319 見て①

「だったら、俺を捨てたのはそっちだ」


 いっそ恭しくキラボシの手を取って、リンはていねいにお辞儀した。

 大股であとを追う。人垣の向こうに消えたヨワを求めて、きらびやかな食事と華やかな会話の間を縫って扉を出る。

 光を嫌う影のような黒をまとった男が、廊下の向こうでヨワを部屋に連れ込もうとしていた。リンは音もなく速度を上げる。迷いなく男の米神を目指して突き進み、ヨワを部屋に入れることに成功しゆるんだ気の隙間に滑り込んだ。


「どうも」


 男と身を入れ替え、驚く目と鼻の先でぴしゃりと扉を閉めた。すかさず鍵をかける。


「あの、私は引っ越し業者ではないので、物を壊さない保証はできないんですけど」


 男に話しているつもりのヨワをちょっと眺めて、リンは深いため息をついた。


「誰と間違えてるんだ」


 振り返ったヨワの顔にパッと笑みが咲いた。


「リーン! よかった! だいじょうぶ? なにもされなかった? たとえば書類を書かされるとか」

「なに? どういうことかさっぱりだ」

「いいのいいの! リンはなにも心配しないで。私が守るから」

「守るだって? 今お前が守られたんだろうが」

「え。どゆこと」

「お前がおじさんキラーだってこと」

「そんな称号身に覚えない」

「嘘だろ! ススタケさんもロハ先生もベンガラさんだってお前にゲロ甘じゃねえか!」

「それはただの親切でしょ」


 平然と言い切ったヨワが唐突に部屋をきょろきょろ見回した。気を引き戻そうとしたリンの手を取ってソファーに座らせる。

 誰かの気配でもしたのかと思ってリンも視線を動かしたが、部屋にはふたりきりだった。ヨワはリンの前に立ち「見て」と言う。リンはため息をついた。


「先に目を逸らしたのはそっち」

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