13.胸騒ぎ

「はぁ……はぁ……クソッ、どこにも無いぞ……!」


 日が暮れるまで街のあちこちを探したが、未だに大剣は見つかっていなかった。


「ネオン、付き合わせてすまないな」


「…………」


 一緒に街中を歩き回ったネオンを気遣う。しかし、ネオンの様子は相変わらずだ。


「本当に息切れしていないのか? 我慢するような事ではないのだぞ」


 ネオンはこくりと頷く。

 サラの言った通り、彼女の体力は無尽蔵のようだ。


「ならいいが……しかし、本当に見つからないな。例の通り魔にでも持っていかれたか?」


 あまりの見つからなさに、八つ当たりのような愚痴をこぼす。


「結局アイヴィにも会えず終いだな……もしや、昨日の森で待っていたりするのだろうか」


 シキは物思いに森のある方角を見つめる。大剣は一度諦め、待っているかもしれないアイヴィに合流しようと一歩踏み出す。


 その時だった。


 ヒュー……と、肌寒い風がシキの頬を撫でる。


「やけに冷えるな……」


 日が落ち、気温が下がったのを直に感じる。


 シキは風の流れて来た住宅街へ振り向いた。

 よくよく見てみれば、その先は昨日、冒険者が襲われたあの路地裏だった。


「…………まさかな」


 なんだか胸騒ぎがする。


「……ネオン、向こうへ行くぞ」


 だだの気のせいで終わってほしい。


 この地に来たのは偶然だ。走り回っていたらたどり着いた。それだけの事だ。

 シキは嫌な憶測を否定しようとした。


 急いで路地裏へと入っていく。

 そこで見たものは、避けたかった予感そのものであった。


 スラッとした細身に、スリットがいくつか入った動きやすい軽装をした少女。

 その特徴的なメッシュの入ったクリーム色の髪は、赤い血で染まっていた。



「アイヴィ!!」



 真っ直ぐ少女へと駆け寄る。


 シキの腕の中で、少女は今にも途切れそうな声で呟く。


「シキ……くん……」


「アイヴィ! しっかりしろ!!」


 少女は、消え入りそうな笑みを浮かべ返事をする。


「んふっ……、あり……がと…………」


「通り魔にやられたのか!? クソ……ッ、ふざけるな!! 何が目的だ……!!」


 ぐったりとした少女は、血に紛れ顔から首まで赤く腫れていた。

 弱々しく、痛々しい傷を見て、怒りがふつふつと沸き上がる。


「奴はどこへ行った……!?」


 シキは怖い顔であちこち見渡す。


「こんな事をするのはどこのどいつだ……!!」


 絶対に許さない。見つけたらどうしてやろうか。


 シキは怒りのあまり、我を忘れそうになる。


 アイヴィに怪我を負わせ、ミコやサラの恩人ミストラルを攫ったとされる通り魔。

 記憶を奪うというその手段が、シキの感情を逆撫でる。


 路地の奥、建物の上、街灯の影。

 殺意の混ざった鋭い眼光で、辺りをしらみつぶしに探していく。


 怒りに飲み込まれたシキは、通り魔を見つけ次第倒そうと躍起になっていた。


 その怒りは、腕の中の弱った少女すら見えなくなるほどに。


「どこへ逃げやがった……! クソ……クソッ!! どこだぁ!!」


 シキは叫んだ。身体から溢れそうな怒りを、解き放つように。


 すると突然、シキの視界を遮るようにネオンが立ち塞がった。


「…………」


「……!? 何のつもりだネオン……!!」


 ネオンはシキの叫びなど気にも留めない。

 そのまま華奢な両手でシキの顔を挟み、無理やり視線を合わせる。


「……チッ、そこをどけろ!!」


 不安定な呼吸のまま、声を荒げる。

 しかしネオンは、瞬きもせずじっと目を合わせ続けた。


 さっさとどけろと睨み返すが、彼女は一瞬たりとも逸らさない。


 互いに一歩も譲らず睨み合う。


 彼女の猫のように縦に長い瞳孔が、シキの奥深く、深層心理まで突き刺さる。


「ネオン……!!」


 彼女とこれほど目を合わせていた時は今まで無かっただろう。


 見知らぬ部屋で感じた、思わず警戒するような圧のある視線。


 サンドイッチ店で感じた、真剣な問いに答えるような揺らぎの無い視線。


 賞金稼ぎの少女の下から感じた、助けを求めるような不服な視線。


 鍛冶屋で感じた、恥ずかしい人間を笑うような小馬鹿にした視線。


 宿屋の食堂で感じた、食事の進まない様子を不思議に思うような視線。


 思えば、何も喋らない彼女とは、目を合わせるだけで意思疎通を図っていた気がする。


 そして今。シキはネオンから、荒んだ感情をなだめるような優しくて、それでいて冷たい視線を感じていた。


「はぁ……はぁ……。私は、いったい……」


 気づけば、怒りで忘れていた冷静さを取り戻していた。


 それと同時に、腕に重くのしかかる存在があった。


「そうだ、そうだった。今はそんな事を気にしている場合ではない……!」


 シキは立ち上がる。腕の中に傷ついた少女を抱えながら。


「すまない……ありがとう、ネオン」


「…………」


 こくり。


 シキの言葉を聞いたネオンは、両手を離すと小さく頷いた。


「……行くぞ」


 男の瞳には、医者の居る宿屋しか映っていなかった。


 二人は走り出す。血に染まった少女の命を救うために。



 ────────────────────



 「サラは居るか!? 急いでいる!!」


 シキは『ミコノスの宿』の扉を勢いよく開け、医者のサラを探す。


「どうしたんだそんな血相変えて……って、そういう事か」


「ああ、通り魔にやられた。頭から血も流れている、急いでくれ!!」


「血だって……!?」


 サラは目の色を変え近寄り、アイヴィの姿をまじまじと観察した。


「昨日と同じ部屋でいいか? このまま連れていくぞ」


「あ……ああ、そこでいい。私も準備を進めよう」


 サラは動揺したまま、治療をするため準備へと入る。


 そこへバタバタ足音を立てミコが駆けつけた。


「また怪我人ですか……!?」


「アイヴィがやられた!」


「アイヴィさんが……!? 私も手伝います!」


 流れるがままにアイヴィを奥の治療室へ運び、後は二人に任せる。


「シキ、君達はもう休んでいろ。心配せずとも必ず治してみせるさ」


「ああ、頼んだぞ……!」


 治療室の扉が大きな音を響かせ閉まった。

 使用中と書かれた吊り看板が、慌ただしさを表すように激しく揺れていた。


「無事だといいが……」


 シキ達は一度部屋へ戻る事にした。

 カツンカツンと靴を鳴らしながら、ずっと引っかかっていた事について考える。


(どうして血を流して倒れていた……?)


 アイヴィの怪我についてだ。


(記憶を奪うだけなら、昨日の冒険者のように出血させずとも出来たはずだ。連れ去るなら、そもそもあの場所に倒れていた理由が分からない……)


 ギシギシと木製の階段を上り、借りている自室の前まで辿り着く。


(たまたま打ち所が悪かった? もしくは何かのメッセージか……?)


 部屋の前で立ち止まっていたシキを、隣に立つネオンが見つめる。


 視線に気づき、ふと我に返る。


「ん、ああすまない。鍵は私が持っていたな」


 シキは鍵を開け、部屋の中へと入っていく。


「…………」


 後ろで待っていたネオンは入る直前、ちらりと後ろを振り返った。

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