思春期未満お断り

第56話 安堂悠子

 私は安堂悠子。

 元アナウンサーではない。


 私には好きな人がいる。

 隣の家に住むお兄ちゃん。

 でも私の好きな人には好きな人がいた。

 私のお姉ちゃん。


 二人は新生児室からの付き合いだった。

 6年も後に産まれた私には付き合いの時間も一緒にいる時間も何もかもが足りない、叶わない。

 

 二人は中学の卒業式の日から付き合うようになった。

 第二ボタンをくださいから始まった告白にあの人が答える形で始まったという。


 それから二人の雰囲気が変わった。

 それまでは三人やお兄ちゃんの妹も含めて四人でいるのが当たり前とは言わないまでも、多かったというのに。

 気が付けばお兄ちゃんとお姉ちゃんは二人でいる事が多い。私はそれを遠巻きに見ている事が増えていった。


 私が入り込む余地がどんどん減っていく。

 でもそれは仕方がない。二人は恋人同士。

 私は恋人の妹。それ以上でもそれ以下でもない。


 二人が高校生になると、仲はさらに加速していった。

 GWから特に変わったように思う。

 当時小学生の自分にはわからなかったけれど、高校生になった今は理解出来る。

 

 二人の仲は急加速していったけれど、私は一人疎外感を感じ始めていた。

 クラスの子達が同学年の誰が好きという話題で盛り上がっても、私には同学年の良さがわからなかった。

 年上のお兄ちゃんが好きだったから。


 それでも疎外感を感じ始めてから、それは仕方のない事だと納得してしまう自分がいた。

 随分と物分かりの良い小学生だったと自分でも思う。


 寂しさを埋めるためだったのかも知れない。

 お兄ちゃんの妹、私とは3つ離れた深雪ちゃんとよく遊ぶようになったのは。


 お姉ちゃんぶることで、寂しさを紛らわせていたのかも知れない。

 深雪ちゃんといる事で、お兄ちゃんを感じる事が出来るかも知れない。


 そんな打算がないわけではないけれど、隣家へ遊びに行けばお零れでお兄ちゃんに会える機会があるかも知れない。


 ただもう、この時点で私はお姉ちゃんに負けていたのだ。

 こんな事を考えてしまっている時点で私は戦線離脱なのだ。

 だからこの恋心は胸にしまって、お兄ちゃんは諦めよう。


 そう割り切る事で普通の小学生生活を過ごす事が出来た。

 

 林間学校や修学旅行で同級生達がわくわくどきどきしている中に入り込む勇気はなかったけれど。

 俗に言うコイバナというものに参加しても、私が話す事などないのだから。

 叶わぬ恋を胸にしまってる小学生なんて、何も語るものはない。


 聞いてるだけで偽の笑顔で相槌を打つだけ。

 もしかしたら叶うかもしれないみんなと、どうがんばっても報われない私では同じ目線で接する事は叶わない。


 お兄ちゃんが高校を卒業し社会人になった時、実家から少し離れたアパートへと引っ越した。

 益々接点が減った私は秘めた想いを胸にしまったまま中学生となった。


 周りの子達は誰と誰が付き合い始めたとか別れたとかいった話をするようになる。中学になったからっておませさんな事。

 中学に上がると対象に先輩が含まれてくる。同級生の枠を超える男女が中学という閉鎖された空間からどうも解禁になるようだ。

 男子の中でも、小学生の頃は〇〇君と上級生に対して呼んでいたのに、その上級生が中学に上がった途端に〇〇先輩と呼べと言ってくるんだよと言っていたのを思い出す。

 確かに小中高と場も立場も色々変わるかも知れないけれど、付き合いのあったもの同士で急に態度が変わるのもいかがなものかと思った。


 女子はその辺りは緩いように思える。〇〇さんという程度だし。

 中学も学年が変わると付き合い方も変化が訪れる。

 小学生の時には聞かなかった男女交際の内容が少しずつ大人になってくる。

 まだまだ子供だというのに。


 同級生の中でも数えるくらいではあるけど3年にもなるとそういった事をしている人達は存在していた。

 私には無縁な世界。多分お兄ちゃんを超える感情を抱ける人はそうそう現れるとは思えない。


 告白された事がないわけではないけど、好きになる要素もなければ自信もなければ予感もしないので、全て丁重にお断りしていた。

 

