11.宴の外れにて
歓迎会という名の宴が始まってから数時間。
酒と空気に酔ったシキはアジトの洞窟から少し離れ、外の風に当たっていた。
「奴らめ、どれだけ呑ませれば気が済むのだ全く……。ううっ、思い出したらまた吐き気が……」
シキは顔を青くし、白目をむきながらアジトを隠す木々の一つにもたれかかった。彼の隣へとひょっこり歩み寄るネオンが麻で出来た袋を手渡そうとするが、シキは手の平でそれを拒否する。
「しかし、面倒な事になったな……。ただ道を通り抜けるだけの予定が、うっかり盗賊の一味になってしまうとは」
その場しのぎの大芝居で何とか命だけは繋いだが、辿り着いたのは後ろ指を差されても文句を言えない悪党中の悪党であった。
「いっその事奴らと共に行動しエーテルコアを集めるか? そういえばエリーゼが言っていたな。盗賊団が力を持ったのはコアを手に入れたからかもしれないと……。となるとやはりこのまま盗賊団として……いやいや、他の事はどうする。通り魔に医者と私達の旅はコアだけが目的ではないのだ。こんな所で足止めを食らっていて良いのだろうか。いやしかしコアが手に入るなら……」
置かれた状況下で今出来る事は何であろうか。ネオンの事も吐き気の事も忘れて、シキは取り憑かれたようにぶつぶつと呟き続ける。
すると、ガサゴソとどこからか物音が聞こえた。
「……誰だッ!?」
シキは咄嗟に振り返る。もし今の悩みが盗賊団の仲間にでも聞かれていたら大事だ。折角取り止めた命も裏切り者の一言で切り落とされてしまう。
ふらついた足腰と焦点の合わない目で物音の正体を見据えると、そこには木の杖を持った少女が綺麗な黒髪を揺らしながら、木陰からひょっこりと姿を現した。
「シキさん……何をやっているのですか。聞き覚えのある声がすると思えば、盗賊団なんかと一緒にいて。首飾りを持って次の目的地へと旅立ったはずではなかったのですか?」
魔術雑貨屋の店員であり氷の使い手でもあるエリーゼは、呆れた様子で黒髪をかき上げ、目の前でふらつく酔っ払いにがっかりとしていた。
「そうそう上手く行っていれば今ここでで呑んだくれてなどおらぬわ! そういうお前こそこんな所で何をしている? お前も入団希望者か? だったらアネッサを呼んで来てやるぞ」
「そんな訳ないでしょう! 別に、雑貨屋の店員として働いてきた帰りですよ。そんな事どうだっていいでしょう」
酔っ払いに絡まれたエリーゼは心底鬱陶しいそうに彼の言葉を受け流そうとした。しかし、そんな言動がやけに勘のいい酔っ払いは引っかかったのだ。
「雑貨屋の仕事だと? いいや、嘘だな」
「なっ、何故そう言い切れるのです? その鈍った判断力でいちゃもんを付けるのは止めてもらえますか? 探偵ごっこならお仲間さんとでもやってて下さい」
「お前達は言ったはずだ。東は関所があるため通れない。北は盗賊団がたむろしているからこちらもダメ。ならばエリーゼ。お前は何故こんな所にいる? 仕事という言い訳はもう通じないぞ」
やたらと勘のいい酔っ払いシキに、エリーゼはため息を漏らす。これ以上何を言っても聞き入れてもらえないのだろうと感じ、エリーゼは何故盗賊団のアジト前に姿を現したのかを説明する事にした。
「……はぁ。いいですよ。教えます。この辺りで妙なエーテルを感知したのです。 いままで近辺では感じた覚えの無いような、違和感のあるエーテルです。 まぁ、蓋を開けてみればあなた達二人が出どころのようでしたがね」
期待は外れたといった様子で、エリーゼはクルクルと黒髪の先をいじっていた。
「妙なエーテル……? ネオン、お前何かやったか?」
「…………?」
何の事やらと小首を傾げネオンはシキを見つめ返す。
戻って来た視線を再びエリーゼに戻すと、シキは話を続ける。
「私達は特に何かした覚えはないが。勘違いではないか?」
「かっ、勘違いなはずないでしょう! だってあの違和感は兄さんの……!」
兄さん。
エリーゼの兄はもう何年も前に失踪している。その残滓も残っているか分からない彼を、彼女は未だに探していたのだ。
エリーゼが慕う兄については偶然シキも知っていた。だから、この件に彼はまた首を突っ込もうとする。シキという男は、巻き込まれた事件に対し不満を持つと、見てみぬふりの出来ない男であった。
「私達のエーテルが手がかりになるのか!? 何でもいい、出来る事があるなら手伝うぞ! どうすればいい!?」
「だ、だから違うって言ってるでしょう!」
聞かれたくない事を言ってしまったエリーゼと、そんな彼女の本心を聞いてしまったシキはお互いに否定するように言い合いをする。
宴会場の隅でやいのやいのとやっていると、騒ぎを聞きつけたらしき人物が不意に現れた。
「アネさん~! そこにいるんスか~!? ってシキさん達じゃあないッスか。何してるんスか? こんなところで」
「フニャー?」
癖っ毛少女と一匹の猫は、何やら不穏なやりとりを行う新入り達と鉢合わせをしてしまったのであった。
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