33 大農園家バナード・ロード③

 笑みを浮かべリン握手を求めたが、なかなか握り返されなかった。バナードは視線を下げていて、その手が見えていないはずがない。

 見かねたロハ先生が名前を呼ぶと、バナードは今やっとリンの手に気がついたという様子で握手を交わした。


「すまない。四月になるととたんに忙しくなるものでな。少しぼーっとしてしまった」

「だいじょうぶですか。山登りはやめておいたほうがいいのでは」


 ロハ先生は気遣わしげに声をかけたものの、その目が不安に揺れるのをヨワは見逃さなかった。


「いや、毎年のことだ。平気だよ。それに農園にいるほうが気が休まらない。この山登りは私にとって息抜きなんだ。疲れが出ているならなおのこと、きみたちに同行するよ」


 からからと笑って、バナードは足元に置いていたリュックを背負い、先に歩き出す。そのあとをヨワはすかさず追いかけて、魔法でリュックを持ち上げた。気づいたバナードが振り返った。


「ああ、ヨワ。いつもありがとう。きみの浮遊魔法は本当に素晴らしいな。きみなら、重い農具をたくさんの牛に引かせることもないんだろう」


 牛にまで気を使っているなんて、バナードらしいと思いながらヨワは答えた。


「たくさんのものを同時に浮かべるのは難しいです」

「前から聞いてみたいと思っていたんだが、きみはどれくらいの重さを浮かべることができる?」

「わかりません。まだ全力を出したことがないので」

「今まで浮かべたもののなかで、一番大きかったのは?」


 記憶を辿るのにヨワは少し時間がかかった。

 大きなものを浮かべる機会なんてそうそうにやってこない。せいぜい部屋の模様替えでタンスを移動させる時か、ロハ先生の手伝いで石の標本や何十冊もの本を運ぶくらいだ。

 そう答えようとした時、鼻腔をかすめた磯の香り。青い海。白い船体。

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