08.砂上の亡霊

 白の魔女オームギに連れられる形で、シキ一行は一面砂の大地を練り歩いていた。


「一応聞くが、宛はあるのだろうな?」


「さぁね。見つけた手がかりは全て探し尽くしたけど、コアなんてどこにも無かった。でもその子……ネオンだっけ? ネオンがいるなら、もう一度同じ場所を探せば、新たな発見があるかもしれないわ」


「……それってつまり、振り出しから探し直す。という意味では?」


「無いに等しいではないか! エルフのお前と違い、私達は何百年も生きられないのだぞ!?」


 エルフ族の時間感覚で物事を語られ、命を握られているという事さえ忘れ強い口調でツッコミを入れるシキ。それを聞いたオームギは、好都合と言わんばかりにひょうひょうとした様子で返事をする。


「そう? まぁ見つからず永遠にここから出られないなら、それはそれで目的は果たせるし問題ないわ……。っと、そろそろ着くわよ」


 オームギは片手で大鎌を握り締め、もう片方の手で前方を指差す。言われるがままにシキ達は指の向く先へと振り返った。そこには。


「人……か?」


「いえ、あの尖った耳は……!!」


 後ろ姿でも分かる、ピンと伸びた耳が特徴の人影が三人。何も無い砂漠の上で、滅んだはずの種族が虚ろに佇んでいたのだ。


「エルフは滅んだはずでは無かったのか!?」


 シキは驚き思わず声を上げた。声を聞いたか気配に気づいたか。エルフらしき人影が一斉にシキを見つめる。


 彼らは不気味に。扉がひとりでに開いたかのように。生気を感じない振り返りと共に、シキはそれらと目を合わせた。


 その瞬間だった。


「避けなさいッ!!」


 オームギの声が轟く。

 同時、砂上の人影は瞬きをする間もなくシキへと襲い掛かった。


「なんっ、だッ! お前達は!!」


 砂地に足を取られながらも、シキは何とか地面を転がり攻撃を避ける。


 足音は無く、脚すらも無い透けた下半身に、右腕は肘より先が槍や剣を思わせる、鋭く長い形状をした異形。そして黒く塗りつぶされた瞳が、驚きとも哀しみともとれる空虚な表情で地面へと転がるシキを見つめる。


「今回もハズレ、か」


 ポツリと、オームギは残念そうに吐き捨てると、背負っていた大鎌に手を伸ばす。


 シキに攻撃をかわされ、呆然と佇むエルフらしき異形。再びシキを捉えた三人の人影は、ゆっくりと次の攻撃へ移ろうとした。


 そんな彼らの頭上に、白の魔女は颯爽と飛び込む。肌を突き刺すような日の光を遮断し、異形の者達へと影を落とす。


 そしてオームギは、灼熱の大地に相応しくないほど凍てついた言葉を呟き、彼らへと終わりを告げるのだった。



「眠りなさい。在りし日のままに。一期狩りストロ・ベリー!!」



 振り被られた大鎌は、身が宙へ浮く間に三度振り回され、異形の影を真っ二つに切り裂く。


 オームギのつま先が砂上に触れると共に、異形の影は音も無く消える。影の消えた場には、橙色の光を放つ球が三つ残されるのみであった。


 砂上に転がる球を拾い上げたオームギは、儚げに微笑むとシキ達へと語り掛けた。


「どう。逃げる気なんて無くなったでしょ?」


 圧倒的な速さと正確さで、白の魔女は敵を切断する。少しでも背を向ければ同じ運命に会うと、彼女は日常の一つのように口にする。


 賢人と呼ばれたエルフの真髄。悠久の時を重ね、蓄積された知識と技術を以って事に終止符を打つ。一切の容赦がないその戦いは、同時に今までの全てが手加減されたものであると語っていた。


 言葉にするのもはばかれるような強さを前に、シキもエリーゼも驚く事しか出来ないでいた。


「その球は……なんだ? いや、今の奴らは。お前は、コアは。この砂漠には何が隠されていると言うのだ……!?」


 敵わない。シキの本能が無意識に叫びを上げる。今目の前にしたものとは。彼女が、彼女の追い求める理想が何なのか。


 この世界の多くを知っている彼女だからこその選択に、記憶を失った男は問いを投げかけずにはいられなかった。


「そんなに一度に聞かないで。協力関係にある以上、必要な事は教えるから」


 オームギは橙色の球を見つめ、何から話そうかと考える。


「まず、今倒した敵はただの魔物よ。私の同族でも何でもない、砂漠に根付く哀れな亡霊」


「し、しかし……奴らの姿はお前に通ずるものがあったぞ」


「魔物……から感じたエーテルも、失礼ですがオームギさんに似ていました」


 ただ魔物、とだけ言われても納得の出来ない二人。それもそのはず。見た目もエーテルも、目の前のエルフの生き残りとの関係を感じざるを得ない存在だったからだ。


 オームギは想定内といった様子で、彼らの質問に答える。


「そもそもとして、魔物とはいったい何なのか。そこから理解して貰った方が早い感じかしら。エリーゼだったっけ? 貴方は魔物って何か、どれだけ知っているの?」


 名指しで説明を求められた氷の魔術師は、生まれ育った魔術雑貨屋で得た知識を総動員して、かつ簡潔にまとめてその性質を口にする。


「……魔物とは、一般的にエーテルを操る人以外の生物の総称です。人によっては純粋な人類以外は全て魔物だと括ったり、エーテルの歪みから生じた生物のみを指したりと定義はまばらではありますが……」


「そうね。よく勉強しているわ。かつてはエルフを始め、複数の種族が魔物と同等の扱いを受けていた歴史もある。まぁ今回重要なのはそこじゃなくて、後半に言った部分ね」


「奴らはエーテルから生まれた生物なのか?」


「シキ、貴方はあまり詳しくないようね。記憶が無いなら仕方のない事だけど。まぁいいわ。貴方の言う通り、さっきの奴らはこの砂漠のエーテルから生まれた、正真正銘の魔物よ」


「どういう事だ? エリーゼの話の前後と繋がっていないように思うが……」


「いいえ、繋がっているわ。全て、今に至るまでの全てが繋がっている」


 不思議に思うシキを前に、オームギは首を振り彼の考えを否定する。そして、彼女は驚くべき事実を口にした。


「ここは元々、自然豊かなよくある森の一角に過ぎなかった」


「なに……?」


「でもある事がきっかけで自然は枯れ、荒れ果てた砂漠へと変化した」


 オームギは儚げな目で砂漠を見つめる。それは彼女にとって、止められなかった後悔を産んだ悲劇の思い出であった。



「ここはね、遥か昔に人とエルフが戦って、自然を焼き互いの命をも焼き尽くした因縁の場所なの。多くの血とエーテルが流れ、破壊された自然のエーテルと混ざって出来上がった空虚な大地。それがこの砂漠よ」



 忌まわしき歴史の記憶。無限に広がる砂の大地。その粒の一つ一つが、失われし命によって出来上がった負の遺物。


 数多の魂が眠る大地の上に、彼らは立っていたのだ。

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