306 諦めスイッチ②

 リンがいなくなったとたんにプスプスと黒い霧を噴き上げるヨワに、走ってきたユカシイがひざ蹴りを入れた。


「家出したんですって奥様。旦那さんに浮気でもされたんですか?」


 にやにやと笑うユカシイに、ヨワは口をむっと結んで目を吊り上げた。しかし気持ちは高まりきる前にしぼんで項垂れる。

 ユカシイの笑みは引っ込んだ。


「リンがお城の女医と浮気ですって!」


 モテキャラのつもり? とヒートアップするユカシイを押さえながら、ヨワは背後のオシャマを振り返った。オシャマは鼻歌を歌いながら鳥肉をさばいていて気づいた様子はなかった。

 本日の昼食はシチュー。ヨワとユカシイも大量のイモを渡されて、皮剥きに勤しんでいる最中だった。


「違うの。なんかふたりがいい感じに見えた。私がそう思ってるだけ」

「ふうん。でもそういう時の女の勘って当たっちゃうもんなのよね」


 ヨワはうつむいてイモの芽をナイフのつけ根でくり貫いた。


「ま、まあリンに限ってそれはないわね! パーティーもデート気分で楽しんじゃえばどうですか」


 次のイモの皮を淡々と削ぎ落としていた手を止めた。


「私、リンに浮気されてもいいんだ」

「なに言ってるんですか!」

「ユカちゃーん。口だけじゃなく手も動かしてね」


 軽快な包丁の音を走らせながらオシャマの注意が飛んできた。ユカシイはイモどころではないと言わんばかりに、大雑把にナイフを動かす。分厚い皮が足元の紙袋に溜まって、かなり小振りになったイモがザルに放り込まれた。


「ユカシイ、聞いて」

「聞く。聞きますとも」

「私こんな見てくれだし、元々の素材が悪いから美人には敵わない。リンが目移りしちゃうのも仕方ないし、止められないって思ってる。だから浮気も許してあげなきゃ……。だけど、できれば捨てないで欲しいな」

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