第7話:レウシア、村へお呼ばれする
レウシアたちは馬車の残したわだちを辿り、村へと続く田舎道を歩いていく。
足元には申しわけ程度に砂利が敷かれており、茶色い道は緑の草原をまるで分断するように、遠くまで真っ直ぐと伸びていた。
ときおり草むらから小さなバッタが飛び出すと、レウシアの目がそれを追う。
「――なるほど、わかりました。レウシアさんの纏う見慣れぬ〝魔力〟の正体は、そういう事情だったのですね。……ということは、勇者様たちは死んでしまったのですか?」
「う、うむ。我はあれから、奴らの姿を見ておらん。もしかすると、そうであるのかもしれないな……?」
「魔導書さんは嘘がお好きなようですね。やっぱり火あぶりをご所望ですか?」
「い、いや、本当に見ていないのだぞ? 我は決して嘘は――」
「そういうのも、嘘吐きさんになるのですよ?」
「ぐぬっ!? ぬぅ……」
じろりとエルに見据えられ、その手に持たれた魔導書が呻く。
先ほどから、彼の書は会話の節々で経緯をぼかそうと試みるのだが、そのたびに「焼却するぞ」と脅されて、ほとんどありのままをエルに話してしまっていた。
やがてエルは開いていた魔導書をぱたんと閉じると、両の手を広げてバッタを捕まえようとしていたレウシアへと向きなおった。
「レウシアさん、魔導書さんをお返ししますね。ありがとうございました」
「……ぅ?」
「い、いいのか? 我の中には、邪竜の魔導がだな……」
やけにあっさりとした返却である。魔導書は不安げに聖女へと尋ねた。
エルは「うーん」と考え込むように小さく唸ると、古びた革の表紙をさらりと撫でて、
「魔導書さんは、自分の中身を見れないんですよね?」
そう確認する。
質問の意図が読めないようで、魔導書は胡乱げに問い返す。
「む? そうだが、それがどうしたというのだ? お前ら人族どもだって、自らの臓腑を見ることはできぬだろう?」
「お腹を切り裂けばできますけどね。……ならまあ、大丈夫ですよ。確かに
「そ、そういうものか……? というか聖女よ。お前いま、さらりと怖いことを言わなかったか?」
「気のせいです。――はい、レウシアさん、どうぞ。大事にしてくださいね? あまり中身を他人に見せてはだめですよ?」
「……ん、わかっ、た」
差し出された魔導書を、恐る恐るといった様子で受け取るレウシア。
エルはくすりと微笑んで、彼女の頭へ手を伸ばす。
「っ!? うぅぅッ!」
レウシアはエルの手を避けて、サーシャの後ろに身を隠した。聖女の手に触れられることを、すっかり警戒しているようである。
壁代わりにされたサーシャは苦笑いを浮かべつつ、飛んできたバッタを片手でぱしっとキャッチした。そのままその手を口へと運び、
「むぐ。……あのぉ、なんかあたし、聞いちゃいけねぇ話を聞いちまったような気がするんすけども?」
「あら、大丈夫ですよ。勇者様が死んでしまったことは、どうせこのあと確認しに行かなければならないのですから。そこにはあなたも同行するでしょう?」
「いや、そっちじゃなくて、そのぅ……」
サーシャの視線が、自らの腰へと向けられる。
白い神官服姿の〝元邪竜〟の少女は、革鎧の隙間から彼女の服の裾をぎゅっと掴んでいた。
レウシアの着たぼろぼろの神官服の背中には、いまさらながら不自然な膨らみが見て取れる。そこに、翼と尻尾が隠されているのだ。
長い肩紐でだらんと背負われたリュックのほうが目立ってはいるが、それにしたって皆が気づかなかったのが不思議なくらいの違和感であった。
サーシャは訝しげにエルへと尋ねる。
「なんつーか、あたしが言う義理じゃねーんすけど……しなくていいんすか? 教会に、報告とか」
「あ、そうですね。……ええと、そのついでに、次の〝勇者〟様にはサーシャを推薦させていただきましょうか。とても良い案だと思うのです」
「えっ!? いや、マジでやめてくんねぇっすか!? んなガラじゃねぇし、まだ死にたくねぇっす! さっき聞いたことは綺麗さっぱり忘れやすんで、ほんと勘弁してくだせぇ!」
「あら? 残念です」
焦った様子でサーシャが拒否すると、本当に残念そうに溜息を吐く聖女エル。――脅しではなく、本気で推薦するつもりだったらしい。
「そういえば、サーシャの夢は〝長生きして素敵なおばあちゃんになる〟でしたっけ?」
「そうっす。死にたくねぇっす。……ババアになるまで生きるって、剣のお師匠と約束したんで」
「――なあ、おい。それよりこの傭兵の女、さっきバッタを食べなかったか? 我の気のせいか? 気のせいだよな?」
遠い目をして頬を掻き、ぷっとなにかを吹き捨てるサーシャ。
そんなサーシャの口元を羨ましそうにレウシアが見上げ、魔導書の訴えは黙殺された。
そうしてのんびり歩いていると、やがてわだちの先に馬車が見える。
どうやら馬車は、村の手前で止まったようだった。
