語るは天動説-後
あるとき、時計塔の頂上を目指し、一度は到達した少年の話である。
少年が塔の頂上の床を踏んだとき、空からは既に太陽が沈んでいた。
少年は空を見ようとしなかった。
空には世界を照らす太陽があるだけ。
夜空には真っ暗な闇が広がるだけ。
そう。星の存在すら知らなかったのだ。
現に、塔の頂上という空に限りなく近い場所にあってさえ視線を空へ向けることはしなかった。見上げる価値も意味もないのだと言うように。
その時、空は少年に存在を示すかのように大きく動きを見せた。
空の奇跡、流星群であった。
真っ暗な闇の中、光の筋が無数に流れては消えていく。
流星群は「星の涙」と呼ばれるように星自体が落ちるのではなく、星の発した光が空を伝う現象である。
少年がやっと気づき夜空を仰ぎ見た。
そこに広がっていたものは
太陽のまだ昇る時間に塔から見渡した森、そのものであった。
夜空は「星の海」「星の草原」などと言われる場合がある。しかし、この世界では「星の鏡」と言われ親しまれる。
空は地上を写す鏡。地上は空を写す鏡。
空に輝く星と同じ数だけ、この地上には出会ったことのない誰かがいる。
空の星たちの位置は変わらないようでいて常に変わっている。まるで、地上に住む命が運命の人を、新たな出逢いを求めるかのように自ら移動するのである。
そして、季節や時間に関わらず変わらないものもまたあるのだ。
星座である。星座は互いの繋がり。絆なのだ。一度結んだ星座は星が欠けるまで形を崩すことはなく、共に在り続ける。
天にある星は動く。
それこそ、「天動説」と呼ばれるこの世界の不思議のひとつなのだ。
誰かが、月が消え星が流れなくなった空を見て『地動説』を掲げた。動かなくなった空を見上げて、ならば地上に生きる自分たちが動こうと声をあげたのだ。
記録の森を護るエルフは、かつて変化の先に待つ終末を危惧し空の星たちを含め、その森ごと自らの時間を停止させた。当時起こり得なかったはずの空間の停止という魔術を、後世に伝えるため雨の名を持つ人魚は『天止説』と名付けた。
いづれにせよ、彼らに共通していることは星が降る空を見上げたということである。その時間はどのようなものであったのだろうか。
たった独りで空を見上げ、『天動説』を語る少年。
同じ願いを胸に、同志たちと共に空を見上げた『地動説』を掲げた青年。
全てを背負い、空を見上げながら眠りに沈んだ『天止説』を行使したエルフ。
星が流れる空を見上げながら、何を願ったのだろう。
流れる星は何も叶えはしないのに。
流れた星の光は「星の涙」。嘆き、後悔し、悲観した末に星が光を発したのである。そんなものが何を叶えるというのだろう。
今宵もまた、星が涙を一筋流した。
地上に住む無知なものたちは、皆がそれを美しいと讃えて願いを重ねる。
人の子よ。せいぜい何も知らずに夢を見続けるがいい。
いつか夢がさめたとき、その涙の意味も知るだろう。
『天動説』
天は動く
見上げる空は遥か高く
高すぎて空を見るのを
あきらめた
青い空には太陽が
太陽だけが頭上を照らすと思っていた
太陽だけしかないと、
思っていた
つまらない空の世界
見上げもしないで下を向く
地面を駆けて
塔を登り
自分の意思を示そうとした
ちっぽけな自分の意思
周りを見ないで
自分を卑下し
前へ前へとただ駆けた
なんのため
わからない
それでも前へと
駆け続けた
理由を求めて
光を求めて
希望を求めて
ただ駆ける
今の自分にできること
過去の自分が守れなかったもの
今の自分が見るべきもの
走れ疾れと声がする
己を示せと声がする
天は高く
駆け上がったその先に
広く広く広がる下界
これが自分の世界だと
これが今の自分のいるべき世界だと
思い知る
世界は自分を傷つけて
誰も守ってはくれなかったけれど
広がる世界はこうも言う
自分も世界の一部だと
他と同じようにここにあっていいのだと
声なき世界は語らない
見上げた空は遥か高く
太陽が落ちた空は
こんなにも
天は動く
出逢った絆は星座となって
運命を求めた星は動く
命がある限り星は輝くのだと
強い声で語るのは誰だったか
星空の中で君が輝いていると
幼い声で語るのは誰だったか
生まれてきてくれてありがとうと
優しい声で語るのは誰だったか
自分が自分として顔を上げたとき
目の前に広がる世界は
祝福の星の涙を輝かせた
天は動く
星は動く
わたしたちの運命も
未来も
また、動き出す
天の星が動くように
地上の命も動き続ける
あなたと出逢うために
あなたと輝くために
世界は動く
天は動く
星は動く
これこそまさに「天動説」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます