第68話 過去の亡霊が俺の前に現れた


 キララが籠った部屋から出てきて、カインとアベルを加えた団欒の夕食を終えた頃、一人の衛兵が俺を呼びにきていた。


 俺はキララの件だと察し、屋敷の外で衛兵に会っている。


「ドーラス師、ミュース様より提供していただけた情報により、すでにキララ様への暴言を吐いたメイド三名は捕縛されております。アドリー王が処罰はドーラス師に一任せよと仰せなのでお伺いいたしました」


 マジか! ミュースが報告に行ってからまだ半日も経ってないぞ。


 下手人掴まえるの早過ぎでしょ!


 下手したら誤認逮捕とかしてないだろうか……。


 俺はミュースの報告から犯人の逮捕までが早過ぎて驚きを隠せないでいた。


 犯罪事案が余り起きない治安のいいアレフティナ王国であるため、衛兵たちも普段はのんびりしているのだが、今日はいやに気合が入っている感じである。


 滅多に起きない事件が起きたことで、張り切り過ぎてないか不安になっていた。


「わ、分かった。私が直々にそのメイドたちに尋問させてもらうとしよう。案内してくれ」


「はっ! すでに身柄は監獄に移しておりますので、ご案内いたします!」


 そう言った衛兵が敬礼をすると、先導するように監獄へ向かって歩き出した。


 俺はその衛兵の後を追って歩いていった。




 しばらく歩き、王宮の外れの区画にある監獄に到着すると、ジメジメと湿気った空気が漂う施設の中に入っていく。


 元々、貴族や王族の犯罪者用に作った監獄であったが、平穏な時代が長く続き使用されることも少なかった。


 なので、今では街で喧嘩をした酔っ払いの保護施設みたいな場所になっていた。


「※▲■●※!!」


 喧嘩して衛兵に掴まったおっさんが、鉄格子の向こうで何か叫んでいた。


 だが、俺が会いに来たのは彼ではないので無視する。


「ドーラス師、捕縛したメイドたちはこちらでございます」


 衛兵が一番奥の牢屋まで到着すると、問題のメイドたちを指差して場所を譲ってくれた。


 鉄格子の奥ではうら若き女性メイドたちが三人とも手を縛られたまま、床に座っていた。


 メイドたちは俺の姿を見つけると、鉄格子の方に駆けよってくるのが見えた。


「ドーラス師、私たちがなぜこのような仕打ちを受けるのか理解できません!」


「そうです! 私たちはキララ様への暴言などしていませんから、これは間違いです!」


「す、すぐに釈放をお願いします。これは冤罪です!」


 メイドたちが必死の形相で俺に無罪を主張してくるが、その三人の顔を見れば、アベルが書いた似顔絵そっくりであった。


 あ、こりゃあ……すぐに逮捕されたのも頷けるな。


 似顔絵の完成度高すぎだろ……アベル、お前の人相書きの腕は認めてやろう。


 メイドたちの抗弁を聞きながら、逮捕が早かった理由の一つが理解できた。


「悪いがうちの娘の友達がな……ものすごい画才を持っていてな。君らも見たと思うが、人相書きがピッタリ一致しているんだよ」


 俺は努めて冷静にメイドたちに話しかける。


 人相から見て、この三人がうちの大事な娘に対し暴言を吐いた奴らであることは間違いない。


 とはいえ、間違いがあっていけないので、尋問して確かめることにした。


「君らも人相書きだけで犯罪者扱いされるのは心外だろう。ああ、安心してくれたまえ、私は虚実看破を使えるのでね」


 虚実看破は相手の嘘を見抜く魔法でもある。


 人間相手に使用すれば、嘘の言葉に対し、赤く光るといった効果を発揮する。


 そのため、尋問の手間も省ける仕様になっていた。


 ただ、虚実看破は便利な魔法だが、本来なら魔物が化けた人間を炙り出すための魔法であった。


 ゼペルギア王国の時は何度も活用して、人間に化けた魔物を討ち取ってきたが、このアレフティナ王国に来てからは全く使っていない魔法であったのだ。


