第158話 瑞希の告白④~物語は動き出す~
「あの日、歩道を夢中で走っていた私は前が見えてませんでした。」
確かに角を曲がって3秒もしない内の事だったので避ける事は出来なかった。
なんというか、抱き留めて踏ん張ったけれどそのまま押し倒される形になったのを覚えている。
いきなり止まったら怪我するから本来危ないのだけど、その時は転ばないように受け止める事しか出来なかった。
「受け止めてくれたから大怪我しなくて済んだのですけどね。本当にありがとうございます。」
あの時もお礼を言われたけど、改めて言われると余計に照れる。
しかし、まだそんな和やかな雰囲気ではないのは感じていた。
「あの時、本当は一番見られたくない人に見られたというショックもあったのですが……」
「それを払拭するような事があったので。大丈夫?と声を掛けられたのは状況は最悪でしたけど、嬉しかったのですよ。」
抱き留めた女の子の状況を見れば、ただ事ではない事はわかってたから……
顔を晴らして、あちこちから血を流して、涙の跡もあって、嫌な臭い……
あれは自家発電するし当時ともえとも行為をしていたからわかる。
精液と嘔吐の臭い。
普通に考えれば強姦を真っ先に疑うレベルだった。
それも普通の強姦とは違う、もっと何か別の……
あの時は相手の事は聞けなかったけど、これまでの話でそれは明らかだ。
「あの時の真秋さんの優しさとユーモアさ?は渡りに船でした。」
確かあの時……
抱き起こそうと女の子を見ると、コートの中から若干見えた素肌が……
ではなく。
大丈夫か声をかけても、「ぁぁ」とか「ぅぅ」とかまともに会話が出来なかったので、すぐ傍に見えた公園のベンチに連れてった気がする。
「ろくな返事も出来ない私をお姫様抱っこでベンチに運んでこれましたね。あれは初めての経験だったのですけど……シチュエーションとしては最悪ですよね。いつかやり直しを要求したいです。」
「あ、うん。いきなりで申し訳ないとは思ったけど、手当てする場所が欲しかったから。」
公園であればベンチがある、水道がある。
本来であれば、警察や救急車を呼ぶべきところである事はわかっていたけど。
☆ ☆ ☆
「こ、これで血拭いて……」
それを見て女の子は固まっていた。
それはそのはず、俺が手渡したのはさっきまで着ていたシャツなんだから。
うん、俺の汗が染みついたシャツを渡されても戸惑うわ。
「ご、ごめん。ランニング中で荷物がなくて……」
取り乱しているとこれまでにない声が彼女から上がった。
「ぷっ、あはは。」
微かにではあるが、彼女が笑ったのがわかった。
「そこにコンビニがあるから、タオルと水買ってくる。ちょっと待ってて。」
「あぅ……そ、そのまま……いくのは……」
彼女がそこまで言ったところで気付いた。
シャツを手渡そうとしていたから俺、上半身裸だった。これ補導されちゃう案件だ。
「あ、ありがとう。」
お礼を言うとシャツを着直してコンビニに向かって走る。
買い物を済ませ5分もせずに戻るが、彼女の姿を確認すると安心した。荷物はないが、腰に巻いたポシェット内に多少のお金は持ち歩いていた。
「はい、これで……」
でも彼女は動こうとしない。
「失礼……」
俺は返事を聞かずに彼女の頬にタオルを当てる。
空拭きのタオルで血等を吸い取ると彼女の目が俺を捉える。
「ひぅっ」
彼女が小さな悲鳴をあげるので俺は慌てて手を離す。
「ごめん、痛かった?」
彼女は小さく首を左右に振った。
「少し沁みて痛いけどごめんね。」
コンビニで買ってきた水で新しいタオルを濡らして良く絞った。
彼女の顔を軽く包み込むようにそっと触れた。
「いたっ……」
彼女からはっきりとした言葉が返って来る。
