでしょうか?」
「わかりません。ただ弟は幼少時からベールチアによく懐いていたことは確かです。彼女は諜報などの任務にもあたっていたことがあり、そういった話を聞かせてもらうのが好きだったようですね」
なんでもベールチアという人はかなり腕が立つようだ。女性の護衛は国王や王子に最も近い場所で侍女として務めることが多いそうで、剣の腕だけでなく、ほかにも投擲武器の扱いや、毒物などにも精通している人が護衛侍女として抜擢されるらしい。確かに悪党も女性には油断するだろうし、男性の護衛を連れて行きにくい飲食の席などでも侍女連れなら不自然ではないだろう。
「あれ?それなら第一王子であるオルネライオ様にも護衛侍女がいたりするんですか?」
「お恥ずかしながら、わたくしの第一婦人は、わたくしの元護衛侍女でして・・・王都にいる際は別の侍女が付いておりますが、前回も今回も急を要しておりましたので、基本的には侍女は連れずに行動していますね」
まあ!なんか素敵そうなラブロマンスなんじゃないの?その話だけで映画が一本作れそうだね。ってことは、サッシカイオさんとベールチアさんも実は恋仲で、一緒に逃げ出しちゃったって可能性もあるよね。もし二人がそういう雰囲気だったら、私、見逃しちゃうかも。
「弟とベールチアが恋仲ですか・・・どうでしょう?ずいぶん歳も離れていますし、わたくしから見ると、そうですね、師匠と弟子、いや姉と弟のような関係に感じますね。彼女は弟の第一婦人や生まれた子供のことも可愛がっておりましたよ」
この国の王宮というのはかなり特殊らしく、両親と子はまるで別人のように過ごしているそうだ。兄弟であっても別々の部屋に住み別々の教育を受け、最も身近にいる侍女がどうしても母親のような存在になるらしい。確かに、私の知っているような地球の歴史でも国王の子が兄弟で跡継ぎをめぐって殺し合いをしていたもんね。今は平和だとしても過去にそういった争いがあり、厳しいしきたりを作らなければならなかったのであれば、それをずっと守って生活するのは当然の事なのかもしれない。
「王子様もなかなか大変なのですね・・・」
「そうかもしれませんね、弟とはいえ、どこか他人のような気がするのはそういう理由だと思います」
私がしんみりとしていたら、ルナ君が珍しく話し始めた。貴族風の片膝をついた姿勢で胸に手を当てている。なんかかっこいい。
「あの、オルネライオ様、発言をお許し頂けますでしょうか?」
「ルナロッサさん、そのようにかしこまらなくてもいいですよ。あなたがそういった作法を行うと、他の者まで同じようにしなければならなくなります。そのようにしなくても、発言はいつでも許しますよ」
「しっ失礼しました!あのですね、もしサッシカイオの一団と遭遇して、どうしても戦闘を避けられなかった場合、ぼくはお姉さま達を守るために容赦なく魔法を使って全力で殲滅にかかると思います。それによってぼく一人が罪を受けるのはかまいませんが、同行しているアルテ様やお姉さまも同様に罪を受けることになるのでしょうか?オルネライオ様のお話を聞いている限り、ベールチアとの戦闘になった場合、生かしたまま捕えるのは難しいと思うのですが」
「るっルナ君、怖い事言わないでよ!」
「ですがお姉さま」
そう言ってルナ君の方を見ると、その真剣な顔は普段のオドオドした少年のものではなく、獲物を狙う獣のような目をしていた。私はルナ君とアルテ様がサッシカイオを襲撃した場面を見ていないけど、きっとこんな目をしていたのだろう。あの時は演出で禍々しい闇のオーラを放っていたとか言ってたけど、これではサッシカイオが腰を抜かして失禁するのも無理はない。
「ルナロッサさん、相手は脱獄逃亡の容疑者です。できれば生きたまま捕縛していただきたいとは思いますが、万が一そのような場面になった場合は戦わずに逃げることに全力を注いで下さい。ベールチアはかなり高度な訓練を受けた護衛ですし、何をするかわかりません。町長の屋敷にいた護衛や魔獣などとは比べものにならないほどの戦闘力であると考えて頂いた方がいいと思います」
「ベールチアって人はそんなに強いんですか・・・」
「はい。アンドレッティ様と同じくらいの実力ではないかと言われています。それと、逃げていただきたい理由は他にもあります。この王国唯一とも言える法は『殺人を犯したものを処刑する』となっています。殺害した相手がどれほどの罪人であったとしても、平等に裁かれることとなります。もちろん過去に例外は多数存在しますが、厳しく対処することこそが犯罪への抑止力になっているのです。どうぞご理解の上、慎重な行動をして下さい」
真剣な眼差しのルナ君に対し、こちらも姿勢を正し真剣な表情で答えるオルネライオ様。この二人のやりとりを見て、私はサッシカイオ一団に遭遇したら一目散に逃げることを心に誓った。
「ルナ君、私たち逃げる練習しておこうね」
「はい、お姉さま・・・」
みんなで難しい顔になってサッシカイオのことをあれやこれやと考えていると、おかみさんがデザートを持ってやってきた。
「なんだいあんたたち、この食堂でシケたツラしないでおくれよ。これでも食べて元気出しな。うちの旦那とあたしからのおごりだよ!」
おかみさんの接客は素晴らしい。すべてのお客さんが何を思っているか常に把握しているようで、いつも感心してしまう。私は前世のお母さんのことを思い出し、懐かしい気持ちになる。
「わぁ、これ私が前に作ったパンナコッタですねぇ。なんか私のと違ってデコレーションがすごいんですけど・・・」
おやっさんは前に私が作ったパンナコッタにカットしたイチゴを添えてくれた。ついでに柑橘系のジャムのような黄色いソースがかかっていて、緑色の葉っぱを飾り付けてあり彩りも素晴らしい。
さっそく一口食べてみるとその中には小さくサイコロ状にカットしたリンゴが入っていた。柔らかいパンナコッタに歯ごたえのあるリンゴが非常に良いアクセントになっていて、なんというか、やっぱプロには勝てないことを思い知った。
「王子様、このデザートはね、ナナセちゃんが考えてくれたんだよ。お客さんに出したら大好評でね、うちの旦那も気に入っちまったから定期的に作ってんだ。美味いだろう?」
「話には聞いておりましたが、ナナセさんの考える料理はどれも大変美味しいというのは本当だったのですね、このような彩りも味もよいデザートは王都にも・・・いや王国中探してもないかもしれません!」
「ちょっと、大げさですよぉオルネライオ様、果実やソースを添えて、より美味しく彩りよいデザートにしてくれたのはおやっさんです。私が作ったのはこの白い部分だけなんですよ」
褒められるのはとても嬉しいけど、おやっさんの手柄を奪うわけにはいかないので、きちっと説明しておいた。
「ナナセさん、そのように素直に自分の手柄ではなく、他者の手柄であると正直に申し出るなど、なかなか若い人にはできないのですよ。いえ、大人にだってできることではありません、ナナセさんの素晴らしい人柄です。わたくしもそのような姿勢は王族として勉強になります」
「そうよナナセ、わたくしもナナセにいつも褒めてもらえて、自信をつけてもらえているの。ナナセがいなかったら、こんなに色々なことを頑張れないわ!」
「そうですよ!お姉さまはエマさんやアンジェさんや四人衆のことも、いいところを見つけて褒めているから、みんなで頑張っているんです、当然ぼくも同じです!」
また褒め殺しパターンだよ・・・なんだかとてもお恥ずかしいので、私はうつむいてパンナコッタをちびちび食べ続けるしかなかった。
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