 たまに見るお兄ちゃんとお姉ちゃんのラブラブっぷりを見ると、胸のあたりがズキンズキンと痛む。

 諦めて割り切ったはずなのに。

 それでも二人の前では明るい良い妹を演じている。

 

 お姉ちゃんは週末と他数日家を空ける事が多い。お兄ちゃんのところにいっているのだ。

 きっと今頃……と思うと勝手に涙が出てくる。


 勝手に好きになって勝手に諦めて勝手に後悔して。


 

 ある時からお姉ちゃんの行動に不信な点が見られてくる。

 お兄ちゃんの仕事が超激務になって遊んだり息抜きしたりする余裕がなくなったと聞いた。

 確かにお兄ちゃんの会社は全国ニュースに取り沙汰されて、素人目にも大変だなというのは理解出来た。


 こういうのはしっかり支えてあげて、彼女の大切さを実感してそのままゴールインパターンだな……と思っていたのだけれど。


 不信なお姉ちゃんを見る度に疑念が湧いてくる。

 徐々にではあるけれど見た目と言葉遣いと態度が変わってきている。

 

 姉妹だから家族だから洗濯物は一緒に洗っている。

 これまでの人生であんな派手な下着をお姉ちゃんが買ったり使ったりしていない事は妹だからわかる。

 お母さんのではないのはお父さん含めて確認しているし。


 化粧品の種類も増えていたし、これまで殆ど変えた事のない髪の色や形もするようになってきている。

 年が明けてからしばらくするとまるでギャルになっていた。



 本当に違和感を覚えたのはバレンタインの時。

 14日にチョコを作っていたのにも関わらず、21日にも作っていた。

 お菓子作りが趣味とかならわかるけれど、あからさまなバレンタインチョコを1週も遅れて作る意味がわからなかった。


 妊娠が発覚して、お兄ちゃんがお父さんに結婚の申し込みをした時には喜んだけれど。

 心の底では喜び切れていなかった。あの隣にいるのが自分でないという事が悔しくて寂しかった。

 結婚してしまったら、もう付け入る隙はない。

 お兄ちゃんが一途にお姉ちゃんを想っている事がわかっているから、そもそもそんな隙はないにも等しいんだけど。


 違和感の謎も、バレンタインの謎もあっさりと理解出来る時がくる。


 結婚式に呼ばれた私達は、お姉ちゃんの悪事をほぼ全て識る事になる。



 あの式でのお兄ちゃんは鬼の形相で、それまで見た事のないものだった。

 私はお兄ちゃんの一途さを知っている。どれだけお姉ちゃんを愛していたかも。

 ずっと傍で見てきた私だからこそ知っている。


 お姉ちゃんはそれをあっさりと踏み躙った。

 あの喜納貴志という男と共に。



 私はチャンスだと思った。

 もしかしたら、想いを伝えたら振り向いてもらえるかもしれない。


 でもあの式・宴での様子を見る限りお兄ちゃんはもう私達安堂家と深い関係になるのは避けるだろう。 

 



 一度は諦めた想いを、伝えるチャンスであると思いながらも。

 一方であれだけの事をした姉・ともえの妹である私が、その隙間に入り込もうとする事を良く思わない人は一定数いると思う。


 板挟みは苦しい。

 伝えても地獄、伝えなくても地獄。


 容姿の似ている私はきっと、悪魔にしか見えないのではないだろうか。

 自らお兄ちゃんを手放したお姉ちゃんに感謝する一方で、余計な事をしてくれちゃってという恨みの念が同居する。


 私は周りが思う程良い子ではない。

 そこら辺にいる女子高生と何の変りもない。


 ただ、好きな人が隣家に住むお姉ちゃんの恋人だったというだけの普通の女子高生。


 どうせ酷評されるなら、想いを伝えてぼろぼろにされた方がマシかな?と思う程度の女子高生。


 式の後、一度もお兄ちゃんに会っていない。それどころか隣家だというのに黄葉家の人とも会っていない。


 学校は春休みに入っているため、外に出ていないというのもあるけれど……


 









 ……外に出るのが怖い。 



―――――――――――――――――――――――


 後書きです。


 新章、悠子視点スタートしてますがこの1話だけです。

 いきなり怒りのお言葉を貰いそうなスタートではありますが。

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