返ってきた言葉が良いものではないけれど、それでも弱々しい小さな声ではなくきちんと聞き取れる声だった。
「流石にコートの中にまでは出来ないのでごめんね。」
顔の傷だけでも綺麗に出来た。
何のゆかりもない相手だけれど、今彼女に何か出来るのは自分しかいないと、勝手な正義感・偽善心かも知れないけど。
彼女は見た目以上に、心が泣いている。
壊れてどうにかなってしまいそうな雰囲気を纏っていた。
これで少しはそれが減っていれば良いのだけれど……
彼女を綺麗にするために使用したタオルは纏めてビニール袋に詰めている。
コンビニで色々買って来たので惜しむ必要はなかった。
「隣……良いかな?」
ベンチに座って下を向いている彼女は微かに首を縦に振った。
肯定と受け取り俺は彼女の隣に少し間を置いて座る。
「素人の応急処置だから、この後病院に行ってきちんと治療しないと……」
「嫌……病院は……嫌。警察もだめ……」
首を左右に振りながら彼女は拒絶する。
何を気に掛けているのか、病院も警察も拒絶する。何かを庇ってるのか、話が広がるのを忌避しているのか。
どう考えても強姦と暴力だ、こういうのは警察に任せる事が一番に決まっている。
「だい、じょうぶ。だから……」
先程までと違い、明確な意思を持って答えていた。
だから俺は再び病院を薦める事が出来なかった。
未だ小刻みに震えているところを見たら、自分の考えを強要する事は出来なかった。
今は多分誰かが隣にいて、話をするまたは聞いてあげる事が最良だと、そう思った。
それでもどうしてこうなったの?とかは聞けない。
どのようにして切り出そうかと悩んでいると、彼女の方から話始めた。
再び小さな消え入りそうな声でゆっくりと。
「私……無理矢理、されそうに……なったの。吐いたら……叩かれた……それで……」
「どうにか逃げ……逃げ出せ……たの。」
それで俺とばったりぶつかったというわけか。
一体どこの誰だ、そんな事をするのは。
そういう趣味の関係でないなら無理矢理とか暴力は駄目だろう。
「頑張ったね。もう大丈夫だから……無理もしなくて良いから。泣いても良いから、もう少ししてからで良いから……」
「前を向こう?今は下を向いていても良いと思う。吐き出せるだけ吐き出したら、前を向いていこう?」
彼女は声を出して、俺の肩に額を当てて嗚咽交じりに泣いていた。
俺はそれをただ受け止めていた。
☆ ☆ ☆
「こうして今普通にしていられるのも、真秋さんと……」
「柚希のおかげです。」
「あの日、真秋さんの腕で泣いて、事情もろくに説明も出来ていないのに、ただ話を聞いてくれて頷いてくれて、言葉をかけてくれて……」
「真秋さんと別れた後、ゆずの家に言ったんです。彼女の両親も共働きで他に人がいなかったから。」
「そして柚希には全部話しました。友人だし、付き合いも深いので、学校で会ったらまっさきに気付くだろうと思って。」
「ゆずも警察と病院を薦めてましたよ。本来当然なんですけどね。やっぱり相手が父だから……」
瑞希さんの握る手に少し力が入る、そして少し震えが入った。
それは怒りからか悲しみからか恐怖からか……
「あの時は名乗りもせずにごめんなさい。私は、真秋さんに
苗字の所は聞き取れなかった。再び声に震えが戻ってきていた。
「いや、それは良いよ。言葉にはしていなかったけど、凡そ何があったかは想像がついていたし。高校生の自分にあれ以上の何が出来たかと言われても思いつかないから。」
握る手が柔らかい。深刻な話をしている事をつい忘れてしまいそうになる。
手を離して手汗を拭いたい気分ではあるけど、瑞希さんが離してくれそうになかった。
「私は柚希の家に逃げました。夜に母から連絡がありました。その声は何かに怯えるような震えているかのような声でした。」
