第132話 臆病

 「悠子ちゃん、ごめn……」


 最後まで言おうとしたところで言葉に詰まった。


 「なんでねこみみパーカー?」

 そして下は……穿いてない?

 いや、嘘です穿いてます。ミニスカート穿いてます。

 童貞を殺すセーターみたいな事はありません。

 

 顔を真っ赤にしているのだから先程の見られた事は意識しているはず。

 なんせ扉を開けたら数十cmのところに、全裸でぱんつに片足突っ込みかけていたところを見られているのだから。

 言い訳はしない。全部見えました。だからこそ平謝りしようとしていたんだけど……


 「み、耳まで真っ赤なので恥ずかしいから隠してます。」

 何故か敬語であった。


 俺に近付いて来るとそのまま手を取って、ソファまで連れて行かれる。

 なんだかドナドナされている気分……


 「す、座って。」


 横長のソファに座る。その横に徐にぴたっと座って来る悠子ちゃん。

 腰と肩が微かに触れ合っている。

 シャンプーの匂いが届いて、良い匂いだなんて思っても口には出せない。


 「み、見ましたよね。さっき……その……全部。」

 先程から妙に敬語になる悠子ちゃん。

 普段から丁寧に話すし、敬語とタメ語が入り混じってはいたけれど。

 今は頑なに敬語で話しますオーラを感じる。緊張の現れなのだろうか。


 エアコンが効いていて涼しいはずなのに、冷や汗で暑さは去っていたと思っていたのに、再び背中から暑くなるのを感じていた。


 「み、見ました。何も考えずに突撃してごめん。戸が閉まってたのだから中にいる事は充分に考えられるのに……」

 下手に見ていないと言い訳してもすぐにバレるし、何も隠れるものがなかったのだからそんな言い訳が通じるはずもない。

 素直に見たものは見たというのが筋というものだろう。

 頭を下げながら誠心誠意謝ろう……



 「お、お嫁にいけません。責任を取ってください。」

 パーカーの頬の下あたりを両手で握って、顔を下に俯き真っ赤な顔で言う悠子ちゃんを見て俺はたじろいでしまう。


 「あ……う?」

 言葉に詰まってしまった。それはどういう意味だろうとかボケている場面ではない。

 

 「う~。じょ、冗談です……半分。」

 最後の半分というのが辛うじて聞こえた。


 「お兄ちゃん……」

 何か悠子ちゃんが言いかけようとしてそれ以上の言葉に詰まっていた。


 「私の……、気付いてますよね。」


 小さな声だったけど、上手く聞き取れなかった。

 裸を見てしまった事に対して言及は一切してこない。

 

 ある一定の時期まで一緒にいたのだから本当は知っている、理解している。

 それを認めるのが出来なくて聞こえない知らない振りをしていた。

 


 「それについてはごめん。暫くは誰に対しても考えられそうにない。少しずつではあるけど良くはなってるんだ、いつかきちんと正面からそういう事に対しては言おうとは思ってる。」

 遠回しに悠子ちゃんは自分の気持ちを伝えようとしていた。

 全裸を見られたという事は、ある意味では失うものもなくなり背水状態で賭けに出ようとしていたのだと思う。

 でもまだそれに対して良いとも無理とも答えられない。


 女性恐怖症が改善され人並みに接する事が出来ないと……

 さっきの返答が逃げだというのは自分自身分かってる。

 なんだかんだと理屈や理由を並べて、先延ばしにして。


 ある程度のスキンシップなんかは大丈夫だと思う。

 それでも今のような一歩踏み込んだものに関しては、心の扉が開放される事に対してまだ怯えがあるのだと思う。


 誰かを好きになる事に、まだ心が追い付いていない。

 恋愛に対して臆病になってしまったのだと思う。


 それでもスタートラインに立たなければならないと気付かされた。

 鈍感でもなければ自意識過剰でもない。自惚れでもない。


 今の悠子ちゃんだけじゃない、小澤にしても月見里さんにしても少なからずその好意は感じている。

 それに正面から向き合えず、背中に寄りそうように波に身を任せるように、水に浮かぶ葉のように居心地の良い現状に満たされかけているだけ。

 広がる波紋を崩したくないだけ。


 俺も悠子ちゃんも言葉に詰まると、落ち着いてきたのか悠子ちゃんの表情は和らいだように見える。


 「私だけ見られたのは損した気分です。お兄ちゃんのも見せてください。」

 そして幻聴が聞こえた気がする。

 小澤ならば多少遠慮せずに言っているだろう言葉。


 しかし今のは小澤の声ではない、悠子ちゃんの声だ。


 「……冗談です……半分だけ。」

 半分って……そんな先っぽだけみたいな言い方。

 見られた事で悠子ちゃんの中で何かが一つレベルアップしたのだろうか。


 小さい頃から見ていて、こんなに大胆に攻めてくる事はこれまでなかった。

 いつも一歩は後ろからついてきていた妹のような悠子ちゃんが……


 今では横に並んでいた。 


 不覚にも、ねこみみパーカーから覗く悠子ちゃんに見惚れていた。



☆ ☆ ☆


 自分も汗を流すために風呂に入る。

 湯船に浸かりながら顔を上げ天井を見上げる。

 水滴がつぶつぶと天井に付着している。


 垂れてきたら冷たいんだろうななんて思いながら。



 また人を好きになって。

 誰かを選んだら……

 先日悠子ちゃんの部屋で3人が仲良く寝ていたような光景は二度と訪れない。


 恋愛に臆病になった俺に、そんな残酷な事出来るだろうか。



――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。


 少し軟弱に、臆病になった真秋でした。

 鈍感系ラノベ主人公ではないと自負しているので、流石に3人の寄せる好意には気付いてます。

 理由や経緯こそ様々で知る由もないですが。


 

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