過去語り編
第10話 3ヶ月半の激務(過去編)
喜納の嫁登場の前に閑話を入れます。
嫁が登場した時に、そういう事かとなるように先に過去を入れます。
そりゃ先にこれを入れないと嫁の役割が面倒だよなと納得するような。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
6月末、俺の勤める会社は存続の危機に瀕していた。
かつてあったリーマンショックや、世界中に蔓延したウイルスの影響を受けてやむなく倒産した会社は数知れず存在した。
ただ、ウチの会社はそういった類の事で危機に瀕しているわけではない。
支社も支店も異なるが、俺の勤める会社は一歩間違えば人の命を奪う寸前の事故を起こしてしまったのだ。
つまりは労基から是正勧告を受けたのだ。
これが同じ業種でも大手ならば知恵も対策もその費用も含めて解決は早かっただろう。
全国に支社や支店があるとは言ってもウチのような中堅手前の会社では、そううまくはいかない。
どうしても時間をかけて知恵を絞り、対策を考え、それを全国で一斉展開しなければならない。
対策自体は偉い人達が考えるので問題ない。
問題があるとすれば、通常業務にプラスして対策を講じなければならないのだ。
その対策もチェックシートに従い決められた工程に従い作業をし、作業前・中・後と何枚もの写真を撮影しした後に作成し、システムに登録、不備や漏れがあれば訂正する。
管理職は営業所員全員の登録されたチェックシートと写真帳をチェックをしているのだから、実働部隊である俺達よりも多くのパソコン仕事が待っている。
公務員試験の問題のように、漏れや間違いがない事を確認するのは、正直決められた内容をこなしている自分達より大変だったと思う。
だからこそ、自分らは少しでも負担を減らすために、不備や漏れがないようにチェックシートを作成しシステムに登録しなければならない。
実作業は日中に、登録作業は帰社後に定時をゆうに超えてまで行われる。
21時が定時で、23時がちょっと残業しちゃったよ、という感覚だった。
それでもたまには19時台に上がったりと、上司からは気を使ってもらっていたと思う。
36協定は……協定書を出していた事でセーフだったのだろう。
もし、命を奪っていたら業務停止命令が出ていたかもしれない事を考えれば……現状の処置はまだ良い方だと思っていた。
たまに連絡を取り合う学生時代の友人達には、若いんだから辞めて違う会社に就職すればという者もいた。
人は簡単に職を変えれば良いとか辞めれば良いとか言うけれど、そんな無責任な事は出来ないし、したいとも思わなかった。
たとえプライベートが減ったとしても、それが連帯責任でもあるし、同じ会社で働く仲間だからだ。
一人二人辞めたからと言っても会社がやらなければならない事は何も変わらないのだから、わがままを言う意味がわからなかった。
もっとも、週末泊まりにくるともえにはそれなりに負担をかけたり寂しい想いをさせたりしていたのは事実だ。
たまには嫌味も言われる事もあったが、仕事なのだから仕方がない。誰かがやらなければならないし、辞めて逃げるというわけにはいかない。
良くも悪くも社会人なのだ。
抑々今の会社を辞めたとして他の職種でやっていけるかの自信なんてない。
かっこつけて連帯責任だ、仲間だと言ってはいても、結局は他に何も出来ないからしがみついているだけとも言えた。
流石に休日出勤は……元々が土日現場や夜間現場以外で別途出勤というのはなかったが、平日のしんどさでほぼ寝てくつろいでるだけだった。
遊びたい盛りの20代前半には、それが面白くないと言われても仕方がない。
自分は休む事で精一杯だったが、ともえはそうではなかったのだろう。
デートは無理でもちょっと外食とか、ちょっと買い物とかを一緒にしたかったのではと思う。
もっとも土曜に外食くらいはしていたけれど、日曜は完全に家でゴロゴロだった。
そんな日が続いたからか、ともえが訪ねてくる日が減った。
最初は忙しい自分に悪いからと遠慮してくれているのかと思っていた。
平日の疲れで、一緒にいても身体を重ねる事もなかったし、せいぜいキスして隣に身体を密着させて一緒にテレビを見るくらいだった。
それすらも負担をかけさせてるのかと思い、暫く遠慮して家に来る回数を減らしているのかと思っていた。
約3ヶ月と少しの過密スケジュールのかいがあって対策は全て完了した。
全顧客分漏れなく完了した。営業所によっては多少の日にちの前後はあったものの、俺の営業所は実質3ヶ月と少しで完了した。
俺達は自由を手に入れたぞーとみんなでハイタッチをして喜んだ。
これで地獄の日々とおさらばだと。
これで通常業務に戻れると。
これでともえを寂しい想いさせずに済むと内心では思っていた。
これからは埋め合わせも含めて満足いくまで甘やかそう、付き合ってやろう。
荷物持ちだって文句言わずにやってやるさ、なんて思っていた。
ただ、会う回数が減っていた時期に肌が少し焼けていたのが気になっていた。
友人達と海にでも行ったのだろうけど、たまに会う会話の中でそんな話は出なかった。
それと、髪型が少し変わっていたのも気にはなった。夏の暑い時期だから変えたと言われたらそれまでなんだが、髪型変えたんだと言った俺の言葉に、「あ、う、うんちょっとしたイメチェン?」と、少しぎこちない返事をしていたのを覚えている。
この日を迎えるまでに、私と仕事どっちが大事なの?と言われた人は多かったらしい。
嫁さんや彼女からすれば言いたくなる気持ちはわからないではない。
でもそこは天秤にかけるところではないと思ってる。
いくら夫婦共働き時代とは言っても、人は働いて賃金を得ないと生活は出来ない。
だからこそ天秤にかけるべきではないだろう。
どちらも大事なのだから、それは秤に載せるモノではないと思っている。
ただ、それでも言いたくなる程激務で家族サービスが出来なかったのは殆どの人がそうであっただろう。
幸い離婚や別れたカップルの話は聞いていないが、激務前の関係と変わらずという所は少ないはずだ。
抑も残業代は規定通りに出ている。正直金銭的には忙しかったおかげで格段に増えていた。
さらには特別手当という事で10月の給料に組み込まれるらしい。寸志以上激務前の給料未満くらいの額ではあるが。
家族持ちではないので、そのくらいの額が出れば給料と合わせてプチ旅行に行ける。
そう、土日プラスαでプチ旅行が出来るのだ。
もっとも相手の都合もつけなければいけないので簡単にはいかないが、前から行こうと言っていた温泉に行くのはありだと思った。
会社からは有給の優先的な行使を優遇された。
月に2、3回は取ってこれまで出来なかった家族サービスなり趣味に使うなりして欲しいと。
俺はこれを利用してともえとプチ旅行に行く事にした。
ともえもそれを聞いて喜んでいた。
温泉と、少し早いのでもしかしたら見れるかもしれない紅葉と、〇〇川ライン下りの旅に。
そして俺はともえと相談し、群馬県にあるというガチ混浴温泉の予約をした。
効能や謳い文句としてはどこにでもあるのかも知れないけど、子宝祈願的なものもあると知ったのは旅行サイトの説明を見てからだった。
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後書きです。
喜納の嫁登場の前に件の3ヶ月と少し(6月末~10月初旬)を掲載します。
まぁ今話で真秋主観のはさらっと流してますが。
この後何度か話に出てきたプチ旅行と穴埋めハッスル。
その約3ヶ月後、妊娠を知らされる事になります。
逆算するとプチ旅行が10月末なので、あいつらが種をと卵仕込んだのは8月くらいという事になりますね。
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