マーティスとニミル――神官二人が、未だ落ち着かない様子の馬たちをなだめようとしているらしく、その付近で右往左往している姿もあった。
「あ、すまねぇっす。あとはあたしがやりやすんで」
「むっ! キサマ、馬車を逃がしたあげく、いままでだらだらとなにをしていたッ!」
サーシャが声をかけると、体格が大きいほうの神官――マーティスが怒鳴った。
「あー、ええっと……」
その尋常でない剣幕に、サーシャは困り顔でぽりぽりと頬を掻く。
にわかに眉をひそめたエルが、その横から進み出て、
「サーシャは私の護衛をしてくださっていたのですが、なにか問題だったでしょうか?」
「ぐッ!? い、いえ、なにも問題ありません!」
「そうですか。大事な馬車を捕まえてくださって、ありがとうございますね」
「はッ!」
教会の〝聖女様〟であるエルに冷えた視線を浴びせられ、マーティスはぴんと背筋を伸ばした。
その背後で不満げにサーシャを睨んでいたニミルのほうも、エルの目が自分へと向けられると、慌ててさっと顔を逸らした。
「……誰か、くる、よ?」
「あら?」
冷や汗を流す神官二人の向こう側。
エルたちがそちらへ視線をやると、レウシアの指摘した通り、なにやら数人の者たちが向かってくる姿が見えた。
「エル様、下がって」
サーシャがエルを庇う位置へと移動し、腰に帯びた剣の柄に手を添える。
「大丈夫ですよ」
目を細め、エルは気楽な調子でサーシャに告げた。
向かってきているのは、どうやらただの村人たちのようである。
やがて村人たちは馬車の近くまで到着し、その中の一人がエルたちの前へと歩み出た。
杖をついた小柄な老人だ。身なりからして、村でそれなりの地位にいる者だろう。
老人はエルとレウシアを見て、少々驚いたように眉をぴくりと動かしてから、歓迎の意を口にする。
「ようこそおいでくださいました、聖女様。私はこの村の村長でございます。歓待の用意ができておりますので、お迎えにあがらせて頂きました」
「えっ? その、私たちの旅は内緒のはずなのですけれど……。それに歓待だなんて、ご迷惑では……?」
「いえいえ、迷惑だなんてとんでもない! ささ、こちらへ」
村長は皺だらけの顔にくしゃりと笑みを浮かべ、村へと先導して歩き出した。
ぞろぞろとそのあとへ続く村人たちを見やり、サーシャがエルに小声で尋ねる。
「……罠とかじゃねぇっすよね?」
「ええと、聖女の一行を罠にかける村なんて、この国にあるのですか?」
「いや、そんな命知らずの集団はそういねぇとは思うっすけど。野盗のねぐらじゃあるまいし」
「だとすると――」
エルはレウシアに目を向ける。
「――レウシアさん、ですか」
「……ぅ?」
「いえ、なるほどです」
首を傾げるレウシアを見やり、エルが複雑そうに苦笑いする。
レウシアは先日も村を訪れたらしい。白い神官服を着るだけで聖女と勘違いされるのであれば、地方の村で〝聖女詐欺〟など横行してしまいそうだった。――この国すべての教会を敵に回すリスクを考えて、村を騙すこととつり合いがとれるかは微妙だが。
「聖女様が二人もいらっしゃるなんて、これは凄いことだなぁ」
「今度の神官サマは大丈夫なんかねぇ……?」
「お、俺が会ったのは、あっちの黒い髪の聖女様だぁッ! ――いてっ!?」
「……?」
ひそひそと話し声の漏れる村人たちの中から、ふいに興奮した様子の声が響く。
声の主である男に指をさされたレウシアは、きょとんとした顔でそちらを見つめ返した。
村長がその男の尻を杖で叩きながら振り返り、とりなすようにレウシアに話しかける。
「なにぶん田舎なもので、無作法な者がおって申し訳ありません。ところで、聖女様は長旅でお疲れでしょう? ささやかながら食事の用意もございますが、先に宿へご案内しましょうか?」
「……しょくじ、ごは、ん?」
「ええ、はい。なんでしたら、部屋までお持ちいたしま――うええっ!?」
食事という言葉に反応したのか、レウシアがポケットから金貨を取り出す。
それを見た村長の老人は、ぎょっと目を見開き大声をあげた。
「あら? では私も」
「いやいやいやッ!? とんでもないです! 聖女様からお金を頂くなど、そんな罰当たりな!?」
エルも同じように金貨を差し出すと、いよいよ村長はかぶりを振って取り乱す。
その有様に村人の中から二人ほど、そっと視線を逸らすのだった。
◇
きょうは にんげんさんの おうちに おとまり しました
にんげんさんの ごはんは いろんな あじで びっくりです
べっどは ふかふか いわより ぬくぬくです
えるも いっしょのへやで ねました
えるは きらきら すごく きれいです
でも さわると びりびり します
なんでかなあ
◇
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