第75話 介抱してくれたのは……

 

 「兄ちゃん大丈夫か?」

 女性の声が聞こえてきたので声が発せられた方を見てみると、見知らぬ同い年くらいの黒髪の女性と、アパートの隣人である小倉さんの姿があった。

 

 声を掛けてくれたのは小倉さんじゃない方だった。

 俺は酔いが酷く気持ち悪いためにまともな返事も覚束ない。


 「あ、あぁ。はい。だ、だいじょーぶ博士。」


 「それはだいじょばない博士だね。随分酔ってるようだけど本当に大丈夫?家隣だから送りましょうか?」

 小倉さんが優しく提案してくれる。

 その言葉に隣の黒髪女性が答える。

 

 「え、何。七虹の隣人?そりゃまた運命的な。」


 この辺りに住んで居れば飲み屋の数は少ないので必然的にご近所さんは多い。

 距離的には大したことがなくても泥酔した人間にはその移動すらきつい。


 「援軍いる?」

 その申し出は断った。ありがたい話ではあるけど、万一エレエレしてしまったら申し訳ない。

 水を飲んで少しは落ち着いてはきたのでふらつきはするものの帰れなくはないと判断した。


 「あ、いやぁ。水飲んで少し落ち着きましたし~。さっきよりは大丈夫でしゅよ。」


 「しゃーない。七虹んちの隣ってんなら送ってくか。車道で寝ちゃったりしても大変だし。」


 二人が歩道から離れないよう周囲を気にしながらアパートに向かった。

 酔っているせいか思考能力は低下している。悪い人だったら財布抜かれたりするだろうし大丈夫だと思った。


 軽く腕を持ってくれている。

 酔ってふらふらと車道に出たり向かいから人が来た時に迷惑をかけないためだろう。


 普段は5分程度の歩行で辿り着くアパートであったけれど、ふらつきながらゆっくりだったため15分程を要した。


 流石に階段はきついため一旦落ち着いてからと思ったら声を掛けてくれた方の女性が肩を掴もうとした。

 肩を組んで階段を一緒に上がろうという事だろう。


 「いや、恵。あんた昔程体力ないんだから私がやるわよ。」


 「ん?そーか?自分ではそんな軟弱になった覚えはないんだけどな。」

 その話の理由は聞いて良いものでもないだろうし、どのみち酔っているため記憶に残らなかった。


 小倉さんが肩を組んで片方の手で手すりを持って階段を昇り始めた。

 後ろでは転倒防止で恵と呼ばれた彼女が気を張ってくれていた。

 ん?……七虹?恵?……名前に引っかかるものがあった。


 「はい、着いたよ。鍵は取り出せる?」


 「あ、はい。ここまでありがとうございました。」

 先程よりは酔いが醒めてきた気がする。

 お礼の返事はろれつが回っておらず問題なく返せていた。


 ポケットから鍵を取り出し部屋の鍵と玄関を開けた。


 「お二人共ありがとうございました。無事、帰宅する事が出来ました。」


 頭を下げてお礼を言うと二人もまた軽く右手を挙げて返答した。

 

 「おう、どういたしまして。それと気にするな。困った時はお互い様ってやつだ。」

 「どういたしまして。恵も言ってるけど、困った時はお互い様ですよ。それでも気にされるようなら暇な時にでもお店に来て売り上げに貢献してください。」


 小倉さんはそう言ってポケットティッシュを一つ手渡してくれた。

 酔いのため〇〇喫茶以外、何て書いてあるかろくに確認もせず、それを受け取り鞄の中に納めた。

  

 「あ、この商売上手め。」



 「それではおやすみなさい。」

 俺は部屋に入った。電気を点け、スーツを脱いで箪笥に掛けると朝のうちに洗っておいた風呂にお湯張りを始めた。

 少しだけ休もうと部屋着に着替えてその勢いのままベッドにダイブする。




 酔いの残る頭でふと思い返してみると……

 小倉さんに肩を組まれたりした時や、恵と呼ばれた女性が近付いてきた時に変な感覚はなかった。

 

 それにしてもナナコ……メグミ……この名前に聞き覚えがあるのだけれど、誰だったのか今の思考能力では思い出しようもなかった。




☆ ☆ ☆


 一方真秋が部屋に入った後の二人は……


 「ん?黄葉?どこかで聞いたことのある苗字だな。珍しいし一度聞いたら忘れないと思うんだけど。」

 恵は首を傾げて思い出そうとしていた。


 「あぁ、そう言えばそうね。彼は幸〇からここに越してきたから、もしかすると小中高のどこかで一緒だったのかも。」


 「何で知ってるんだ?あぁ、引っ越しの挨拶の時にでも聞いたのか。それにしても中学時代にボコった奴の中の一人とかだったらどうしよう。」


 「流石にそれはないでしょう。」


 「そうだな。じゃぁ、を待たせてるしあたしは帰るわ。またな!」

 買い物袋を片手に恵は左手を挙げて踵を返した。


 「あ、うん。またね。」


 小倉七虹は302の自分の部屋に、恵は階段を降りてそのまま小倉七虹の真下の部屋、202号室に入っていった。




――――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。

 次の回から物語動きます。


 同僚との飲み回はある意味閑話回のようなものなので。

 一応帰宅した時刻は20時半頃を想定しております。


 次は作品内時間で6月1周目あたりの予定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る