あの歌声は…

第2話マドレーヌとミルクティーの時間

ある霧に包まれた大きな屋敷がありました。

そこに行って帰ってきたものはいないという噂の屋敷であります。


このような噂が広まった今でも、この屋敷を訪れる人は後を絶ちません。

その理由のひとつが、今聴こえるこの歌声です。

今日はそんなお話をいたしましょう。


元々、この屋敷があったところには大きな川と湖があったそうです。しかし、時間の流れとともに水の量は減っていったようです。


その結果が、今あちらに流れる川でございます。

湖にいたっては既に見る影もございません。丁度屋敷が建っている場所にあったと私は聞いておりますが…

その湖ですが、「霧の湖」と呼ばれていたそうですよ。

まあ、名前の方は置いておき。


こんな話を聞きます。

霧の湖には美しい歌声を持つ人魚がたくさんいて、人を誘い込んだと。

湖が無くなるのと同時に、人魚たちはどこか遠くへ移り住んだのだと。


人魚という種族なのですが、不老不死とのことです。子を為すかは知りませんが、特になにもなければ死ぬことはないと。


なぜこんなことを言うのかといいますと、そのいなくなったはずの人魚がただいっぴき。

いえ。この言い方は失礼ですかね。

人魚がただひとり、川で生き続けたそうなのですよ。


その人魚は湖がなくなり、跡地にこの屋敷が建てられ、初代の主が住み、そして今に至るまで。

それはそれは長い間あの川で暮らされているそうなのです。

ここから見える様に、あの川は流れも速く意外と深いですからね。人から隠れるにはうってつけなのでしょうね。


人魚が捕獲されたなどという話、あなたも聞いたことありませんでしょう?

人魚がいるかどうか自体分からない?

あなたは耳が聴こえないのですか?

今もなお川から聴こえ続けているこの美しいソプラノの歌声。これが人魚の歌声以外なんと言うのでしょうか。


さてさて。

この歌を歌われている人魚は知るものの間で「人魚姫」と呼ばれています。

人魚姫はたったひとり、歌い続けます。

孤独な…というわけでは全くありません。

屋敷のものや周りの森の生き物、鳥たちなどなど、彼女と親しくするものは大勢います。


彼女はそれらの親しいものたちのために歌っていらっしゃるのです。


…大抵は。


近ごろ、どうも時々かわった歌を歌うようになられたのですよね。彼女。


もうしばらくお付き合いくださいまし、お客様。

マドレーヌとミルクティーを追加しておきましょう。


では、次のこれは別の方のお話です。


ここからは人づてに聞いた話なのですが。

ここから遠いどこかの街で、天使が見せ物になっていたようなのですよ。

聞いた話をそのまま言いますとね。


ある日ある男の前に美しい天使が舞い降りてきた。

男はその美しい天使が、自分の為に姿を見せてくれたのだと思い込んだ。自分の天使だと思い込んだ。


「これ」は自分の所有物だから、自分の好きに使っていいんだ。と。


なんとあつかましい。

たかが人間ごときが。


おっと、失礼しました。


その男は天使を捕まえ、手足に枷をして檻に入れたようです。

まさに「鳥籠」ですね。

そして、その籠を見せ物にしていたようです。


美しいアルトで歌う天使はすぐに有名になりました。

そしてしばらく経った日に、男は裁かれました。いや、捌かれたのでしたっけ?

まあ、どちらでもいいでしょう。

男は天使の件以外でもたくさんの罪を犯していたそうで、その天使によって罪が明るみになったようです。


どうしてかって?


歌っていたんですよ、その天使が。

男がどんな罪を犯しているかを。


やれ子どもを拐った、物を盗んだ、騙して金を巻き上げた、女を売春宿に売った、他人の愛玩していたペットをいたぶって殺した、などなど。


不思議なことに男はそれに気づかなかったようです。


男がいなくなった後、天使は自由になり空へと帰っていきました。


めでたしめでたし。


なぜこんな話をしたのかって?

この天使の話を教えてくださった方は、実は行商人の方でしてね。この屋敷にも頻繁にお寄りになられるのです。


…ついてきたんですよね。その天使。

その街からここまで。


一番始めの話に戻りますね。


二度と帰れないという噂が立っている屋敷に人が訪れようとする理由。

それはこの聴こえている歌声に誘われているためです。

この歌声はソプラノ…人魚のものです。


ローレライという人魚の伝説のように、この歌声は人を魅了し惹き付けます。


そしてもうひとつ。


~♪


ほら、別の歌声も聴こえてきたでしょう?

綺麗なアルトの歌声。これはその天使のものです。

天使は普段外を飛び回っていますが、この屋敷を訪れると歌姫の声に自分の声を合わせるのです。


彼は「歌姫の歌があまりにも綺麗なので、つい一緒に歌いたくなってしまう」とおっしゃっていました。


一目惚れされたようですね。

どちらも。


素晴らしい二重奏ではありませんか。


さあ、そろそろ私も食事の仕度を始めなければ。

せっかくお二人が美味しい罪にまみれた贄を引き入れてくださったのです。

今日はご馳走になるでしょうね。


ほら、体が痺れてきましたでしょう?

生きたままさばいた方が、より美味な「恐怖」というスパイスが利くのですよ。


私はつたない吸血鬼の庭師。

本日のおやつは、人魚のマドレーヌと天使のミルクティー。






ああ、そういえば。

先ほどまで「人魚は川に住んでいる」と言っていましたが…恐らく今日辺りにでも「湖に」住むことになりそうですね。

件の天使が今朝張り切って「新技を開発したよ☆」と言っていましたので。屋敷の裏にでも大穴をあけるのでしょう。

もちろん、川から直接行き来できる場所に。


彼も、ああ見えて優しいところがおありなのですよ。


特に、自分の一目惚れした人魚姫には一層甘いのです。


今日のミルクティーは砂糖たっぷりの甘々仕様でございます。




あっっっま。


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