2の2 菜園と牧場と工場と




 草刈り機をやっていたルナ君を呼び戻し、今度はエマちゃんに会いにきた。なにやら見たことない子供が牛の世話をしていて、牧場の規模が順調に拡大しているようだった。うりぼう柵はどうなったかなと見に行くと、そこにはシンくんが遊びに来ていた。そういえばうりぼうとシンくんは一緒に仲良く罠にかかっていたんだよね。


「ナナセちゃんー、見て見てー!シンくんとイノシシくんがすごく仲良くて可愛いいんだよー」


「うわぁ、なんかすごい高速でじゃれ合ってるねえ」


 次は鶏の柵だ。そこにはペリコが中央にどっかりと座っていた。ここから見るとボスとして君臨するペリコの周りを手下の鶏が走り回っているように見えて面白い。居心地が良さそうなのでほおっておこう。


「鶏さんはねー、おじさんと相談してー、まず増やすことにしたんだよー、だから最近は村への卵の出荷が減ってるかわりにー、ナナセファームの分の鶏をたくさん産ませてるのー」


「そうなんだ!後でお礼を言わなきゃねえ」


「あとねー、牛さんが増えたのもナナセちゃんから預かったお金で買ったんだよー、牛舎のおじさんも黒い牛はナナセちゃんに全部任せようかなって言ってたしー。チーズが高く売れるから牛さん増やしてもチーズだけで人を十分雇えるんだー」


 見知らぬ子供が私に向かってペコリと頭を下げてきた。私はお姉ちゃんぶって、アルテ様の真似をした優しい笑顔を作り「頑張って下さいね」と言うと、とても嬉しそうにしてくれた。よし。


 牛の手入れはけっこう大変そうだった。牛舎の掃除だけじゃなく、冬に向けて牧草の確保なんかもしているらしい。そっか、冬は放牧して勝手に草を食べてくれるわけじゃないんだね。牛はあんまり仲良くすると食肉加工したくなくなりそうなので、なるべく任せてしまいたい。


「黒い牛がどんどん増えるなら牧場も牛舎も広げなきゃならないから、今のうちから考えておかなきゃ。足りない物があったらどんどん言ってね、港町に行く回数を増やすから、お買い物が楽になるんだよ」


「うんわかったー、あたし頑張るねー!」


 エマちゃんに餌用の砕いた貝殻を渡し、牧草に治癒魔法をかけまくってから村へ戻った。鶏の異様なまでの増殖を見てしまたので、難題を解決すべくヴァイオ君のところに向かった。


 そう、私は養鶏ケージの設計を完成させなければならないのだ。


「ヴァイオ君、牛舎ありがとうね、エマちゃんもやる気出して頑張ってくれてたよ。ヴァイオ君は色々できて本当に頼りになるねっ!」


「なナナセさんここんにちは、ほ報酬を貰っているので当然ですよっ」


 ヴァイオ君は照れながら顔を赤くする。なんかルナ君とヴァイオ君って似てるよね。ってあれあれ?ルナ君が私の左側の腕を掴んでガルルってなってるよ。これオルネライオ様のときと一緒だね、お姉ちゃんとしてビシッ!と言うこと聞かせなければ。


「ルナ君、お姉ちゃん今からヴァイオ君と大切なお仕事のお話をするから、ちょっと静かにしていてね?」


「はい・・・お姉さま・・・」


 私は養鶏ケージの説明をする。それを聞きながらヴァイオ君の顔が職人のものに変わり、木の板に書いた設計図を修正していく。


「あのね、鶏が餌と水を食べやすいように餌ボックスをここらへんに作って、産んだ卵は割れずに転がってこっちの手前の方に回収しやすいように出てくるようにして・・・」


「なるほど、一匹につき一部屋づつですか。ずいぶん贅沢な鶏小屋ですけど、これじゃ動けないから運動不足になっちゃいませんか?」


「ううん、運動不足でいいの。鶏はひたすら食べて太って卵をいっぱい産んで、産めなくなったら食用にするの。ちょっとかわいそうに感じるけど・・・食物連鎖の頂点に我々人族が君臨しその動物達の命を糧にこの土地の発展と安全で裕福な暮らしを確保し・・・」


「えっと、途中からなんか言葉が難しかったのでわかりませんが、この鶏小屋を作るには金網を作らなきゃならないってことですね。かなりの鉄が必要になりそうですが、鉄は高価だから・・・」


 私は途中からなんか暴走気味に説明してしまった。かわいそう行為に対する自分への言い訳だけど、つまりは美味しい卵と鶏肉をいっぱい食べたいと言いたかったのだ。


「こんなこともあるかと思って!ねえルナ君、小さい方の鉄の塊を一つ、倉庫から持ってきてくれる?」


「はいっ!わかりましたお姉さまっ!」


 つまらなそうにしていたルナ君にお使いを頼むと、キラキラと目を輝かせながら倉庫へと走ってすぐに戻ってきた。その鉄の塊を見たヴァイオ君の方は、目をぐるぐるさせながら驚いた。


