221 スタンバイ③

 いったん下がったレース参加者は橋のたもとに移動して準備に取りかかった。そこへヨワの前に誰かが立ちはだかったと思えばリンの父シジマだった。ヨワを見たせつな彼は王を守る騎士としての表情を崩してにこりと笑いかけた。だが、すぐに背を向けて意識を任務に切り替えたシジマを盾にするように現れたのはスオウ王とススドイ大臣だった。

 王は不満を湛えた目でシオサイを見た。


「なんでこいつと。どうせ出るならリンと出るべきだろ」

「いいんです。いろいろあるんです」


 シオサイと世継ぎの問題は関係ない。余計なことを言ってまた王と大臣から口出しされるのは嫌だった。萎縮した様子のシオサイに代わりヨワはきっぱりとスオウ王の難癖をはねのけた。


「お前が身分を明かして出場したら、俺はこんなめんどうごとに関わらなくて済んだのに」


 ススドイ大臣のぼやきを聞いてヨワは驚いた。しかも自分のことを私ではなく俺と称したのははじめて耳にする。ススドイ大臣はいつも冷静沈着でなにごとも涼しく受け流し、兄であり王のスオウを支え時にたしなめる隙のない人物だと思っていた。


「悪いな、ススドイ兄貴」


 ススタケがにやりと笑って返した。完璧だと思える人も家族の前ではその仮面を外す。そこには兄弟の絆を感じられた。

 王と大臣と交わした言葉はこれだけでふたりは垂れ幕で仕切られたひかえ室に下がった。終始人目を気にしていた様子にヨワは今さらながら王族とは住む世界が違う人種なのだと感じた。それなのに本当の家族のように同じタルの酒を食らうススタケや、遠慮なく意見を言える雰囲気を放つスオウ王は、よくよく考えてみればすごい人ではないかしら。

 そう見直しかけたことをヨワは数分後に後悔した。




「おっとっと。こんなところにバカでかい布を落としたのは誰かな」

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