第538話 引き渡しと今後

 偽者のタウロであった通称・モテオは本物のタウロとその一行が捕縛し、近くの軍施設に引き渡す事になった。


 帝国絡みの件だったし、精巧に偽造された冒険者のタグや名誉貴族の記章、ドラゴンに変身する薬、そして、モテオの能力である『魅了』が、どうやら、ある技術で強化されたものであった事から、王国軍に引き渡すのが妥当だと思われたのだ。


 それにモテオの胸には手術の後があり、タウロは能力『真眼』の鑑定でその胸に魔石が埋め込まれていた事にも気づいた。


 当初は、ドラゴンに変化した薬とは別種の技術かもしれないと警戒したが、能力の強化を図る技術のようだ。


 と言うのも、タウロが軽く尋問したところ、モテオは手術以後、以前よりもかなりモテるようになったと証言したからである。


「帝国は色々な技術を開発しているみたいだね」


 タウロは軍にモテオを引き渡し、王国軍関係者から感謝されると同時に、口外しないでくれるようにお願いされた。


 軍にとっては自分達の失態で軍施設の情報が漏れた可能性が高い上に、帝国の存在しないはずの特殊部隊『金獅子』の関与、それに帝国の機密にしておかないといけないような特殊技術の数々が確認されたからだ。


 もちろん、タウロ達は口外するつもりはなかったから、口外厳禁の誓約書にも全員でサインして軍施設を後にした。


 引き渡されたモテオはこれから想像を絶する拷問が待っているだろう、今回の件はそれだけ重大な事であった。


 帝国の事について全て吐かされる事になるだろうが、モテオがどれほどの情報を持っているか怪しいものであったが。


「タウロ、これからどうするの?ようやく偽者は退治したし、このまま北部を冒険する?」


 エアリスが背伸びして溜息をつくと、今後の方針を聞く。


「そうだね。この事は竜人族の族長リュウガさんにも伝えておいた方が良さそうだから報告するとして……、竜人族は『バビロン』攻略に忙しい事を考えると帝国の情報は僕達で収集するのもいいのかなって」


「なるほど。北部は当分の間きな臭い事になりそうだし、冒険者業としては忙しいだろうから、丁度いいかもな」


 そういう事には聡いアンクがニヤリと笑って頷く。


「私も賛成だ。ドラゴンもどきになる薬など、見過ごせないからな」


 ラグーネも帝国の動向は気になるようで承諾した。


「ボクもタウロ様の言う事に賛成です!」


 シオンはいつも通り、タウロのイエスマンである。


「それじゃあ、当分は北部地方で冒険する事に決定!」


 タウロはそう告げると、みんなに円陣を組むように促す。


「「「「?」」」」


 エアリス達はダンジョンで『空間転移』での移動の際にしている円陣を組まされる。


「それでは、スウェンの街まで『瞬間移動』!」


 タウロはそう言うと闇落ち勇者アレクサから奪い取った能力『瞬間移動』を使用した。


 円陣を組んでいた一行は、その場から一瞬で消える。


 しかし、数百メートル先に移動したところで姿を現した。


「……さすがに長距離移動をみんなでするのは無理だったかぁ!」


 魔力をごっそり失ったタウロは円陣の為に繋いでいた手を離してその場に座り込んだ。


「リーダー!今、サラッと複数での『瞬間移動』実験をしたよな?」


 一瞬で違う場所に移動した事を周辺の景色が変わった事で理解したアンクが、呆れ気味にタウロの行為を指摘した。


「タウロ……!実験は私が付き合って上げるけど、みんなを巻き込んで何かあったらどうするの!」


 エアリスが、プンプンと怒る。


「本当だぞ、タウロ。──しかし、結構移動したのではないか?軍施設がどこにも見えないくらいには」


 ラグーネも珍しく怒る素振りを見せて注意しつつ、周囲を見渡して感心してみせた。


「凄いです、タウロ様!……でも、やる前に一言教えてもらえたら助かります」


 シオンは基本褒めたが、やはりいきなりの実験には反対のようだ。


「あはは……、ごめん。出来ると思ったんだけどなぁ……。一人での移動魔力量は大した事がなかったからさ。でも、複数になると急に使用魔力量が跳ね上がるみたい」


 タウロは苦笑するとマジック収納から魔力回復ポーションを取り出して飲み干す。


「やれやれだぜ。でも、まぁ、みんなでこれだけ移動できるというのは、発見だな。突発的な危険回避には使えそうだぜ」


 アンクは闇落ち勇者アレクサとの戦闘では、『瞬間移動』での拉致と、刺される経験をしていないから前向きに答えた。


 だが、ラグーネとシオンはそのやり口で死にかけた身だから、いきなりの『瞬間移動』にはかなり肝が冷えたかもしれない。


 特にシオンは能力がなければ、死んでいた可能性があったから、いきなりの『瞬間移動』には悪夢が蘇るところだろう。


「みんなごめん。一人での移動は、実は結構試していたから、危険がない事は確認していたんだ。でも複数になると条件がガラッと変わる事は確認できたよ、ありがとう。こうなると、長距離の決まった場所にはラグーネの『次元回廊』と僕のダンジョンを介しての『空間転移』、短い移動なら『瞬間移動』が使えそう。これからは一人ずつ運んでみるよ」


 タウロは謝ると今後の冒険に利用できそうな結論を出した。


「あ……!そう言えばタウロ。アルファ・ドラゴンを倒した後、『無作為ランダム強奪(小)』で何か能力を得たんじゃないの?」


 エアリスが『瞬間移動』を得る事になった能力『無作為強奪(小)』を思い出してタウロに聞いた。


「それがさぁ……、『竜の穴』で竜人族の人に確認したところでは、僕の能力で奪えるのは相手が人の場合なんだけど、どうやら、アルファ・ドラゴン相手だと奪えないみたい。もしかしたら、薬で魔物に変身した事で人として認識されないのかもしれないね」


 タウロは残念な表情を浮かべて奪えなかった事を報告した。


「見た目は完全にあいつら人間辞めてたからな。それは仕方ない」


 アンクはタウロに同調して苦笑する。


「私のように竜の息を覚えられたら便利だったのにな!」


 ラグーネはそう言うと、普段は全く使わない竜人族特有の、竜の息・火バージョンをゴォーと吐いて見せた。


「ラグーネさん、それ、放火以外に便利要素あるんですか!?」


 シオンが本気なのか冗談なのかわからない質問をする。


「はははっ!確かに、その勢いだと何もかも燃やしちゃうね!」


 タウロが笑ってシオンに同意した。


 するとエアリスもアンクも同意したように笑う。


「ちょっと酷いぞ、みんな!火力の調整もちゃんと出来るんだぞ!?」


 ラグーネはそう言い訳しながら自分も一緒に笑うのであった。

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