「るるルナさん、すすすごいチカラですね・・・それにこんなに大きな鉄塊・・・うちの工場の鍛冶場じゃ溶かすことすらできないですよ・・・」


「ええーっ?せっかく港町で買ってきたのにぃ・・・」


「とっ、とりあえず親方に相談してみましょう!」


 ヴァイオ君が工場の奥に行き、なんだかとても忙しそうに働いている親方を無理言って連れてきてくれた。


「おうナナセちゃん、うちのヴァイオの中途半端な仕事で作った牛舎で悪いな、俺ならもっと丈夫なもん作れたんだが、これもあいつの修行のうちなんだ」


「そんなことないですよ、牛を繋いでもびくともしない丈夫そうな牛舎が完成したので満足しています、さすが親方さんの息子さんですよね。それにしても、なんだかとても忙しそうですけど・・・」


「そうなんだよ。村長がよ、村をどんどん拡張するからって言い出してな、色んなものを発注してくるんだよ。この村で物づくりしてるのは俺んとこだけだからな、人手が足りなくて困ってんだ」


 ちょっと鶏ケージの話をしずらいね。先にどっかから大量に人を雇わないと難しいかもしれない。でも、こういう職人さんの世界って誰かを新人で雇ったところですぐに使えるようになるってわけでもないだろうし困ったね。港町に誰かいい人いないかな?いやいや、あの町もピステロ様のおかげで活気が出て産業フィーバー中だし、引き抜くのはちょっと難しいかな。


「それで何の用だ?」


「いやあ、お忙しそうなのでお願いしづらいんですけど、大量の金網を作ってもらいたいんです。ヴァイオ君にお願いした鶏小屋に使うんですけど、港町で買ってきた鉄の塊が大きすぎてどうしたらいいかわかんなくて悩んじゃって」


 ルナ君を呼んで鉄の塊を見せる。それを見た親方は感嘆の声を上げ、なんだかとても嬉しそうになった。鉄を見ただけでこんなに喜ぶとは、職人の世界は奥が深い。


「こりゃあずいぶん立派な鉄を用意したなあ、こんなの見ちまったら職人魂に火が付くぜ?でもうちの鍛冶場じゃ扱いきれねえ、せめて、そうだな、こんくらいのインゴット単位にして持ち込んでくれねえかな?」


 親方に見せてもらったインゴットの見本はペットボトルくらいの大きさのものだった。私は久々にぬぬぬと眼鏡に力を入れて凝視すると、一個につき十キロ前後ということがわかった。港町の工場なら加工してもらえるのだろうか?


「いきなり持ち込んでも追い返されるかもな。でもナプレの港町の鍛冶屋なら知り合いだからよ、俺の名前を出せばやってくれると思うぜ」


 失敗失敗、せっかく持って帰ってきたのに無駄足になってしまった。これからはもう少し仕入れは慎重にしないとね。


「それと親方、実は馬車の乗り心地を良くしたいと思っているんですけど、こんなもの作れますか?これからは週に一度は港町に商品の売り買いに行こうと思ってるので、馬車の進化は必須なんですよ」


 私はあまり仕組みのよくわかっていないスプリングとベアリングを稚拙な絵を書いて説明する。それを見ていた親方の顔が職人のものに変わる。言うまでもなくこの世界の馬車は木製で、車輪の改造もしたいけどゴムが無い。っていうか石油製品らしきものは見たことがない。なにか代わりになりそうなものを考えたけど思いつかない。ゴムタイヤの装着は時代がまだ追いついていないね。


「ほほう、バネを使って馬車の衝撃を和らげるのか、これだと支える部分が木だと折れっちまうから難しいんじゃねえか?こっちの玉っころ転がすのはよく思いついたな、かなり精密になると思うが、これなら作れると思うから時間くれよ、ひとまず車輪の分の四組でいいよな」


 なるほど、金属のスプリングは木製の車体を壊してしまう可能性があるのか。だったら竹を何枚も重ねてしなるようにすれば少しはマシになるんじゃないかと思って親方に提案してみた。


「なるほど・・・ナナセはよく次にから次へと色々思いつくなぁ、感心しちまうよ。次にナプレの港町に行ったら竹を大量に仕入れてくれよ、このへんじゃ竹は採れねえんだ」


 竹がないなら作ればいいじゃない、ということで今度は竹を栽培してみることを決意した。美味しいタケノコ食べられるかもしれないし!


 親方との打ち合わせが終わったので、ヴァイオ君を見つけて別の相談をする。ピステロ様のお屋敷近くの浅瀬でペリコがつついてた綺麗な貝で可愛いアクセサリを作ってみたいのだ。


「どう?この貝すっごい綺麗でしょ。ルナ君の家の近くの浅瀬で見つけたんだけど、これでペンダント作ってみたいから、そういう細工するための工具があったらぁ、貸してほしいなっ?」


 私は少し首を曲げて可愛い目のポーズでお願いしてみた。港町の居酒屋の子供たちがやっていた「おかわりいかがですかっ?ニッコリ」スタイルだ。


「わわわっわかりましたっ!まままっ任せて下さいっ!!」


 親方は「ナナセなら良いぜ」ということで、細工道具一式を無料で借りることに成功した。職人さんは普通はこういう道具をなかなか他人に触らせてくれないらしいので感謝しなきゃね。

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