12.燃ゆる大地に影は落ちぬ

 日は落ち始め、空が橙色に染まる頃。陽炎揺らめく大地の上で、シキやオームギ達は討伐した魔物を運んでいた。


 そんな彼らの遥か上空を飛ぶ、小さな赤い鳥が一羽。


 魔物の亡骸が運ばれるのを確認するや否や、赤い鳥は砂漠を去り、砂漠の入り口となる熱帯林へと飛び立った。


「…………流石に、そこらの魔物程度では相手にならないか」


「ピーピピッピ!」


 赤い鳥が向かう先には、銀髪に褐色肌が特徴な青年が立っており、鳥の戻りを優しく迎え入れる。赤い鳥は褐色肌の青年の右肩に乗ると、荒々しく鳴き声を上げその目で見て来た内容を青年へと告げた。


 獲物を探すため放たれた獣型の魔物の群れ。そんな魔物達が出会った、砂漠の住人達。赤い鳥から魔物との対決や戦いの細部などを聞いていると、青年の周囲に生き物の影が続々と蠢き立つ。


 青年の周りには、熱帯の狡猾者ことディビアードが十数匹ほど群れを成しており、その一部はさらに奥から現れた馬車へと繋がれていた。


「おやおやレンリ君。折角預けた子達をもう失ってしまったのですか。しょうがないですねぇ」


 刺す陽の光を避けるようにして取り付けられた屋根の影から、豪奢な衣服に身をまとった貴族風の小太りの男が青年へ声をかけた。男はまるで想定通りだったかのようにニヤニヤと笑い、彼の膝の上へ座っている長毛の猫をそっと撫でる。


「それで、探していた方々は見つかりましたか」


「ピピピ、ピッピピピ!」


「『いたぞ、すぐ向こうに!』と、ハロエリは言っている」


 レンリと呼ばれた褐色肌の青年は、右肩に乗せた鳥の鳴き声を聞くと、言葉を翻訳し男へ伝える。


 褐色肌の青年と赤い鳥の立つ熱帯林には、貴族風な小太りの男と長毛の猫。そして魔物の群れの他に、異様な雰囲気を帯びた二人の人物が馬車を挟むように立っていた。


「あらあら、では早速殺っちゃいましょうか♪」


 るんるんとした艶めかしい声色とは裏腹に、隠しきれない殺気が言葉の端から溢れ出す。


 差し色の赤が特徴的な給仕服を身に包んだ女は、馬車の右隣で細く垂れた目をさらに細め微笑む。給仕服とはおおよそ似合わない長物を持ち、女は馬車の中へ笑顔を送る。


 そんな彼女とは対照的に、馬車を挟んで裏側には、馬車の屋根にも届きそうな筋肉質の大男が寡黙に佇んでいた。


「…………ヤルのか」


 岩石のように巨大な両手を握り締め、大男は馬車の中にいる男の命令をただ待っていた。


「ええ。と言いたいところですが、何故魔物が全滅したのか気になりますねぇ。レンリ君」


 男は長毛の猫を撫でながら、にっこりと作り笑顔で語り掛ける。その声を聞いた褐色肌の青年は、銀髪の先を揺らし肩に乗った赤い鳥へ視線を向けた。


 青年と目の合った鳥は荒々しく鳴き声を上げ、彼に状況を説明する。


「『変な人間が、ズバーって殺った!』と、ハロエリは言っている」


「ふむ。変な人間、とは何ですか」


「ピピピーッピーピピ!」


「『耳長人間!』と言っている」


 なるほど……と貴族風な男は黙り込む。しばらく考え、そしてハッと答えへ気づき口を開けると、そのまま唇は美しい弧を描き、満面の笑みへと移り変わった。


大食らいの少身物グラットン・ダガーを追ってここまで来ましたが……おやおや、これは運が良い」


 男の笑みを見て、馬車の右隣で気分が高揚していた給仕服の女はより強く長物を抱き締めた。


「ワタクシ達にも分かるようお教え下さい。ラボン様……!」


 馬車の中で、男は猫を撫でる手を止めそのまま顎の下へと持って行く。ラボンと呼ばれた貴族風の男はチラリと給仕服の女を見ると、言葉の正体を口にした。


「長寿の血ですよ、ミネルバ君。まさか未だに枯れ果てていなかったとは。巨大化する猫やエーテルで出来た馬といった興味深い噂を捨ててまでして、彼らを追いかけて正解でした」


「あらあら、それはなんと幸運な……! 今までの回りくどい研究が、ついに実る時が来たのですねっ♪」


「おやおや、分かってませんねぇミネルバ君は。長寿だけが私の研究対象ではありませんよ。それにその回りくどい研究を進めるべく遠出したのがきっかけで、今回見つける事が出来たのですから」


「これはこれは失礼しました。それよりっ、その長寿の血とやらはすぐそこへ居るのでしょう? ならば早く向かいましょう。ワタクシ心が躍ってたまりませんわっ♪」


 強者に戦えるとウキウキで長物を抱えるミネルバ。そんな彼女を見て、馬車の中の男は上げた口角を落とす。


「…………厄介ですよ、彼らは。それはもう嫌気が差すほどに」


 長寿の血。それはかつて賢人と呼ばれた種族が持っていたものであった。今は亡き力を求め研究し、各地を巡った男は、偶然にもその力の根源へ遭遇する。


「ならば尚の事。ワタクシの欲深き双武器アワリティア・ハルバードが叩き斬り刺し貫いてあげませんと」


「盛り上がっているところ悪いが、見つけたようだぞ。もう一つを」


 ミネルバとラボンが楽しそうにやり取りしている少し離れたところで、褐色肌の青年は会話に割って入った。その直後、青い鳥が砂漠から舞い戻りレンリの左肩へと止まる。


「『それっぽいの、見つけたかも?』とハルウェルは言っている」


「ふむ。それっぽいの、とは何ですか」


「ピピッピッピピ、ピピッピ?」


「『自然一杯な、オアシス?』と言っている」


 レンリの左肩に止まった青い鳥は、砂漠中を飛び回り違和感のある場所を探していた。そして、とあるきっかけで人目に見えるようになっていたオアシスを発見したのだ。


 レンリは続けて、発見した情報を伝えようと肩の鳥達へ語り掛ける。しかし二羽の鳥は様子が一転。今までの騒がしい調子が嘘のように顔色を悪くし、力無くうなだれていた。


「ピー! ピピッピ……」


「ピピッ? ピー……」


「……!? ラボン!!」


 異変を察知したレンリは、すかさず貴族の男へと振り向いた。


 彼の声を聞くや否や、貴族の男は懐から小さな布袋を取り出し給仕服の女へと手渡す。そしてそのまま、給仕服の女はレンリへ向けて手渡された布袋を投げ渡した。


 布袋を受け取ったレンリはすぐさま中身を取り出す。布袋の中に入っていたのは、鳥達のエサであった。しかしその色は青と赤を混ぜ一部が紫に変色した、気味の悪い色をしていた。


 エサを与えられた赤と青の鳥は次第に調子を取り戻していく。それと同時に、青年は振り向く。魔物の群れの中心、給仕服の女と大男に挟まれた馬車の方へ。そして、その中で猫を愛でる男へと問いかけた。


「ラボン。奴の血があれば、こいつらは助かるのか?」


「ええ、もちろんですとも。レンリ君」


 男は不敵に笑う。これから始まる、血を求めた惨劇を前にして。

 ついに手の届く、長寿の力を目前にして。


 そんな彼の手中で、長毛の猫は気まぐれに鳴き声を上げた。


「にゃー?」

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