第31話 ☆オワリノハジマリ
話し相手になりたいと言ってきた喜納貴志。
自分のカツカレーをテーブルに置いて私の方を向いて話しかけてきた。
他にも席は空いてるのだからそっちへ行けば良いのに。
なんて思っていたのだけれど……
「どこか浮かない顔をしているけれど……大丈夫?」
私は大丈夫と返事をするが、喜納は席を他に移す気はないようだった。
「俺には大丈夫には感じないから声をかけさせてもらったんだけどね。なんでも良いよ。お金以外の事なら相談に乗るからさ。」
「知ってるとは思うけど社長の息子ではあるんだけど、だからと言って俺がお金持ちなわけではない。それは自分の手で掴み取るものだから。」
「私は別にお金で人を選んだり判断したりは……しない。」
私の脂汗はどんどん湧き出てくるけれど……
たまに「うっ」とか「あぁっ」とか漏れてしまうので変に怪しまれている可能性はある。
「こんな事を言うと香奈美に怒られるかもしれないけど、香奈美の友人でもある君が苦しんでいるのを見るのは辛いんだ。」
それは最近どこからかずっと見ていたという事だろうか?
私は構わず鍋焼きうどんを食べる。
暑い時期に熱いものを食べるのはよくある事。
種類こそ違うものの、四国でうどんを食べてからたまにはうどんも良いなと思うようになった。
「汗出てるし、顔色もあまり良くない。気分悪いなら早退だってしても良いんだよ。」
そう言ってハンカチを渡してくる。
「自分で持ってるから大丈夫。」
ポケットから自分のハンカチを取り出して汗を拭う。
一緒にファンデーションも少し落ちる。
これは化粧直しも必要かな。
隣ではたまに心配そうな顔でこちらを見ながら喜納はカツカレーを食べていた。
先に食べ終わった私は、立ち上がり食器を持って早々にこの場を離れようとした。
だからこそ失念していた。
椅子に小さな水たまりが残っている事に。
「じゃ、お先に。気遣ってくれてありがとう。」
トイレに入ると化粧直しを済ませる。
この会社、トイレの中まで空調が効いているので夏も冬もそれなりに快適な温度となっている。
先程鍋焼きうどんで温まった身体は……
個室でしばしの間発散されていく。
夕方、帰宅途中でクラっとくる。
これはどういう理屈でだろうか。
真秋のように業務過多で疲れていたからという理由ではない。
もしかして……
少ししゃがんで休んでいると再び喜納貴志が声を掛けてくる。
「ふらついて見えたけど、大丈夫じゃないだろう?」
喜納は近くに寄ってくるが、私は手で制止した。
「ちょっと疲れてるだ……」
立ち上がって歩き出そうとしたところで足が縺れて、喜納の胸にダイブしてしまう。
「あっ、ごめ……」
喜納は優しく二の腕辺りを掴んで身体を支えてくれた。
「ほら、全然大丈夫じゃないじゃんか。どこかで少し休んでから帰った方が良いんじゃないか?」
「ん、そうする。」
私の思考は慰め過ぎと暑さにやられていたのかも知れない。
喜納がこの後どこに連れて行こうとしているかもわからないのに。
「じゃぁ……あ、ちょうどタクシーが来た。」
喜納は手を挙げてタクシーを止めて私をタクシーへと乗せた。
運転手の後ろの席に。
そして喜納も同じタクシーに乗り込んだ。喜納は助手席の後ろに。
「ここまでお願い。」
喜納はスマホを運転手に見せ、運転手はそれに了承し車を賃走にして走りだした。
私は頭がクラクラするのであまり思考できていなかった。
目的地に着くと、喜納は肩を貸してくれ自動ドアをくぐり、フロントに顔を出した。
顔見知りなのか、喜納商事に関係があるのか、細かい手続きをせずに部屋の鍵を手渡されていた。
「あ、私そういうつもりじゃないよ。」
それは異性の誘いに乗るかどうかの事。
「ここがどこだと思ってるのさ。ここは普通のシティホテルだよ。ここはグループのホテルだから、数部屋会社のために確保されてるんだ。」
「残業で帰れなかった人とかが宿泊出来るように確保してある部屋とでもいえば良いのか。だからお金は会社持ちだし、少し休んで気分が良く成れば帰れば良い。」
「良くならなければそのまま泊まっても良い。とりあえず部屋までは案内するよ。」
噂に聞いていた喜納の対応とは違い、随分紳士的だった。
荷物も持ってくれてるし。