「はっ!? まさか!? その力は召喚勇者しか使えないはずでは……!?」


「おかしい……一国に一人しか勇者の召喚はできないはず……この国にはキララが居るのになぜだ?」


「待て! そのようなことをされたら!」


 俺が虚実看破を使えると知った三人のメイドの顔色と口調が変わった。


 このメイドたちの反応……ゼペルギア王国で散々俺の活躍を貶めてきた奴らと同じ反応だな。


 召喚勇者時代から引き出した記憶の中に、人に化ける魔物がいたのを思い出していた。


 まさか……こいつら、シャドーか……あれの生き残りがこの大陸に居たとは……。


「お前ら、まさか魔物じゃないだろうな!」


 そう言うと俺は三人に向けて魔法を発動させた。


 淡い燐光がメイドたちを包むと、赤く点灯してその身を変化させていく。


 魔法の効果が発動すると、若いメイドの姿は掻き消え、薄い靄の人影に変化していた。


「やはり、シャドーか! 衛兵、こいつら魔物だ! 人に化け、嘘の情報を流し、人々を扇動する魔物なんだ!」


「は、はい! この王都に魔物が忍び込んでいたとは……!」


「こいつらに戦闘能力はないが、色々と情報を流されたかもしれん……キララの件も扇動工作だったかもしれないぞ」


 シャドーはゼペルギア王国時代、散々俺の悪評を流し、魔王軍を倒す度に王都や街、村で国民から迫害されてきたのだ。


 俺にとっては一番の強敵であったと言ってもいい。


 そんなシャドーに、このアレフティナで出会うとは思わなかった。


「我らシャドーのことを知っているし、召喚勇者としての力も持つとは……。ドーラス師、お前は何者だ……」


「確かゼペルギア王国出身の治療師だと聞いていたが……」


「その年恰好……いささか、我らの一族から送られた思念で知っている者と風貌が変わっているが……まさか、勇者ヤマト・ミヤマか!」


 黒い靄の人影になったシャドーたちが、俺の正体に感付いたらしい。


 どうやら、こいつらは昔の俺を知っているみたいだ。


 この国では俺は『ドーラス』という名であるため、しらばっくれることにした。


「何の話か分らんが、魔物を生かして帰すわけにはいかない! 剣を借りるぞ!」


 俺は衛兵の腰から剣を借り受けると、実体のないシャドーを討伐するために魔法を剣先にかけていった。


「くっ! ここで討たれるわけには……」


「ライラス様にこのことを報告せねば……勇者ヤマト・ミヤマはこの国に逃れてきていると……」


「フォボス様の仇はこの地に……」


 人化を解いたシャドーは鉄格子をすり抜けると、俺たちを振り切るため壁をすり抜けて消え去ろうとしていく。


「逃がすかっ!」


 俺は壁に魔法の障壁を発生させ、シャドーたちを逃がさないように捕らえ直す。


 すり抜けようとしたシャドーたちが、壁を抜けられずに右往左往していた。


「クソ、退路が断たれた。もはや、我らはここまでとみた」


「では、最後の手段を使うとするか」


「我らシャドー種族の意地を見せてやるとしよう」


 逃げ道を断たれたことで、シャドーたちは観念したようで、三人がひと塊になっていた。


 諦めたようだな……悪いが逃がすわけにはいかない。


 俺は衛兵に鉄格子を開けてもらい、剣を手にシャドーたちに近寄っていった。


 すると、シャドーたちは近づいた俺に対し、まばゆい光を放っていた。


「「「ライラス様、我らシャドー種族、最後の報告を受け取られよっ!!!!」」」


 牢獄の中は目も開けられないほどの光の奔流によって真っ白に染まっていく。


 そして、光がおさまった後にはシャドーたちの姿形は欠片も残されていなかった。

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