第70話 結婚させてくださいと言うのは非常に面倒な儀式

「では、これよりアドリー王対ドーラス師の決闘を執り行います。ルールは木剣使用の禁じ手なし、相手が気絶するか参ったと言うまで続きます。よろしいか?」


 アドリー王付きの近衞騎士団長が、木剣を構え向かい合っている俺とアドリー王にルールを説明していた。


 昨日、言われた通り、ミュースとの結婚を賭けた決闘試合が今まさに開催される直前であった。


「承知した。アドリー王、怪我をされたら私が直しますので遠慮なく来られよ」


「ぐぬぅ! ドーラス師、そのように余裕ぶって足元をすくわれんようにせよ。わしも剣士として全力を出させてもらう」


 ただならぬオーラをまとったアドリー王が、俺に向かって威圧する視線を送っていた。


 歴戦の剣士というのは嘘じゃなさそうだ。


 威圧感がパネェぞ……。


 アドリー王は王太子時代、近衞騎士団を率いて辺境で魔物退治をしていたとも聞いているので、歳をとったとはいえ油断は禁物であった。


「パパー頑張ってー! ママが見てるからね!」


「パッパ、アドリーじいじやっつけちゃえー!」


「パパ、す、少し手加減をしてあげてくださいね。アドリー王はもうお歳ですし。ああ、でもちゃんと勝ってくださいね!」


 娘と嫁が後ろから俺に声援を送ってくれていた。


 キララは先日の件を完全に吹っ切っており、今日はいつものような快闊な笑顔を見せてくれている。


 本当にシャドーたちに迅速に対応できて、影響があとを引かなかったことで俺もミュースもみんなも安堵していた。


 そのことに加え、先ほど、リーファ王妃から俺とミュースの結婚式の際に着るドレスのことを聞いてさらに上機嫌になっている。


 パパとしては、ママとお揃いのウエディングドレスを着てもらうのはやぶさかでない。


 いや、嘘ついた。


 本音は見たい!


 嫁に出すのは嫌だが、ウエディングドレス姿は見たいのだ!


 うちの娘たちは可愛いから超絶似合うと思うんだよっ!


 俺が結婚式での嫁と娘の姿を想像し、一人でヒートアップしていると、いつの間にか試合が始まろうとしていた。


「始め!」


「ドーラス師! 気が緩んでおるぞ!」


 先制の一撃に全てを賭けたアドリー王の斬撃が右側から飛んできていた。


 だが、バフ系魔法で身体強化した俺に隙は無い。


 ずるいと言われようが禁じ手がない以上、魔法は使わせてもらう。


 アドリー王の剣先を掴んで止めようとした瞬間―――


 常時発動させていた危機感知クライシスセンスがけたたましい警告音を俺に伝えてきていた。


 脅威数が二〇だとっ! 魔物か? 二尾猫ツインテールキャットは除外したしな。


 また別の魔物か?


 だが、脅威として判定されたのは木剣を持った近衞騎士団一八名とカインにアベルだった。


「ドーラス師、我ら近衛騎士たちの本気を受けてもらいますぞ。勝てば給金が上がりますので」


 目が血走った近衛騎士たちの木剣が俺を襲ってくる。


 すべての攻撃を紙一重で避けつつ、近衛騎士を打ち倒していった。


「金に目が眩んだか」


 そんな大人たちに交じり、カインとアベルも剣を手に打ちかかってきている。


「お、お前ら。どうして……」


「ドーラス師! すみません、アドリー王よりキララ様の従者になりたかったら助太刀せよとの仰せで。すみません、すみません」


「ドーラス師! オレはキララの盾になるって決めたんだ! それも従者になれなきゃ叶わねぇ。悪いけど、オレは王様に助太刀する」


「貴様たち、私を裏切ったか! ええぇい、こうなれば貴様たちごと倒すのみ」


 思わず悪の親玉のセリフが出てしまった。


「ふふ、禁じ手は無しだと言うことだから。わしも国家権力を使わせてもらうぞ。フフフ」


 ずるい。


 卑怯だ。


 とは俺も魔法を使っているため言えなかった。


 クソ、娘を嫁に出したくない気持ちは痛いほど理解できるが、ここまでするとは……。


 体勢を立て直したカイン、アベルを含んだ近衛騎士たちの剣が次々と俺に振り下ろされる。


「アドリー王の本気見させてもらいました。私も本気でお相手しましょう! 爆破陣バーストサークル!!」


「ふぐぅ!」


「うわぁっ!」


「ぐううっ!」


 俺の周囲を包むよう死なない程度に威力を弱めた爆破魔法を発動し、襲いかかってきた皆を一斉に吹き飛ばしていた。


 悪いが結婚がかかっているんで遠慮はしないぜ。


 周囲に群がっていた近衛騎士たちが吹き飛んだので、一気にアドリー王への距離を詰める。


「ぐっ! 早い! だが、ミュースを嫁に出すわけにはいかぬっ! ふぬんっ!」


 アドリー王の本気の斬撃が俺のこめかみに向けて放たれた。


 鋭いが遅い!


 迫りくるアドリー王の木剣を拳で打ち払うと、自分の手にした木剣を相手の首元に突きつけた。


「アドリー王、これで勝負ありですぞ!」


 自分の木剣を折られ、喉元に突き付けられたアドリー王は観念したように剣を手放した。


「くっ! さすが我が国最強の男だな……勝てぬとは思ったが、こうも一方的とは……仕方あるまい。約束通りミュースとの結婚は――」


 完全に油断していた俺は、戦意を失っていたアドリーが腰に飛びかかってくるのを防げなかった。


「って言うと思ったか――!! まだだ! まだ、やらんぞ!」


 咄嗟に踏ん張ったことで引き倒されることはなかったが、しがみつかれたことで体勢は大いに崩れていた。


「皆の者、今が好機ぞ!」


「「「おぉ!!」」」


 息を吹き返していた近衛騎士たちも加わり、再度剣を手にして打ちかかってきた。


 娘を嫁に出したくない父親の執念を俺は少し舐めていたのかもしれない。


「もう。アドリーも馬鹿ねー。怪我する前にいい加減諦めなさいー」


「じいじ、諦めなしゃい―」


「アドリー王様、パパは強いから負けても恥ずかしくないよー」


「アドリー王、ご無理は禁物ですから」


 観戦していたキララやリーファたちからも、アドリー王に自重するように声がかかった。


「いや、妥協するわけにいかぬ! 全力をもってドーラス師を倒すのだ! うぉおおおおっ!」


「その心意気だけは受け継ぎます。アドリー王覚悟! 爆破陣バーストサークル!」


 もう少しだけ威力を高めた魔法が周囲に吹き荒れると、アドリー王も一緒になって吹き飛ばされていった。


 俺からの敬意を込めた魔法は周囲の者たちを一掃していた。


「勝者、ドーラス師!」


 アドリー王の気絶により戦いの勝敗は俺の勝ちだと判定された。


 こうして、晴れてミュースと正式な結婚の日取りも決まり、俺たちは結婚と養子縁組の準備に向けて突き進むことになった。

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