43 自給自足②

 岩や植物や風に話しかけることは、ヨワにとってなんらおかしなことではなかった。〈ナチュラル〉という思想を知る前から、ヨワは自然に親愛を抱いていた。

 風は誰にだって近寄ってくる。花は誰のことも仲間外れにしない。岩はいつだって最高の聞き上手だ。家族から距離を置かれ、竜鱗病の醜さからクラスメイトと馴染めなかったヨワの物言わぬ友人たち。そこに神が宿っているのかどうかはわからないが、なんとなくいつも見守ってくれているような気がした。

 沢に下りたヨワは斜面の剥き出しになっている岩盤の隙間から流れ落ちる小さな滝の下に水瓶を置いた。湧き水はカーテンのように幾筋も分かれて流れているが、あいにく大きな瓶に注げるほど高いところから水が落ちているのは一ヶ所しかない。かたわらの岩に腰かけてヨワは辛抱強く瓶一杯に水が満たされるのを待った。

 ふたつ目の瓶に替えて再び座り込み、疲労から目を閉じてうつらうつらとしていた時だった。


『ねえ、だいじょうぶ?』

『たいへんじゃない?』


 突然そんな声が聞こえてヨワは飛び上がった。慌ててあたりを見回してみるが人影はない。声からして幼い男の子か女の子かと思ったが、山開きされていないカカペト山の八合目に子どもがいるなんておかしな話だ。

 ドキドキと興奮が収まらない胸に手をあて、ヨワは訳のわからない声に動くことができず目だけを忙しなく走らせていた。するとまた聞こえる。


『たいへん! たいへん!』

『ユカシイがたいへん!』


 今度は後輩の名前が出てきたことに驚く。それと同時に居ても立ってもいられない衝動が足元から駆け上がってきた。なにが起きているのかわからない。だがヨワは心が急かすままに走り出した。

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