1の34 ルナロッサとアルテミス(後編)




「どうしましょう、困ったわ、ナナセが牢に入れられてしまいました」


 ぼくは宿で二人が戻ってくるのを待っていると、護衛の人がやってきて町長の屋敷に来るように言われた。シンジとペリコも連れて行こうとしたら断られてしまったので、馬小屋に繋いだロープをといてあげて、自由に遊んでいるように言ったら砂浜の方に飛んで行った。


 案内された屋敷の部屋に入ると、そこには頬に手を当て、困った顔のアルテ様が一人でソファーに座っていた。ぼくはアルテ様から一通りの事情を聞くと、怒りで頭に血が上ってくるのがわかった。


「アルテ様!すぐに町長に抗議に行きましょう!」


「ルナさん、少し落ち着いて下さい。わたくしも抗議に行こうと思ってはおりますけれど、相手は王族です、それなりの礼を尽くした方がいいと思うわ」


「そっそうですね、ごめんなさい・・・」


 ぼくはアルテ様と一緒に対策を考えたが、ナナセお姉さまはかなり失礼なことを言ったようだ。アルテ様はその時の様子を話しながら、だんだん嬉しそうな顔になっていたけど、ぼくは心配でしょうがない。


「お金を渡して許してもらうのはどうかな?」


「そうなのかしら、王子様がお金に困っているとは思えませんけど、深く謝罪しながらお詫びの品を差し出すくらいしか、わたくしたちにはできませんね」


 この部屋の扉の外にいる護衛に声をかけ、町長との面会を申し出てみた。護衛は「すぐに確認してまいります!」と礼儀正しく答え、町長の部屋へと向かった。扉の前には誰もいない。あれ?今ならぼくたち逃げられるよね?わりと適当だね、ここの人。


「話だけは聞いてやる、とのことです!準備ができたら後ほど別の衛兵が呼びに参ります!」


「ありがとうございます、お待ちしております」


 ほどなく別の護衛が来て、ぼくたちは町長の部屋へ通された。町長は不機嫌そうに立派な椅子に座っている。ぼくは謝罪したいと申し出ているアルテ様の後ろで片膝をつき胸に手を当て、頭を下げて許しを待った。これは主さまから教わった貴族時代の礼儀作法だ。


「あの無礼な小娘を許せと?今は不敬罪などないが、時代が違えばその場で首を落とされていても文句は言えなかったのだぞ?それをただ謝罪して解放しろとは虫のいい話だ。出直せ」


「謝罪だけではございません、こちらに準備した品もお納めください・・・」


 アルテ様が木の箱の中に金貨を入れたものを護衛に差し出す。ぼくは主さまから路銀にしろと金貨を渡されていたので、アルテ様の持ち分と出し合って百枚の金貨を入れた。ぼくはまだお金の価値や一般的なお詫びの金額がわからないので、アルテ様に任せたらこのくらい入れておけばいいでしょう、と言ってこの枚数になった。一目でわかるよう十枚づつ束ねて十列、ちょうど良い箱を護衛の人に準備してもらった。


 側近っぽい護衛が中を確認し、ギョッとした顔をした後、町長の机に置く。町長もギョッとした顔をしたが、すぐにまた機嫌の悪そうな顔に戻る。百枚じゃ足りなかったのかな。


「こっ、この私がっ、金で動くような男だと思うなよっ!このようなものは受け取れん!あの小娘は王都に送検する!わかったら出て行けっ!」


「王子、このような大金を準備するというのは、その、かなりの誠意とご覚悟があると思われますが・・・」


「王子、少し考えなおしてみては・・・」


「うるさい!駄目と言ったら駄目だ!出て行けっ!」


 護衛の人たちがぼくとアルテ様をかばうようなことを言ってくれたが、町長はますます意地になってしまったようだ。この人、駄目な人だな。



「困ったわ、どうしましょう、ナナセが送検されてしまいます」


 アルテ様が今度は腕を組んで困ったわのポーズをしている。ぼくは護衛に声をかけ町長がどんな人物なのか聞いてみるが、あまり良い言葉は帰ってこない。むしろぼくたちの味方をしてくれている。


「自分たちも王子の自分勝手な行動には頭を痛めております!職務上、町長の護衛兵という立場は崩せませんが、自分の目から見ても無礼を働いたのはナナセ様ではなく町長の方であると思います!」


