12.楽しい夜に酔い更ける


 年齢的にアルコールを摂取出来ない一人と生物的に摂取出来ない一匹は、若干退屈そうにアジトの辺りをウロウロとしていた。


 酔って気の良くなったアネさんにでも可愛がってもらおうと探していた矢先、そこで出くわしたのが新入りのうるさい赤髪シキと無口な不思議少女ネオン、そして見覚えのない黒髪が綺麗な謎の少女であった。


「あれ、その人誰ッスか?」


「しまっ……!」


 盗賊団と目が合ってしまったエリーゼは思わず驚きの声を上げる。


「エリーゼ逃げ……!! いや、オホン。ただの通りすがりのご近所さんだが、それがどうかしたか? ミルカよ」


 誤魔化そうとして焦ったシキは、何を思ったかあえて堂々とする事でエリーゼの存在に対する違和感を無くそうとした。

 ミルカは勢いに押され、たちまち挨拶をしなければと意識を逸らされていた。完全に酔っ払いの狂った判断力の賜物である。


「ご近所さん!? えっ、あっ、これはどうも。ここいらで盗賊やらせて貰ってます。ミルカと申します。そしてこのデブ猫はチャタローと申します」


「フンニャー」


 ここいらで盗賊やらせて貰ってます。なんて二度と聞く事もなさそうな挨拶を聞いたところで、シキは話題の中心をミルカとチャタローに返した。


「そんな事よりミルカ、お前こそ何をしている? せっかくの宴なのに輪を離れて散歩をする必要も無いだろう。そこのデブ猫だって散歩は嫌いだろうしな」


「フンニャー?」


 突然小馬鹿にされたチャタローの不服な声は置いておいて、ミルカはふらふらとしている理由を語り始めた。


「それがッスねシキさん。さっきからどこを探してもアネさんが見あたらないんスよ。不意にフラっといなくなる事はよくあるんスが、いくらなんでもこんな宴の途中で消えなくたっていいと思うんスよねぇ~」


 人一人がフラっといなくなる。話だけ聞けば一匹狼気質なだけとでも思うかもしれないが、一つ心に引っ掛かりを覚えていた少女はこの会話に口を挟まずにはいられなかった。


「いなくなるって……リーダーなのにどうしてです? 隠れた趣味でも持っているのでしょうか?」


「そんな話は聞いた事ないッスが……でも、ああ見えて可愛らしい趣味を持っていたらキュンキュン来るッス! そう思わないッスかシキさん!!」


「知らん。急に私へ振るな。内容はともかく彼女は何をしているのだ……? 自分で言うのもなんだがせっかく開いた歓迎会だ。フラっといなくなるには少し寂しいと思わないか? こんな夜更けに、彼女はいったいどこへ行っているというのだ……?」


 不可解な行動を取る盗賊団のリーダーは今何をやっているのか。月明りもあまり届かないアジトの隅で、四人と一匹は考え込んでいた。


 すると、さらに背後から野太い声が割って入って来る。


「おうお前ら、こんな所で何やってんだ? せっかくの宴だというのに酒も飯も無視してよォ……」


 アルコール臭い息をまき散らしながら、副団長であるストウムがシキ達の元へと現れたのだ。


 シキは思わず不味いと瞳をエリーゼの方へ動かしたが、流石に二度目だけあって雲隠れは成功している様子。ひとまず胸を撫でおろす前にこの酔っ払いの相手をしなければと、酔いの回った頭で何とか言い訳を考える。


「別に……少し風に当たっていただけだが?」


「それにしちゃあ長過ぎんだろ。シキ……、本当はお前何をしていた? まさか答えられねぇとは言わないよな?」


 明らかに疑いを持った目でストウムはシキを睨み付けていた。適当な事を言えば、このまま疑い続けられ身動きが取りづらくなってしまう。流石にそれだけ避けたいと考えたシキは、考えに考えて……ある答えに辿り着いた。


「……ションベンだ」


 ブフーッ!! とミルカは横で吹き出してしまった。


「あ? 何言ってんだお前」


「ん、聞こえなかったか。ションベンだ」


「そうじゃねぇよ! いい大人がガキ二人連れてションベンだぁ……!? お前盗賊の俺が言うのもなんだが、一度しっかり裁かれた方がいいんじゃねえか? 何だったら今すぐ俺がぶん殴ってやってもいいんだぞ? この変態野郎がよ!!」


 確実に誤解を受けています!


 しかしこの場には酔ってションベンで突き通そうとする事しか考えられないシキとそれを疑って離れないストウム。そして一言も喋らないネオンに、ネオンに飛び乗って僕は関係ないですとそっぽを向くデブ猫ことチャタローがいるのみだ。


 だから残された癖っ毛少女ミルカは、強引にでも話を止めに入るしかなかった。


「ちっ、違うッスよーーー!! シキさんアンタ何言ってるんスか!? アンタが仲間の事をもっと良く知りたいって言ったからウチがこうして色々と教えていたんじゃないッスか!! そうでしたッスよね!?」


 ミルカの必死なフォローが光る。何故彼女がここまで真剣なのか。なぜなら、今ここでフォローに失敗したら彼女も晴れて変態の仲間入りしてしまうからに他ならなかった。


 ミルカが目を細めながら恐る恐るストウムの様子を伺うと、彼は怖い表情のまま大きく口を開く。


「ああ…………? ったく。なんだよそういう事なら直接言えよー! ミルカからなんか聞かなくたって俺達が直接教えてやるに決まってるだろ? そのための宴の場なんだからよぉ……! さ、そういう事ならもっと飲んで食って夜通し語るとしようじゃねぇか! ほら行くぞシキ。まだまだ飲み足りてなんかいねぇよなぁ……? ガッハッハ!!」


「いやだから私は……!!」


 ストウムはシキへ肩へ腕を回すと、そのまま強引にアジトの中へと連れ去っていった。


 残されたミルカは、チャタローを頭に乗せグラグラと揺れるネオンと目を合わせ、表情一つ変えない彼女にぽつりと呟いた。


「もしかして真のヤバい奴って、ネオンちゃんではなくシキさんだったりするッスか……?」


 ネオンはそれはもうその通りと言いたげに、コクコクと首を縦に振るのであった。


「全く、何の騒ぎだ……? 騒いで良いのは気の良い時だけだといつも言っているだろう」


 ミルカとネオンの背後から、突如として凛々しい女性の声が響き渡る。


「アネさん! もー探してたんスよ! せっかくの歓迎会なのにまたフラっといなくなって……って。その頬のアザ、どうしたんスか!?」


 アネッサの左頬に、何かにぶつかったような痛々しいアザがついていた。しかし彼女はそんな事は気にも留めず、宴の輪の外でぼーっとしていた二人の少女へと絡み始める。


「ん? ああ、ちょっとぶつけてな。んな事別に気にしなくていいさ。それよりアタイらももっと食うぞ! 肉に魚に美味い魔物もどんどん出て来るぞ! さあ行った行った!!」


 アネッサは両腕でミルカとネオンを抱え上げる。食事の匂いに妙にギラついたネオンが、アネッサ越しにミルカの瞳へと移り込む。


 彼女の横顔を見るに、真にヤバいのはシキもネオンも同じなのだとミルカは確信したのであった。

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