28.貫け

 土煙の中から、大きな影が襲い掛かってきた。


「わたしの全力っ!! こんなものじゃないんだから!!」


 割れるように土煙が引くと、巨大な剣を持ったアイヴィが真横を通り抜けた。


「っ……!! それは、ウォールプレート……!?」


「んふっ、ここに来る途中で見つけたんだよ。折角のプレゼント、無くさないでよ、ねっ!!」


「ぐっ…………うあああああ!!」


 アイヴィが大剣を振るうたびに地面が抉れる。


 それと同時に、隕石が落ちたような衝撃波が辺りへ襲い掛かる。


「まだまだぁっっっ!!」


 立ち上がるより先にアイヴィはシキを蹴り上げ、さらに空中へ飛び上がり回し蹴りで突き落とす。


 森の木々を折りながらシキは暗闇の奥深くへと消えていく。


「つ、強い!! 桁外れに……!!」


 擦り傷や切り傷が出来るたび、シキの身体は燃え上がる。

 だがエーテルによる回復が間に合わないほどに、アイヴィから受けたダメージが身体の自由を奪っていた。


 蹴られた腹を抱えながら再び立ち上がる。

 次の攻撃に備えながら、逆転の一手を考えようとする。


 しかし、暗い森の中で異変が訪れた。


 ドッ……ドッ……ドッドッドッドッドドドドドドド!! と、地面が割れるような地響きが近づいてくる。


「何が来る……!?」


 轟音と共に黄色い光が天まで届く。

 近づいてくる異変は、なぎ倒される木々によって気付いた。


「あいつ……森を直進しているのか!?」


 まだ使い慣れない炎を操りながら、来たる強敵を迎え撃つ。


 肩から手へ羽のようにも見える炎を放ち、限界まで足を踏み締めた。


「……来いッッッ!!」


「言わずともーーーーーっ!!」


 ガツンと、二つの力がぶつかり合った。


 身体の大半をツルで纏ったアイヴィが大剣を突き出し飛び込んで来る。


 シキは切っ先を両手で掴み、炎を逆に噴射しながらアイヴィの一撃を耐える。


 だが、そんな事で捕まるアイヴィではない。


「甘いよっ!!」


 片手を離し、シキによって支えられた大剣を軸にしながら蹴りをかます。


 仰け反る彼へ、掴まれた手が離れた大剣を振り回し追撃をする。


 シキは寸前で着地し大剣をかわすと、炎で無理やり軌道を変え大剣へ体当たりを食らわせた。


「これでぇぇぇぇぇ!!」


 飛ばされた大剣へ意識を奪われるアイヴィに、体当たりの勢いのまま肘を入れる。


「くぅぅぅぅぅうううううあああああ!!」


 アイヴィはすぐにシキへ意識を戻し、めり込んだ肘を掴みシキを投げ飛ばす。


「まだだあああああああ!!」


 木に激突する前に身を捻り、足で着地した後すぐさま蹴り飛ばしアイヴィへと飛び掛かった。


 衝撃でアイヴィは地面を滑りながら、シキの手を掴み指を組み合った。


 二人は両手を組み合い、歯を食いしばりながらお互いを睨み付ける。


「んふっ、押され気味なんじゃないのぉ……?」


「生憎とまだ慣れなくてな……!」


「慣れたら勝てるとでも、言いたいの?」


「当然……勝ってやるさ!!」


「んふっ、ふふふ……いいね。いいよシキくん。君を見てると本当にイライラする、もしかして、これが恋なのかな?」


「まさか。私はワクワクしているぞ……! やっと対等に渡り合えてるのだ。これからはもう、お前を超える事しか考えられない。こんなにワクワクする事が他にあるか……?」


「知らない。だってもうワクワクなんて忘れちゃったもの。でも、こうしたらワクワク出来るかもしれないね……。これが敵わなかった全力。いくよ。愛災カラミティ・バインドッッッ!!」


