163 レッドベア病院①
目を閉じる刹那、水面に映る月を突き抜けて黒い影が飛び込んだ。白い泡を掻き分け現れた人物にヨワは手を伸ばした。
気がつくとヨワはベッドに寝ていた。うっすらと陽光に照らされていたのは、見知らぬ天井だった。消毒液とハーブが混ざった独特なにおいは病院だろうか。
どこからか人の話し声がする。女性が神妙な声でこう言った。
「ヨワは睡眠薬を日頃から服薬していたはずです。竜鱗病のかゆみはしばしば、不眠症を併発させますので」
落ち着いた、ていねいな話し方は薬屋のハジキだ。
「それで耐性ができていたわけですね。今回はそれで助かった。水音が聞こえなかったら、我々はヨワを見落としてしまっていたでしょう」
潜めた声でもよく通るのはシジマに違いない。どうやら自分は騎士たちに救助され、南区のレッドベア病院に運び込まれたようだ。日が昇っているところを見ると、少なくとも一晩は眠っていたらしい。
ヨワは手足を動かしてみた。右足首に違和感を覚える。触れてみると包帯だった。頭が少しぼんやりとしているだけで、体のどこにも痛みはない。
「せんぱい……?」
かたわらにユカシイがいた。ヨワは後輩の名前を呼んだがほとんど声にならなかった。ユカシイはなにも言わずベッドに手をついて乗り上げてきた。戸惑うヨワの顔を上からじっと覗き込んだ。かと思うと突然彼女の青い目から大粒の涙がぽろぽろと落ちてきた。それはヨワの頬や唇を濡らす。しょっぱくて少しだけ鱗がピリリと痛んだ。
「う~~~っ。うえ~ん!」
ユカシイは火がついたように泣き声を上げた。にわかに廊下のほうが騒がしくなりハジキ、ベンガラ、ロハ先生、シジマ、それにススタケまで慌てて病室に入ってきた。かけ布団越しにヨワの胸に顔を埋めて大泣きするユカシイをあやしながら、集まった面々を見上げると皆一様に安心した笑みを浮かべていた。なんだかヨワまで泣きたくなってしまった。
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