第72話 結婚式はやってみるもんだ

 屋敷の中庭に作られてた結婚式典の会場には、列席者がすでに多数集まっていた。


 貴族だけではなく、ミュースと知り合いの孤児院出身者や、庶民から選ばれた者たちも参列しているため、数百人規模の式となっている。


 そんな衆目の集まる中を俺は司祭の前で一人立っていた。


「新婦が入場いたします!」


 司会を務める男性が新婦の入場を告げる。


 そして、屋敷の扉が開いたかと思うと、すでに号泣しているアドリー王とミュースが腕を組み、キララとエルが長いヴェールの裾を持って後ろについて入場してきた。


 アドリー王……その気持ちは分らなくはないが、まだ早すぎでは……。


 それにしても、参列した男たちの視線が、ミュースの方に集中しすぎだろ。


 ミュースは俺の嫁なんだが……。


 周囲から、結婚を祝福する声に紛れ、俺に対するやっかみの言葉も一部で聞こえてきていた。


 アドリー王によれば、ミュース親衛隊が結婚ロスに遭い、先鋭化しているらしい。


 親衛隊連中は、冷徹クールなドSミュースに散々、怒号を浴びせられ違う性癖に目覚めた連中らしいと聞いている。


 だが、ミュースの本性は優しくて、気が回り、仕事をテキパキとこなし、照れたりするとすっげえ可愛い人なのだよ。


 俺は一部から受けるやっかみの視線を受けつつも、優越感に浸りきっていた。


「ドーラズ師、むずめをだのむぞ! だのんだがらなぁ!」


 参列者の中に敷かれた赤い絨毯をゆっくりと歩いて近づいてきたアドリー王が、俺の手を握ると涙でべしょべしょになった顔を近づけてミュースのことを頼んできていた。


 俺もキララやエルが結婚するってなったら、アドリー王みたいになるんだろうか……。


 いや、絶対に嫁には出さないぞ……無理、娘を嫁になんてムリィーー。


 娘を嫁に出すアドリー王の姿に自分の将来を重ねてしまい、思わず取り乱しそうになる。


「父親ってダメねー。ほら、アドリーはこっちの席ね。娘の晴れ姿が見れて良かったわねー」


 俺の手を握り号泣しているアドリー王をリーファ王妃が連れて行った。


「パパ、わたくしの手を引いていただけますか?」


 ミュースが上目遣いで、そっと手を差し出していた。


 今日は、いつもつけている単眼鏡モノクルも外しているため、一層美人度と可愛らしさを向上させている。


 その顔でニコリと微笑まれるだけで、心臓の鼓動が三倍速に高まってしまう。


「あ、ああ。そうだったね。じゃあ、行こうか」


 俺は緊張しながらもミュースの手を引くと腕を組んで、司祭のいる祭壇の上に昇っていった。


 そして、キララとエルが両サイドにはけると、司祭の前に俺たち二人は立った。


「新郎ドーラス・クライト、あなたはここにいる新婦ミュースを、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しいときも、妻として愛し、敬い、いつくしむことを誓いますか?」


 司祭が結婚の誓いの言葉を読み上げている。


 この世界は召喚勇者たちの文化が流入しており、結婚の誓いの言葉も採用されていた。


「は、はい! 創世神リリエルハイムの御名に賭け誓います」


 緊張のあまり、少し声が上擦ってしまったが、なんとか返事ができたことに安堵した。


「新婦ミュース、あなたはここにいる新郎ドーラス・クライトを、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しいときも、妻として愛し、敬い、いつくしむことを誓いますか?」


 司祭の問いかけに、真っ白なヴェールを被ったまま、ミュースはうつむいていた。


 あ、え、っとここで『やっぱ無理』とかないよね?


 そうなったら俺はかなり深刻なダメージを負うのだが……。


 一瞬の静寂の後、ミュースの口が開くのが見えた。


「ち、誓います。創世神リリエルハイムの御名に賭け、生涯をドーラス・クライトと共に過ごすことを誓います」


 ミュースの言葉を聞いた途端、俺の目の前が涙で滲んできていた。


 出会いの第一印象は最悪だったが、彼女の背負っていた物を知るにあたり、俺の印象がガラリと変わってこういう結末に至ったことに縁の不思議さを感じていた。


「ママー! おめでとう! これでパパといっぱいイチャイチャできるねー」


「マッマー、パッパと仲良しー」


 両隣で見ていたキララとエルがミュースのことをはやし立てている。


 二人もミュースが俺と正式な夫婦になることが嬉しくてたまらないらしい。


「んんっ! 静粛に! まだ、式は終わってませんよ!」


 騒ぐ二人に司祭からの注意が飛んだ。


 そう言えば、まだ指輪の交換も誓いのキッスもしていなかったな。


「さて、では婚姻の証である指輪の交換を」


 司祭の言葉で脇に控えていたメイドが化粧箱に入った指輪を持ってきた。


 俺はそれを受け取ると、左手薬指に指輪をはめる。


 アドリー王は国宝であり、リーファ王妃と交換した先祖伝来の指輪を使えと言ったが、大仰すぎるのでご辞退し、金でできた質素な指輪を新しく作っていた。


 俺が指輪をミュースにはめ終えると、今度はミュースが俺の左手薬指に指輪をはめてくれた。


「指輪の交換を終えたので、新郎は新婦に誓いのキスを」


 司祭に促され、俺はミュースのヴェールを上げていく。


 そして、魅惑的な化粧を施されたミュースの唇に、自分の唇を寄せていった――。


「た、大変ですっ!! 辺境の村に魔王軍の大軍が攻め寄せたとの一報が飛び込んで参りました!!」


 俺たちの誓いのキスを、固唾を飲んで見守っていた式場の人たちの静寂を破ったのは、王城に詰めていた近衛騎士だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る