08.魔道具の使い方
エリーゼ達の魔術雑貨屋を離れてから数時間。
シキとネオンは崖を超え盗賊団のいる北側へ……ではなく、森を抜け高い関税を取られるという東の関所へと来ていた。
「だ・か・ら、これを渡すから通せと言っているのだ! この首飾りのどこに不満があるのかと聞いている!!」
「だーかーら、そんなもの貰っても困るんですよ。金か宝石の類か、はっきりと価値のあるものを払って貰わないとここは通せないって何度も言っているでしょう!」
適当に石を積みやっつけで作られたのが見て取れる簡易な関所で、シキは態度の悪い雇われ兵に大声を張り文句を付ける。
シキは通行を制限する傭兵とひとしきり押し問答した後、埒が明かないと諦めを付けて元来た道へと戻っていた。
「全く、雇われ兵では話にならん! 勝手に関所を構えて法外な搾取を行う守銭奴どもめ……。何が金や宝石を渡せだ、次は無いと思え!!」
傭兵達へギリギリ聞こえない程度の声量で、シキはぶつけようのない怒りを露わにしていた。
そんな彼の愚痴を聞いているのかいないのか、ネオンはエリーゼから貰ったホットサンド(既に冷めている)を頬張っていた。
シキはまだ気づいていないが、いま彼女が食べているのは二人分貰ったうちの二人目の分である。
シキの考えていた作戦はこうだった。
エランダの魔術雑貨屋で貰った『
だが結果はシキの思った通りにはならなかった。東の関所では門前払いを食らい来た道を戻る羽目に。そして盗賊団の方はと言うと……。
「よう、赤髪の兄ちゃん。あんたがシキって男で間違いないな?」
ぞろぞろと、シキ達の目の前へ態度の悪そうな男達が現れ立ち塞がる。
「……誰から聞いた?」
「例の雑貨屋の嬢ちゃん……と言いてえところだが、店の前での会話は全て聞かせて貰っていたぜ。悪いな。へっへっへ……」
盗賊達は、下品で不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと近づいて来る。
エリーゼ相手に軽口を叩いていた内容は、そっくりそのまま当人達へと伝わっていた訳だ。つまり。
「だからこうして探しに来てやったぜ。コソ泥どもが、よォ!!」
リーダーと思わしき男が威勢の良い掛け声を上げた。
それと共に、盗賊の一味はそれぞれ刃の付いた武器を取り出す。そして、驚いた拍子に戦闘態勢への準備が一歩遅れたシキへと次々に襲い掛かって来た。
「おらおらどうしたぁ!! デカい口叩いといてコソ泥に負ける訳ないよなぁ!?」
剣が、刀が、槍が、鉈がシキを目掛けて刃を光らせる。
幸いにも訓練を重ねた軍人のような熟練の動きとは程遠い力任せの一振りだったため、シキはなんとか一つ一つを見切って避け切る。
「そこだぁあああああ!!」
「なにぃ!?」
反撃の一手へ移り、シキは右手を振るい炎を放とうとした。しかし。
「ッ!? 火力が……ッ!!」
シキの手の平からは、種火ほどの炎しか現れなかった。当たった程度で火傷にもならない弱々しい炎に、盗賊の男はニヤリと笑いシキを見下す。
「へっ、目くらましかよ……ッ!!」
盗賊の一人がカウンターを仕掛けた。振り被られた腕を見て咄嗟に首を振るも、振り回された槍がシキの頬を掠める。傷口に熱のようなものを感じたが、通り魔との一戦の時のように瞬時に元通りとはいかなかった。
(チッ、どうする……!? 炎が使えなくては、まともに戦える武器が無いぞ!!)
シキはとにかく攻撃と回避を続け、彼らの注目を集め絶え間なく盗賊団と攻防を繰り広げる。
いや、注目は集めなければならないのだ。彼らの意識が一人でもネオンへ向いた瞬間、人質に取られシキの敗北が確定する。
そんなシキの思惑を読み取ったのか、ちらりと視線を向けるとネオンは木陰に身を隠しシキの目を見て軽く頷いた。
(ネオンを狙われたら終わりだ。何か……手は無いのか!!)
鉈の一振りをかわすため左へと転がった瞬間。腰に携え納刀していた、とある宝石の無い短剣の存在が身体に伝わった。
「これは……!」
そう。その短剣とは、シキの身体を何度も切り裂いたあの短剣である。因縁の通り魔と戦い、彼女が忘れていったあの忌まわしき魔道具であった。
シキが短剣の存在に気を取られていた隙に、四つの刃がそれぞれの角度から襲い掛かろうとしていた。
「くたばれクソ野郎があああああ!!」
シキは最後の望みをかけ、携えていた短剣を引き抜いた。
「消し去れ、
赤い斬撃が、盗賊団へと襲い掛かった。なぎ払うように振るわれた短剣からは、空間を天と地で二つに分けるように真っ赤な光が放たれていた。
赤い光が直撃した盗賊の一味は、斬撃もろとも吹き飛ばされ地面を転がってゆく。飛ばされた盗賊達は一瞬何が起きたのか分からなくなり、遠方で互いの顔を見合いながら驚いている。
何とか敵を倒す事が出来た。シキはホッと一息つこうとした。その時だ。
「……ッ!?」
腕から、脚から、腹部から。斬撃を放ったはずのシキの身体に、複数の切り傷が浮き上がる。
焼かれるような痛みに耐えながら、ふと宝石が無くなった直後の通り魔の一言を思い出す。
「自分のエーテルを食らうか……。なるほど、な」
身体から急速に力が抜け、手元から宝石の無い短剣がすり落ちる。シキは体内の少ないエーテルを、今の一撃でほとんど放ってしまっていたのだ。
なんとか踏ん張り、その両足で大地を踏みしめたままシキは落した短剣を拾おうとした。その時、目の前から嫌な声が聞こえてきた。
「へへへ……。やるじゃねぇか。赤髪の兄ちゃんよ……」
リーダーと思わしき屈強な男が、片膝をつき立ち上がろうとしていた。
しかし、シキにはもう戦える力は残っていない。当然、ネオンに戦わせる訳にもいかない。となれば、彼が取る行動は一つしかなかった。
「待て」
「ああ……?」
リーダーと思わしき男は、その突飛な行動に思わずあっけにとられ声を漏らした。
シキは短剣を拾おうとしていた手の行く先を変え、立ち上がった屈強な男へと手の平を向けた。
「話がある……!!」
シキは最後の手段、話し合いで解決を繰り出した!!
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