第456話 腕自慢
タウロ達が同行する聖女一行がまず最初に向かったのは、サート王国宰相バリエーラ公爵領である。
これはもちろん、人物鑑定で『聖女』マチルダが箔を付けてもらったお礼として、一番の目的地に決まった。
それにバリエーラ公爵は王都の南部に広大な領地を持っており、比較的に王都から近い事もある。
最初は、宰相が地位を利用して自分の領地を優先させたという批判もあったのだが、ルワン王国側が、今回の謝意を示す為に選んだ事であると宣言するとそれも鳴りを潜めた。
批判も元々、ハラグーラ侯爵派閥から出たものだったので、他の派閥の貴族からはいつもの事と問題視せず、誰も聞かないフリをしていた。
「公爵領に入ったみたいです」
シオンが馬車の窓の一つを開けて外を確認した。
領境の検問を通過したのだ。
「もうお昼だし、公爵領に入ったのなら、そろそろ休憩かな?」
タウロはシオンの報告にそんな予想を立てた。
タウロ達の乗る馬車は六頭引きの大きな特別製の馬車で聖女の取り巻きが沢山乗車している。
主に下級貴族と平民出が乗車していたが、タウロとエアリスが乗車している事が異例であった。
だがそれは、聖女から引き離した結果であるから仕方ないところではあった。
その馬車に一時間ほど揺られていると村が見えて来た。
先頭集団はすでにその村に到着して休憩に入っている様だ。
最後尾のタウロ達は遅れて村に入ると、取り巻きとして聖女の傍に行くところであるが、すでに取り巻きの中でも上級貴族とそうでない者に分けられてしまい、聖女の傍には、上級貴族の子息とその取り巻き以外は近づくのが難しい状態になっていた。
主にハラグーラ侯爵の孫とその取り巻きが聖女マチルダのご機嫌取りを行っていた。
「嫌な仕事も、どうやら侯爵の孫が引き受けてくれたみたいだから丁度いいわね」
エアリスは、村の広場にある集会所に聖女とハラグーラ侯爵の孫を中心とした取り巻き達が入っていくのを見送って、笑みを浮かべる。
「僕達はいいけど、他のみんなはせっかくの人脈作りが階級の壁に妨げられてしまって残念だろうね」
タウロがその能力の高さから集められた下級貴族や平民出の若者達の集団に同情するところであった。
と、心配した時期もありました。
タウロの心配を他所に、一緒の馬車に同乗していた若者達は、タウロとエアリスが上級貴族、それも中立派で有名なグラウニュート伯爵家とヴァンダイン侯爵家の子息令嬢とわかって、積極的に声を掛けてきた。
なにしろタウロの傍には、シオンという平民、それも半獣人族の少女を連れているのだ。
さらには冒険者をやっているとなれば、自分達にも理解があると踏んだのだろう。
そんなタウロとエアリスにアピールして、この先の出世の足掛かりにする気満々であった。
「……逞しいね」
タウロが心配するまでもなかった様だ。
「タウロ様、実は自分も弓矢が得意で選ばれた身なのです。良かったら腕比べしてみませんか!」
「エアリス様、私は光魔法が得意で選ばれました。良かったら見てもらえませんか?」
「俺は、腕自慢で選ばれました。お連れのシオンさんは、同じく腕自慢だとか。軽めの練習試合してみませんか?」
若者達は目をギラギラさせている。
少しでもいい就職先を決めたいのだろう。
相手が伯爵家と侯爵家なら申し分も無い。
遠慮して何もできないまま聖女の取り巻き旅を終えるわけにはいかないのだ。
「わ、わかったから。それじゃあ、あっちで少し、やってみようか」
タウロは詰め寄ってくる若者達のアピールに圧されると承諾するのであった。
エアリスもそのタウロについて行く形で広場の隅に移動した。
シオンも同じだ。
その事が、チャンスを貰えたと解釈して若者達は歓声を上げるのであった。
「……何かしら?外が騒がしいけど?」
聖女マチルダは広い集会所を借り切って、ゆったりと食事をして寛いでいたが、外の声に気を取られた。
「おい、誰か外に確認してこい」
ハラグーラ侯爵の孫、スグローが自分の取り巻きに命令する。
「はい!」
スグロー取り巻きも侯爵家に対してアピールの場である。
間髪を入れずに外に確認に走っていく。
「きっと、聖女様が訪れた事で村人達が一目見たいと騒いでいるのだと思いますよ」
スグローはそう言う聖女マチルダのご機嫌を取る。
「じゃあ、あとで手を振るくらいはして上げた方がいいわね。ここはバリエーラ公爵領だし」
聖女マチルダはルワン王国側の取り巻きの顔色を窺ってそう口にした。
「いえ、聖女様。バリエーラ公爵ばかり贔屓にしていたら、あとが大変になりますよ。村人など相手にせず、公爵の領都でのみ愛嬌を振りまけばよろしいかと思います」
宰相派閥のライバルであるハラグーラ侯爵の孫のスグローは、祖父から何か吹き込まれて来ているのかあまりバリエーラ公爵が喜びそうな事をさせたくないようであった。
「そう?みんなはどうかしら?」
聖女マチルダは、ルワン王国側の取り巻きに確認を取るのだが、発言したのがサート王国側の貴族の重鎮であるハラグーラ侯爵の孫である否定するのも失礼と思ったのか言葉を控えるのであった。
そこへ、外に確認に行っていた取り巻きの若者が戻って来た。
「外で平民出の取り巻き同士が、腕自慢を行っているみたいです」
「はははっ!アピールに必死だな、下々の連中は。──聖女様、ここで我々と食事をしながら談笑する方が実りがあるというものですよ」
スグローは、一笑に付すと聖女に食事を勧めるのであった。
その頃、広場の隅では、タウロがその超絶技巧の弓矢の才を発揮する事になった。
最初、言い出した若者から弓矢の腕を披露した。
何でも実家では猟師として親と狩りをしていて、近隣でも天才少年猟師として名を馳せていたそうだ。
領主がその腕を買って推薦したところ今回のメンバーに選ばれたのだが、確かにタウロと同年代の少年にしてはその腕は一級品で大人顔負けであった。
まず、普通に矢を射て、木の的の中心を捕らえる。
さらに二本、三本と的の中心を射て、今度は目隠しをして同じく的を捕らえたのだから、これには他の若者達も歓声を上げて拍手を送るのであった。
周囲の若者達はこの卓越した技術に、次のタウロがやりづらいのではないかと心配するほどであった。
「今度はタウロよ。冒険者として、格の違いを見せてあげなさい!」
エアリスは先に見せた少年の技術に驚く事なく、タウロのハードルが上がるとわかっていながらも、そう発するのであった。
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