97 過去に歩み寄って⑥

 こんなに楽しい喧嘩があるのかとヨワの心は弾んだ。ユカシイとふざけて恋人ごっこをしている時のように、口がよく回る。打てば響く、リンとの軽妙なかけ合いが心地いい。


「ねえリン、秘密ついでに教えて」


 楽しい時間に勇気をもらい、ヨワは切り出した。


「リンの存在意義ってなに。生きがいっていうか」


 リンは目玉をくるりと宙に向けた。


「やっぱり騎士かな。一人前になって父さんからも王からも認められて、拾って育ててくれた恩を返したい」


 それはある程度予想のついていた答えだった。ヨワはひとつうなずいて「応援するよ」と返した。うれしそうに笑ったリンの志を誰が妨げているのか、ヨワが一番わかっていた。


「で、ヨワの生きがいはなんなんだ」

「探し中かな」

「あれ。てっきりユカシイって言うのかと思った」

「ごめん。ずっと訂正しようと思ってたんだけど、私たち恋人じゃないんだ」


 たっぷりと間をあけたあと、リンは顔を覆い「ちょっと待ってくれよ」と天を仰いだ。

 そこへノック音が響いた。ヨワとリンのいる資料室の扉ではない。音は壁を隔てた向こう、鉱物学研究室のほうから聞こえた。リンと顔を見合わせている間にまたノック音。人気ひとけのない校内にその音はよく響いた。

 今日この研究室が使われる特別な催し物は、予定されていなかったはずだ。ロハ先生やユカシイなら、鍵を使って気軽に入ってくる。

 一体誰だろう。ヨワは口布や袖を気にしながら研究室の扉の前に立ち、リンに目配せしてから扉を開いた。そこにはヨワとリンと同い年くらいの青年がにっこりと笑っていた。

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