第396話 決闘前

 ドラ息子の夜這い騒動から一夜明け、タウロ達は街郊外にある小さい丘に向かった。


 そこが、ドラ息子とタウロの決闘の場に指定されていたからだ。


 指定時間は正午。


 早めにその丘に着くと、街長のドラ息子は取り巻き十人程を引き連れて先に到着していた。


「時間通りじゃないか。よく逃げなかったな。『黒金の翼』とか言うチームは聞いた事が無いが、その度胸だけは褒めてやるよ」


 ドラ息子は終始余裕を漂わせている。


 それはこっちの台詞なんだけどなぁ……。


 タウロは、このドラ息子が相当な自信家で、尚且つ、かなり自分が舐められているのがわかり、呆れるのであった。


 タウロはD+ランクの冒険者であり、いつCランク帯に上がってもおかしくない実力者である。


 少し調べればわかりそうなものであったが、どうやらドラ息子はタウロがお飾りのリーダーだと思っているのかもしれない。


 本当に理解していたら、この決闘に代理の一人でも立てているだろう。


 そう、決闘とは大体、当人同士が代理を立てる事もおかしくないのだ。


 まあ、ドラ息子も貴族とはいえ、所詮、騎士爵と並ぶ、魔法士爵の家柄である。


 この結構大きなワーサンの街の街長を務めているだけでも相当良い扱いを受けてはいるが、だが、ドラ息子は無官である事に違いはない。


 代理を立てられるほどの身分でもないのだ。


 タウロの方は、シオンが代理を申し出ていたが、シオンは剣が得手ではないので、すぐに却下した。


 それに、自分が受けた決闘なので人に任せる気はない。


 そういう意味ではドラ息子に少し感心するのであった。


 なにしろドラ息子の手にはすでに決闘用の剣を手にしている。


 本人はかなりやる気十分らしい。


「お前のサイズに合わせて子供用の剣をいくつか用意しておいたぜ」


 と、ドラ息子が告げると、背後にいた取り巻きの一人が、数本の小剣をタウロの前に投げて寄越された。


 どれも剣の刃の部分は潰されている。


 決闘とは言え、別に殺し合いをするのではないのだ。


 あくまで勝負であり、勝敗によってその無実や主張を通す為の手段である。


 もちろん、刃を潰していても鉄の塊である。


 当たり所が悪ければ怪我もするし、骨も折れるし、最悪、打ち所が悪ければ死ぬ事もある。


 だが、極力そうならない為に、立会人や医者も用意されているのだ。


 タウロは数本の小剣の中から一本を選ぶと軽く振って確認する。


 ちゃんと『真眼』で確認して、小細工の一つも見逃さない。


 幸い実力で勝てると思っているのか小剣にはどれも小細工はされていないようだ。


 ただし、ドラ息子の決闘用の剣を『真眼』で鑑定すると、『軽量化』が付与されていた。


 ……結局ズルしていての自信なのね?


 タウロは内心苦笑するのであったが、それだけで自分に勝てると思っているのならば、かなり舐められたものである。


 タウロはそれを、ハンデだと思って見逃す事にするのであった。


 そこへタウロ側が頼んでおいた立会人が到着した。


 それは村長と護衛の村人達である。


 村長は血相を抱えてドラ息子に対して訴えた。


「こんな事は止めませんか!?明日は結婚式だというのに怪我したらどうするのです!」


「大丈夫だ。俺が怪我をする事はないさ。それに、万が一の為に、医者も貴重なポーションも用意してある。もっとも、そっちの小僧が怪我してもこっちは治療してやる義理はないがな!」


 ドラ息子はそう言うと、取り巻きと一緒に笑うのであった。


「そ、そんな……!」


 村長は、命の恩人でもあるタウロを心配した。


 それに自分が雇った護衛でもある。


 ドラ息子を怪我させる事はもちろん、こちらの責任になるし、タウロが怪我しても自分の護衛が怪我すれば、それはそれで困るというものである。


 村長にとっては胃が痛いものであった。


 そんな村長の説得も虚しく終わると、ドラ息子はやる気十分である。


「この街を治める魔法士爵家に歯向かうとどうなるか教えてやるぜ!」


 と、息巻くのであった。


 いやいや、夜這い未遂で捕まったの君じゃん。問題すり替えていない?


「始める前に、誓約書の内容の確認いいですか?サインもしないと始められませんよ」


 タウロは決闘が始まる前にちゃんと誓約書にサインする事を念押しした。


 そこで誓約書の内容の確認をする事になった。


 内容は、ドラ息子の夜這い未遂の潔白であるという主張についてで、勝利すれば敗者はそれを認めよというもの。


 タウロ側の主張は、結婚前に夜這いをしてくるような相手だから、こちらは嫁入り前の娘の意志を尊重して貰う事を条件に入れた。


 ドラ息子にしたら、負けても自分には不利にならない条件だと思っている様だ。


 娘の意志次第では結婚も流れる可能性があるのだが、ドラ息子はその可能性については一切考えていないらしい。


 自分が惚れた相手だから断るという事はないと思っているのだ。


「ただの『恋は盲目』状態なのか?それともただの馬鹿なのか?どちらにせよ、村長の娘さんにしたら不幸だね……」


 タウロは、そうつぶやく。


「サインをしたら、お前も逃げられないぞ?俺は手加減できる人間じゃないからな、一度始まったら、立会人が止めるまでお前を痛めつけてやる!」


 自信たっぷりのドラ息子は勝つ気満々である。


 タウロは、それを無視して誓約書にすぐサインした。


 それを立会人が確認すると、その場にいる観客にその誓約書を示した。


「これより、決闘を始める。勝敗は神聖なものであり、それを汚す事は許されない。それでは両者、前へ!」


 勝負を開始する為にドラ息子が連れてきた神官の装いの痩せた男が、そう宣言するとドラ息子とタウロに告げる。


 二人は、黙って前に出た。


「最終確認をする。勝負がついた時点で勝敗は決定。降参しても同じ。その結果に後から難癖をつける事も許されない。──最後に、示談の可能性は?」


「「ない!」」


タウロと、ドラ息子が、同時に答えた。


「それでは、始め!」


 神官風の痩せた男の宣言で決闘がついに開始されるのであった。

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