試着

 クラスの出し物がメイド喫茶に決まった後、買い出し係が早速近くのショップでメイド服を大量に仕入れてきた。

 クラスは盛り上がり、せっかくだから試着しよう、ということになったのだが、何故か僕たち男子の方から衣装を合わせることになっていた。


「はーい、順番に並んでー!」

 今、男子は女子に化粧されるのを待っている。

 周りを見渡せば、メイド服を着た男子がお互いの格好を見て笑いあっている。


 対して僕の方はというと憂鬱だった。


「どうしたんだよ」

「なんか元気無いね奏雨くん」

 もうすでに化粧を終えメイドになった古木と風間が横にやって来た。

 風間は華奢なのでそこそこメイド服が似合っているが、古木は体がゴツいので、化粧も相まってとても良い感じに気持ち悪く仕上がっていた。


「そんなに女装したくないの?」

「当たり前だろ……」


 そもそも女装にいい思い出がないのだ。

 知り合いには女装趣味があると勘違いされるかもしれないし……。


「ま、俺ほどにはならないって。さっさと行って俺みたいに笑いものになれよ」

「奏雨くんのメイド姿、楽しみだなぁ」

「おい古木、ちょっと失礼じゃない?」


 確かに今回は全員女装してるからマシだけどさ。

 笑いもの、か。

 少し昔の事を思い出した。


「はい次の人ー!」

 今、一人の化粧を終えた張替が次の人を呼ぶ。

 気づけばもう僕と陽キャたちが最後のようだ。


「は──」

 手を上げて、行こうとしたところで横から誰かが割り込んできた。

「はーい! おれおれ!」

「え、津瀬君? いいけど……」


 津瀬が僕の方へと振り返ってにやりと笑う。

(ああ、なるほどな)


 大方、最後に僕みたいな陰キャを持ってくることで笑いものにしようという魂胆なのだろう。

 まあ確かに少々癪だが、今回は笑われるぐらいの化粧をしてもらわなければならないのだ。

 最初から笑われるのは確定なのだから、別に最後でも問題ない。


「はーい次の人!」

 別の女子が終わったようなので、化粧してもらおうと手を上げる。

 その時、ぱしんと手を掴まれた。

 張替が戻ってきたようだ。

 何故かぷっくりと頬を膨らませて僕を見ている。


「なにやってるの?」

「え? 何って化粧してもらう──」

「待ってて」

「え、いやでも」

「待ってて」

「はい……」


 有無を言わせないほどの圧力を感じて、僕は思わず頷いてしまう。

 僕が頷いたのを見て張替がにっこりと笑う。

「じゃ、行ってくるね」


 張替が手を振って歩き出したその先。

 ずっと僕を見ていた津瀬が忌々しそうに僕を睨んでいた。




★★★



 張替が津瀬のメイクを終えると、僕は何故か空き教室まで連れ出されていた。

 今はメイド服に着替えて、椅子に座っている状態だ。


「なんでわざわざ空き教室まで来たんだよ」

「んー、雰囲気?」

 首を傾げてとぼける張替。

 さては何か企んでないかコイツ。


「ちゃんと地味にしてくれよ」

「はーい」


 本当に分かってるのか心配になってきた。

「本当に頼むからな」

「分かったから。目、閉じて」


 最後にしっかりと念押しして、目を閉じた。



「はい、オッケー」

 二十分後。

 目を開ける。


 鏡に映るメイド姿の僕は、いつもより前髪は長く目が隠れていて少し地味だった。


 確かに地味だ。

 地味だけど。

「いつもと一緒じゃない?」

 前髪の隙間からちらちらと覗く顔は、いつもと一緒ぐらいのかわいさだった。

 これ、顔が隠れてるだけでメイクはいつもと変わってないんじゃ?


「メイクに手は抜けないからね」


 どうやら彼女にも譲れない一線があるようだ。

 まあ、顔が隠れてるからいいけど。


 すぐにメイク道具を直し終わった張替が僕の手を取って笑った。

「よし、じゃあ行こっか!」

 う。

 クラスに行きたくない……。


 僕の女装は、いつもより地味にしたとはいえ、他の男子に比べれば力が入っている部類だろう。

 ウイッグまで付けてた奴なんていなかったし。


「ほら早く」

 渋る僕を張替は強引に引っ張って、教室を出る。そしてそのまま廊下を歩き、教室の前までやって来た。


「ちょっと待って」

 勢い良く扉を開けようとする張替を静止し、ゆっくりと深呼吸する。

「よし、行こう」


 張替がドアを開けた。

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