 アイヴィは叫ぶ。最後の技を。決着の時を。

 アイヴィの身体から黒いツルが生え、全身のほとんどを覆いつくした。


「楽しい? わたしは楽しいよ。ねぇ、シキくんッッッ!!」


 両手を掴んだままアイヴィはシキを振り上げ、回転し投げ飛ばす。


 すぐさま突き飛ばされたウォールプレートを拾い上げ、空中で体勢を整えようとするシキに追撃する。


「砕け、夢ごと。落重グラビティ・インパクトォォォォォ!!」


 大地を砕く一撃が、シキへ下された。



 ────────────────────



 轟音が鳴り響いた。


 クレーターのように変化した地形を前に、アイヴィは佇んでいた。


「終わった……のよね……?」


 返事はない。


 炎も見えない。


 アイヴィは大剣を振るい、土煙を吹き飛ばす。

 シキの状態を確認し、彼女はまた使命を続ける、はずだった。


 吹き飛ばしたはずの土煙が、逆にアイヴィへと向かってきたのだ。


「な、に……!! まさか、そんな……!?」


 土煙が消える。

 そこには、小さな影が立っていた。


「シキ……くん!?」


愛災カラミティ・バインドか。凄まじい技だった。見事だ……」


「なんで! どうして!? 耐えられるはずが……わたしが負けるはずなんてないのに……!!」


 影が薄くなっていく。

 次第にシキの姿が鮮明になる。


 そこには、マグマのように煮え滾る炎を、身体中に巡らせたシキが立っていた。


「その姿……まさか……」


「筋肉の代わりまでとはいかなかったが、強靭な鎧にはなってくれたようだ」


 その姿は、ツルを纏ったアイヴィと似ていた。

 相反する強敵を前に、シキは彼女の力を会得しようとしていた。


「言っただろう。私はお前のように強くなりたいと」


「真似た……? わたしの技を!? 属性も物質も違うのに、そんな事出来るはずが……!!」


「そしてこうも言った!! 私は、お前を……超えるとおおおおおッッッ!!」


 シキは走り出す。

 身体中から炎を噴出しながら、その拳を握りしめる。


「…………ッ、愛災カラミティ・バインドォォォォォ!!」


 全身を黒いツルで纏い、四肢を獣のように太くしたアイヴィは再び斬撃を放つ。


 地面を抉りながら進む衝撃は、シキの拳で二つに割れた。


 シキの拳が届く。アイヴィにぶつかると同時に、黒いツルは焼け落ちる。


「そんな程度でッ!!」


 負けじとアイヴィも蹴りを入れる。


 ダメージを受けた個所の炎が弱まる。


「負けてなるものかあああああ!!」


 シキとアイヴィは何度もぶつかる。

 その度、炎とツルは消え落ち、そしてまた再生を繰り返す。


 蹴りが、拳が、斬撃が、炎が、願いを込めた一撃が、互いの身体を削り合う。


「アイヴィ!! お前は楽しいかと聞いたな。私は今非常に楽しいぞ!!」


「んふっ……。それを言うならわたしだってワクワクしてる。こんなに心が躍る事、いつぶりかな……!!」


 アイヴィは笑う。

 何もかも忘れて、今はただ目の前の敵を倒す、ただそれだけの事なのに笑みが零れて仕方が無かった。


「でも、そんな楽しいワクワクもずっとは続かない……。だってわたし達は、敵同士だもの。だからこれで最後。何度も何度も嘘をつき続けたわたしの正真正銘最後の本気、行くよ、シキくん!!」