きっとその父親は母親に対しても暴力を振るった事が想像出来る。
娘がいない事に対する事だけでそうなったりはしないと思った。
「母に対する暴力は前からあったのは知ってました。でも怖くて何も言えなかったし聞けなかった。」
「多分、私が警察に行ってないかとか不安に思っていたんでしょう、パートから帰宅した母を恐らく必要以上に暴力を振るったのではないかと思います。」
「帰りたくはないけど帰るしかなかった。制服や鞄も家にありますしね。でもその日だけはゆずの家に泊まりました。父の事は言えませんでしたが、たまにお泊り会とかしていたので一泊だけならと。」
「次の日帰宅すると、出迎えてくれたのは顔に痣のある母でした。これまでは暴力を振るっても目に見えるところにはしていなかったのですが……」
「あの日の事は父も焦っていたのでしょう。なりふり構わずだったのだと思います。」
帰宅した時には父親は仕事に出ていたらしく合わずに済んだそうだ。
その日は学校に行ったけれど朝のHRだけ受けて早引けしたという。
俺が電車の中で襲われたあの感覚と同じらしい。
学校に行く時は素麺さんが隣にいたこともあり意識がそちらに向いていたためなんともなかったけれど。
教室に入ってみんなの視線が集まると急な悪寒が走ったという。
HRギリギリでの登校だったため、3分もしない内にチャイムが鳴り先生が教室に入ってきたそうだ。
ただ、生まれた恐怖は収まる事を知らず、HR中に吐き気を催しそのまま呼吸困難に。
一度保健室に運ばれたが、吐き気が収まるとそのまま帰宅の許可が下りたという事だった。
そして、家に帰ると何故か家にいた両親。
二人共仕事とパートのはずだったにも関わらず、家にいた。
仰向けに横たわる母に馬乗りになって暴力を振るっている父を見て……
「やめて」と叫ぶ事も出来ずに腰を抜かしたという。
父親は瑞希さんを見ると瑞希さんに向かって……
「私は恐怖で腰が抜けてへたり込んでしまいました。恐怖で上と下が噴火しちゃって……」
そんな事まで言わなくても良いのにと思ったけど言えなかった。
上は嘔吐、下はお漏らし、そんなの言えるかって話だ。
父親は瑞希さんの母親と、帰宅してきた瑞希さんを殴る蹴るを繰り返していたという。
その後、近所の人が物音等異変に気付いたのかついには110番通報をしていたのか、警察官が瑞希さん達の住むアパートに来たという。
警察官が瑞希さんの家に突入した時、横たわって動けない瑞希さんの母親の姿と、父親によって瑞希さんの制服の前ブラウスを左右に引き千切られ、下着が露わにされたところだったという。
ある意味そのおかげで前日の強姦も信憑性が増したわけではあるけれど。
「そして父は逮捕。母と私に対する暴力、私に対する性的暴行、脅迫等で実刑。」
それで両親は離婚したというわけか……
「でもこれからが本題なんです。」
瑞希さんの握る手が益々強くなってきていた。
「もう2週間以上母とも姉とも連絡が付かないのです。」
握る手が段々と震えてくるのが伝わって来る。
そしてこれまでモブのように左から右へ流れていた、お店のテレビの音が耳に着いた。
「先程、東京都足〇区荒川の河川敷から男性の遺体が見つかった模様です。遺体の損壊が激しく、近くに落ちていた免許証から遺体の身元が判明。」
「東京都在住の
ガタッ
瑞希さんが一瞬ブルっと大きく震えあがってニュースの言葉に目を見開いて驚愕していた。
「お、おね……」
――――――――――――――――――――――――――
後書きです。
今回も分割すべきでしたが切りところがなかったです。
瑞希さんの父、相当ワルだな……
おね、ONE、ONE~輝く季節へ~
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