30.錯綜前線
ほんのりと橙の光を帯びた砂漠の地下空間にて。長寿の血を求め続けた男ラボンは、砂漠地下の遥か奥深くより現れた巨大な白蛇と対峙していた。
「さぁ、その力を私に差し出すのです。さぁ。さぁ!」
巨体を轟かせ地下へと誘った刺客達に襲い掛かる、エーテルコアを持つ巨大な白蛇。そんな怪物の力を手中へと収めるため、ラボンは瞳を真っ赤に輝かせ白蛇を睨み付ける。
ラボンの放つ言葉はエーテルへと直接干渉し、身体のコントロールを奪うという圧倒的な力を持っていた。オームギを助けるため現れたエルフ型の魔物達も例外無く洗脳され、身動きを取る事すら許されず赤の国の刺客達に殺される。
一方的に殺される魔物と違い、シキ達がラボンの干渉を軽減していたのはそれぞれ理由があった。
シキの場合は敵と同じ赤のコアを持っており効果の範囲外に、ネオンについてはエーテルを吸収する体質により効果そのものを受け付けなかった。
エリーゼとオームギの場合は干渉こそ受け動きを制限されていたものの、エリーゼは青のコアが取り付けられた杖を所持しており、オームギもまたエルフのエーテル回収に使っていた橙のコアにより、意識までは洗脳を受けずに済んでいたのだ。
それは同じく橙のコアを持つ白蛇も同じ事。ラボンによるエーテル干渉に耐えながら、白蛇は刺客達の攻撃を受けては身体を再生させコアを守り続けていた。
意識の洗脳に加え、白蛇に襲い掛かるのは魔物の噛み付きとミネルバによる斧槍の突きと斬撃。反撃を繰り出そうにも放たれた攻撃は、レンリと二羽の風によって全て防ぎ切られてしまう。
刺客達の猛攻に押され、次第に再生が間に合わなくなっていく巨大な白蛇。追い込まれるほどに額のコアは強い光を放ち、エーテルの供給を増幅させ弱る白蛇に力を与え続けていた。
だがこのまま消耗戦へともつれ込んだなら、負けるのはどう見ても白蛇であっただろう。エーテルの供給を超えるほどの数の暴力を前にして、その存在に守られていた白の魔女は今一度仲間のために大鎌を振るう。
「やめなさい!!
オームギの振るった
「おやおや、この期に及んでまだ邪魔をするとは……。ですが優先すべきは目の前のコア! あなた達そこで指を加えて見守ってなさい!!」
ラボンの怒号が自由を取り戻したオームギへと襲い掛かる。そんな彼女を守るように、周囲の砂からエルフ型の魔物が現れ身代わりとなり再び崩れ落ちる。
「亡霊風情が……ならばもう一人を!!」
「…………!」
「させません! ここでなら……
オームギへの洗脳が防がれると判断するや否や、ラボンはもう一人の洗脳対象であったエリーゼを操り同士討ちを狙おうとした。だがそんな彼の行動を先読みし、ネオンはエリーゼに触れ彼女に対しての洗脳をすぐさま解除。その直後、反撃可能となったエリーゼは湿り気のある土を見て迷わず氷の魔術を放った。
水気のある場所においては、エリーゼの放つ氷の魔術は十分に強度を保つ事が出来る。さらに連続での精製も可能となり、生み出された氷の刃はラボンを向けて無数に襲い掛かる。
「ハロエリ、ハルウェル!!」
ラボンへと襲い掛かる氷の刃を二羽の風により吹き飛ばす。彼が長寿の力を解き明かしてくれなければ、病を抱えた相棒達を救う事は出来ないのだ。
レンリと相棒達の起こした砂埃から、一筋の赤い閃光が漏れ出す。赤の光は真っ直ぐにラボンを狙ったエリーゼへと当たり、直後逆巻く風と共に斧槍が一直線に飛び込んできた。
「小娘が、
「ッ、
エリーゼは咄嗟に氷の壁を作り出すが、斧槍の先が触れると同時に分厚い壁は真っ二つに切断される。刺突と斬撃を同時に行う、大罪武具が内の一つ『
「壁が……!?」
「あらあら……ラボン様を襲うなんて、ダメではありません、かぁ!!」
ただでさえ近接戦に弱いエリーゼに、最悪の相手は間髪入れずに斧槍を振り回しエリーゼを惨殺しようとする。ミネルバは身長ほどある斧槍を天高く振り上げ、暴力的に横に取り付けられた刃でエリーゼを叩き割ろうとした。
だがそんな彼女の邪魔をするのは白の魔女ことオームギ。振り上げられた斧槍へ大鎌を絡ませ、遠心力でミネルバの身体ごと吹き飛ばす。
「オームギさん……!」
「奴の相手は私がするわ!! だから貴方はシキ達を……!」
オームギ達の相手をするミネルバの横で、同じくラボンが橙のエーテルコアを手に入れるように援護する、巨大な拳を持つ大男スワンプ。
スワンプは巨大な拳を使い衝撃波を発生させ徹底的にシキを襲い続ける。たとえ炎で出力を上げ対抗しようとも、その圧倒的な破壊力を前にしては返り討ちにあうのが関の山であった。
視界の端でネオンが二人を助け出す様子を見て少し安堵するシキ。だがシキの攻防は相変わらず変化を起こせない。
「スワンプ・スタンプゥ!!」
「チィ……何度も何度もしつこいぞ!!」
「ハ! だったら、クタバレェ……!!」
落石のような一撃がシキを掠める。衝撃波だけで皮膚がめくれ上がりそうな攻撃を寸前のところで避け、シキは砂を被りながら地面を転がる。エリーゼの氷の壁ですら防げない大振りの拳をどうすれば攻略出来るのか。
必死になってシキが逃げ回っていたその時、不意にスワンプの動きが止まった。
「
「ハ……?」
バランスを崩したスワンプが、木々を倒したかのように衝撃と砂煙を上げ倒れる。シキを狙う事に躍起になっていたスワンプの足を、エリーゼは遠くから魔術を放ち氷の塊へと変化させていた。
踏み込みが上手く行かなかったスワンプは足を挫き、そのまま上半身の重みと勢いで地面へと突っ込んだ。倒れ込んだ大男は攻撃に使っていた破壊力を自身で受けてしまい、そのまま意識を失っているようだった。
「まずは一人……です!」
砂漠の地下空間に落ちる前、砂に足を取られ動けなくなっていた彼の姿をエリーゼは目の前で見ていた。暴力的な破壊力を放つ拳を持っていようとも、それを支える足を捉えられたなら。エリーゼは強者の見せた一瞬の隙を逃さなかった。
きっとエリーゼだけでは大男の攻撃を防ぐ事に精一杯で反撃の策を切る事すら出来なかっただろう。だが、一人では出来ない事も二人なら。シキという男が窮地を前にしても戦い続けた結果生まれたチャンスをエリーゼは確実に掴んだのだ。
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