「……来いッッッ!!」


 アイヴィは構える。

 獣のような足を地面へ食い込ませ、獣のような腕でウォールプレートを握りしめ、シキへと飛び込んだ。



「砕け、わたしごと。落重グラビティ・インパクトォォォォォォォォォォ!!」



「受け止めてやる。この、私の、拳でえええええッッッッッ!!」



 二つの力がぶつかり合う。それと同時に街まで震えそうな爆音が轟く。



「はああああああああああ!!」



「うおおおおおおおおおお!!」



 ぶつかり合ってもなお、互いに引かない。

 喉を振り絞り、声を荒げ、残った力の全てをこの一撃に捧げる。


 炎とツルは破壊され、再生し、繰り返し、繰り返し、そして……。


 バンッッッ!! と、破裂音が響いた。


 シキの炎が、ウォールプレートを溶かし破壊したのだ。


 瞬間。アイヴィは悟った。



「勝ったね、シキくん」



 シキの拳が壁のような大剣を超え、纏っていた黒いツルを焦がし、アイヴィへと貫いた。



 ────────────────────



「シキさんが……勝ちましたぁ!!」


 遠くで見守っていたミコは、喜びをネオンと分かち合っていた。


 すぐさま飛び出し、二人のもとへと駆け寄る。


 しかし、何やら様子がおかしい。


 シキの纏った炎が、留まる事なくその勢いを増し続けていたのだ。


「シキさん……。シキさんっ!!」


 ミコはシキへ呼びかける。


 その声に気づいたのか、シキは振り返った。


「ミコ……ネオン……。勝ったぞ。私は、勝ったのだ……」


 喜んでいるはずなのに、覇気がない。

 虚ろな目をして精気を失ったその姿は、まるで廃人の様であった。


「シキさん!! 大丈夫なんですか!? シキさん!!」


 再びミコは声をかけたが、シキは何も返さなかった。


「あつっ……、ネオンさん!! シキさんはどうしちゃったんですか!?」


 燃え盛る炎が届き、これ以上近づけない。


 狼狽えるミコを横目に、ネオンは一歩を踏み始める。


「ネオンさん危険ですって!! 何か止められる方法は……、そうだ、サラが水を取りに行っています。それを待てばきっと……!!」


 しかし、ネオンはミコの目を見ると首を横に振り、再びシキへ近づいた。


 高熱に耐えながら、ネオンは一歩また一歩とシキへ近づく。


「シキさん、ネオンさん……。私はどうしたら……どうしたらいいのでしょう……」


 目の前で広がる異常な光景に、ミコは足がすくんでしまっていた。


 徐々に熱が迫っており、このまま立っている訳にはいかない。


 強い熱風を受け、ミコは自分に出来る事に気付く。


「私に、私に出来る事……!!」


 両手をネオンへ向け、精一杯叫んだ。


花歌集めハミング・カミングっ!! そよ風の皆さん、どうかシキさんとネオンさんをお願いします……!!」


 熱風をかき分けるように、集められたそよ風がシキへと届く。


 割れた炎の中を、ネオンは一歩ずつ歩き進めていった。


 ネオンはシキへと触れる、瞬間、糸が切れたようにシキは倒れ込んだ。


「シキさんっ!!」


「…………」


 ネオンは何も言わず、シキを受け止めた。


「ミコ!! 何があった……!?」


 異常を察知したサラが、水を引っ張り足早に戻って来る。


 そこには、不思議な光景が広がっていた。


 ネオンは気を失ったシキを抱き締め、なだめるように頭を撫でる。


 すると、次第に炎は弱まっていったのだ。


「エーテル切れ……? 違う、あいつがエーテルを吸収しているのか……!?」


 炎が消える。森に静けさが戻る。


「全て……吸収した……。あいつはなんだ? 私は何を見ていた……?」


 この世に存在しない力。全くの未知を目の前に、サラは言葉を失った。


 完全に炎が消え、シキは薄っすらと意識を取り戻す。


「ネオン……。私の記憶は……お前が……守ってくれていたのだな……」


 取り戻した記憶の一部。


 それは、エーテルコアと呼ばれる物質の中に眠っていた。


 ネオンは、小さくこくりと頷いた。


 こうして、記憶を奪う通り魔事件は幕を引いたのであった────。

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