「そうなんですね。それではぼくたちがナナセお姉さまの救出を強行した場合、あなたたちにご迷惑おかけすることになりますか?後で偉い人から罰が下ったり、護衛の人すべてが牢に入ってしまったりすることはありませんか?あなたたちは大変親切にして下さったので、そのようなことになるのは心苦しいです」


「ルナロッサ様とアルテミス様が我々より圧倒的に強ければ問題ないと思われます!それに、このような問題を仲裁する第一王子オルネライオ様は、大変に話のわかる方でございます!きっと町長の無礼な行動を理解し、正しく裁いて下さると自分は考えます!」


「王子様は護衛の方にもあきれられてしまっているのですね、おかわいそう。ふふっ」


 困った顔が晴れて、いつもの優しい笑顔に戻ったアルテ様に護衛が見とれている。なぜかぼくが誇らしげな気持ちになってしまう。


「そっ、それではぼくたちはこの問題を強行突破しようと思います!安心して下さい、護衛の人や町長に怪我などは負わせないことを約束します。牢の鍵はどこにありますか?」


「町長が持っております!机の引き出しに入っていると思われます!」


 ぼくはナナセお姉さまの剣を手に取る。うわっ重い!ナナセお姉さまはこんなに重いものをいつも背負って歩いていたの?さすがだね。あれっ?この剣には大量の魔子がまとわりついている上に、魔法がとても通りやすい、まるでぼくの宝物の黒い真珠みたいな感触だ。


「アルテ様、いいよね?この剣を使って町長を脅して鍵を奪い、牢を開けてお姉さまを奪還し、ゼル村への旅を再開するということで!」


「ええ、ルナさんの好きにしていいわ、なんだかルナさんはナナセによく似ていますね。護衛さんは今の話は聞かなかったことにして扉の外にお戻りください」


「はっ!ご健闘を祈っております!それにしてもどこか自信なさそうなルナロッサ様と、お優しそうなアルテミス様なのに、とても大胆な行動に出ますね」


「うふふ、ナナセのためですもの、王子様どころか国王陛下を敵に回しても怖くはありませんわ」


 アンドレさんのリュックとナナセお姉さまの剣に軽く重力魔法をかけ、剣を振り回せることを確認する。この剣を持っていると魔法の通りがいいので、いつもなら手の届くあたりにしか効かない重力魔法が、もっと広範囲で使えそうだ。アルテ様も竹の杖を両手で握りしめやる気満々のようだが、残念ながらその杖に出番は無い。ぼくが一瞬ですべてを終わらせる。


── ドンドン!バーン! ──


 さっそく町長の部屋の扉をわざと無造作に蹴飛ばして強引に押し入る。護衛の人たちがぼくたちに向かって剣を構え周りを囲むが、手を出してくることはなさそうだ。ぼくは主さまの尊大な言葉遣いの真似をして全員を脅す。


「無礼者がっ!この我に剣を向けるとは人族ども、命を落とす覚悟ができておるとの認識で良いな?」


 ぼくは演出で自分に向かって光を吸収するタイプの軽い結界魔法をかける。不気味な暗闇が発生し、服が波打ち、髪が逆立つ。同時にぼくの禍々しく赤く濁る右目が現れ、王子を睨みつける。次に周りを囲む護衛たちを床に張り付けるように重力魔法を振りまき、どんっ!と音が鳴る。うわっ、この剣すごい、なんか効きすぎちゃうぅ。ちょっと緩めないと護衛が怪我しちゃうよ。


「そこの小僧、今すぐ牢の鍵を出せ。おとなしくしておれば命だけは助けてやろうぞ。」


「ふふふざけるな!そそそんな言葉に従えるかっ!」


「ほう、いい度胸であるな、では少し乱暴な方法になるの。」


 ぼくは町長の机を天井に強引にぶつけ、引き出しの中身を空中にばらまく。いかにも牢の鍵っぽい鉄の輪がついた鍵束をつかみ取り、今度は天井に張り付いている机を町長の目の前に高速で落下させる。大きな音とともに机が粉々に砕け散り、町長が怯えた目に涙を浮かべ尻もちをつく。


「ひひひぃーー!ばばばけものーー!」


 町長は失禁し、気を失ってしまった。ふとアルテ様を見ると、ぼくが抑えつけすぎてしまった護衛全員に治癒魔法をかけている。一通り治癒魔法をかけおわると、どうやら町長に治癒魔法は無しのようで、代わりに竹の杖で『ポカリ!』と頭を叩くと、とても満足そうな顔をした。


 ぼくたちは急いで地下の牢に向かい走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る