部屋に入ると帰れなかった用の宿泊施設にするには少し持ったいないような室内に驚愕する。
そういえば、こういう施設があるとは入社時に説明があったような気がする。
でも私が気分が悪いのは性的な禁断症状だと思う。
だから喜納には早く帰って欲しかったのだけど……
「あ、ごめん。すぐ帰ろうとは思ったんだけど……恥ずかしながら結構汗かいちゃって、シャワーだけ借りても良いかな。」
良いとも悪いとも言えないけど、別に何かあるわけでもないので良いと伝える。
このホテルの何が凄いかというと、トイレと風呂がきちんと別の部屋になっているという点だ。
シティホテルだと同じ室内にユニットバスとトイレがついている部屋が殆どだ。
別室ということは……
もうそれが間違いだと考える脳みそは持っていなかった。
シャワー音が聞こえたのを確認すると、私はトイレで……
少しは落ち着いたけれど、まだ足りていない事を実感する。
やがて喜納が風呂場から出てくる。
きちんとスーツに身を包んで。
「あ、じゃぁ私も汗を掻いてるしシャワー浴びてくる。」
部屋の鍵はオートロックになっていて、外に出て扉を閉めれば自動でロックがかかる。
だからシャワーを浴びているうちに喜納が帰っても問題はない。
そう考えていた。
「今日は色々ありがとう。帰る時はわざわざ言いに来なくていいから。」
それはシャワーを浴びている時に勝手に帰って良いよという意味だったのだが、喜納はうんともすんとも言わなかった。
私がシャワーを浴びて綺麗な下着とホテル備え付けの浴衣に身を包んで風呂場から出ると、喜納はまだ部屋にいた。
「少し……話をしてくれても良いんじゃないかと思って。昼食の時は人が多くて言い辛かったんじゃないかなと思ってさ。」
確かに私の悩みはおいそれと話す内容ではないのかも知れない。
話せる友人……既婚者だったりで言い辛い。
ずっと溜め込んでいたのも不調の原因だろうか。
二人ベッドに腰を掛けて話始める。
一人で抱えていてもきっとこれ以上の改善は見られない。
だったら話を聞いてくれるという人に聞いてもらえれば改善策が見つかるかもしれない。
そう思ったら喜納に話していた。
真秋の仕事が大変な事。
仕事の多忙のストレスで勃起不全ぽいこと。
恥ずかしがりながらも性への欲求が他人より高い気がする事。
7月初旬から夜がないためにどうしようもない事。
このまま未だに終わりが見えない真秋の不安の事。
それはつまり自分の欲求がいつ改善されるか分からずどうして良いのか不安な事。
「大変だったんだな。君も彼氏も。」
喜納は私の未だ少し濡れている頭をなでなでしていた。
これで別に喜納にきゅんきゅんしたわけではない。
でも噂で聞くほどゲスじゃないのかもとは思ってしまった。
だからこそ心に隙が出来た。
話を聞いてくれて少し楽になった。
頭を撫でられた事で安心感が湧いた。
決して喜納に何かを感じたわけではな……
立ち上がった喜納の姿に違和感があった。
「ん?どうしたの?」
私は……私は、わかってる。わかってるはずなのに……
「欲しいの?」
わかっていた。目の前のぶら下げられたエサに飛びついたら戻れない事を。
眼前にニンジンをぶら下げられた馬の気分。
エサやおやつを眼前に置かれているのにマテをされている犬の気分。
「……ぃ」
だめだ。それを言ってはだめだ。
心ではわかっているのに……
「はっきり言わないと聞こえないよ?」
「ぃ……しぃ……ほしい。」
言ってしまった。もう随分見ていない気がする。
「ちゃんと言わないと何が欲しいのかわからないよ?」
優しい口調が逆に怖かった。いっそ押し倒された方が喜納のせいにできて良かったのに。
わたしから言ってしまう。
「あなたが……欲しい。」
「はい、良くできました。お好きにどうぞ。」
お好きにどうぞじゃない。もうこれは完全に私が悪い。心で否定していても身体と欲求がそれを打ち砕く。
気が付けば私はエサにむさぼりついていた……
――――――――――――――――――――――――――
後書きです。
仕掛けたのは喜納ですが、行為に走ったのはともえ。
馬鹿二人はこうして始まったのです。
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