89 バナードと見知らぬ男

 そんなことを考えながら、ヨワの周りからほどけていく人集りに目をやった時だ。

 今まさに思い浮かべていた人物が、港を横切っていった。こちらの騒ぎには目もくれず、早足で歩いていたバナードの姿はすぐに見えなくなった。

 彼が向かったのは貨物船から降ろした荷などを置いておく倉庫街だ。大農園の主が一体なんの用だろう。それに、バナードの横を見たことのない男性が歩いていた。


「ヨワ、今日はうちでごちそう食べてってくれ!」


 クロシオの誘いにうなずくも、ヨワの興味は尽きない。バナードのあとを追いかけることにした。


「庭番には知られていないな」


 近づくとバナードの声が聞こえてきた。彼は、黒髪を短く刈り込んだ男性と木箱の隙間で立ち話をしている。内容をしっかり理解できるほど聞こえないが、ふたりとも真剣な表情で重々しい雰囲気をまとっていた。

 仕事の話だったら邪魔をしては悪いと思い、ヨワはその場から離れることにした。その際、風が再びヨワの元までバナードの声を届けた。


「すべてはコリコの樹のためだ」


 どうやらバナードが話しているのは〈ナチュラル〉の仲間のようだ。今月に開かれるコリコ祭りの打ち合わせでもしているのだろう。

 〈ナチュラル〉の人々は毎年張り切ってコリコ祭りの企画や出店の運営を仕切っている。バナードはその中心的存在だ。港町でも彼が会うべき人、通すべき話はたくさんあるに違いない。


「バナードは働き者だなあ」


 ヨワはもう一度振り返ってみたが、木箱の間にはもう誰もいなかった。


「見つけたぞ」


 その時、怒気をはらんだ男の声が降ってきた。次の瞬間ヨワは首根っこをむんずと掴まれる。

 驚いて首をひねると、北門に置いてきたはずのタコ頭、いや違った。スキンヘッドの騎士がヨワをにらみつけていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る