告白したら付き合える、という噂の子に告白しようとしてみた(未遂)
春一
第1話
クラスに、告白したら付き合える、という噂の女の子がいる。ボブカットのとても可愛い女の子で、男子人気は高い。
友達なんてろくにいないオレにまで知られているくらいだから、この噂は学年内では相当に有名なのだろう。
中学三年生、五月。中二の二月下旬という半端な時期に転校してきたオレには、未だに友達はいない。学校で誰とも話さずに帰宅することも珍しくない。
別に、そのことが悲しいということはない。一人は自由だし、誰にも気を遣う必要がないから、対人関係の余計なストレスもない。好きなものは漫画とかアニメで、ゲームにもスポーツにもさほど興味がなかったから、一人でいることで困ることもなかった。
そんなオレだったけれど、男子のサガというか、彼女欲しいな、という漠然とした願望があった。誰を好きになったわけじゃない。ただ、女の子と仲良くなって、青春っぽいことをしてみたい。中三の受験生ではあるけれど、彼女がいて、その子と一緒に励まし合って勉強とかできたら、成績だって上がるとも思う。
まあ、そんなことも考えながら、本当は、健全じゃないこともたくさんしたいと思っていて、煩悩が九割であったのは否めない。
あれやこれやを出来る彼女が欲しい。いや、そういうことが出来なくても、とにかく彼女が欲しい。でも、女子と徐々に親密になって、きちんとした段階を踏んで付き合うという過程は、オレには未知過ぎた。
だから、卑怯だとは思いつつ、「告白したら付き合える」という噂に、すがった。
噂が本当かもわからない。しかし、告白してダメだったとしても、特に失うものはない。
卑怯なやつだと思う。でも、冷静さを欠いていたオレは、放課後に告白を決行することにした。もしかしたら既に付き合っている人がいるかもしれないが、そのときはそのときだ。
告白しようとしている女子、桧山明菜は、部活をしておらず、放課後にはすぐに帰宅する。後を追いかけて、タイミングを見て声をかけよう。
放課後、桧山さんの後をつけていく。尾行しているみたいで申し訳ない気持ちになるが、今日だけだ。家までついていくとかではない。
桧山さんが校門を抜ける。そこから少し歩くと、生徒の姿もまばらになる。
コンビニの前、信号待ちをしているところで、いざ、声をかけようとする。が、オレより先に、別の男子が桧山さんに足早に近づき、話しかけた。オレは歩調を緩め、その声に耳を澄ませる。
「ちょっといいかな?」
「んー? 何?」
「桧山さんが好きなんだ。俺と、付き合ってくれないか」
「無理。名前も知らない相手と付き合う気はないよ」
桧山さんが大きく溜息。男子はそそくさと去っていく。好きな相手に告白したにしてはやけにあっさりしていて、悔しそうと言うより不満そう。
同族嫌悪かもしれないけれど、同じ発想の男子を見ると無償に嫌な気持ちになった。
こんな告白が上手くいくわけもない。思い直して溜息を一つ。ただの通りすがりを装って去ろうと思ったのだけれど。
「あ、加賀君だ。家こっちだっけ? ウチになんか用?」
少々意地の悪いにやけ顔。オレは顔を引きつらせる。たぶん、全部見透かされている。
「……いや、ただの通りすがり」
「あ、そう? ならいいけど」
「うん……。っていうか、オレの名前、知ってるんだ?」
「はぁ? クラスメイトじゃん。知ってるよ」
「……そう、なんだ」
オレの名前を認識している女子がいる。それだけで、妙に嬉しい。口の端が僅かにつり上がる。
「何? 選択的ぼっち君だと思ってたけど、実は不本意? 友達の作り方がわからないだけ?」
「……そういうわけでもない。友達は別に欲しくない……」
「友達「は」、ね。だけど彼女は欲しい?」
ニヤニヤ。
オレが悪いのだけれど、全部見透かされているこの状況は非常に辛いものがある。
「……彼女は、いたらいいなと思うよ。もちろん」
「ふぅん。じゃあ、ウチが彼女になろうか? 今、フリーだし」
「はぁ!?」
桧山さんの意地悪な笑みは相変わらず。これは、からかわれているのか、なんなのか。
彼女になって、と言うべきか、からかうな、と言うべきか。
どっちが正解? いや、正解なんて考え方がおかしい。オレの気持ちは、どうなんだ?
ここで、彼女になってよ、と言えば。もしかしたら、人生初の彼女ができるのかもしれない。そう言ってみたい気持ちがよぎる。でも、同時に、不満そうに立ち去る男子の顔もちらついた。
「……す、好きでもない相手なのに、軽々しくそういうこと言うなよ……」
「付き合い始めてから好きになってもいいと思うけどね」
「さっきは断ってたじゃないか」
「そりゃ、知らない人は断るよ。でも、加賀君はクラスメイトだし。短期間だけど見てきて、悪い人じゃないのはわかってる。ま、加賀君にそのつもりがないならいいや。ばいばーい」
信号が青になり、桧山さんが横断歩道を渡り始める。
オレの家はそっちではない。ここで大人しく見送るべき。桧山さんは横断歩道を渡りきり、そのまま去ろうとする。そして、信号が点滅し始める。だからなんだ。なんで焦らなきゃいけないんだ。関係ないだろ。
そのはずなのに。
「あ、あのさ!」
気づいたら、オレは横断歩道を渡って、桧山さんを追いかけていた。
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