第395話 潔白の証明

 村の宿屋でゆっくりと休んだ翌日。


 朝一番で村を出発し、村長一行は無事、ワーサンの街に到着した。


 先触れを出していたので、余裕をもって街長自らが村長一行を歓迎し、今日宿泊する宿屋に案内してくれるという丁寧さであった。


 その時、婿である街長の息子は一目惚れしたという花嫁に会いたがっていたが、嫁入り前という事で、控えて貰った。


 その時、タウロが護衛役として、その息子に対応したのだが、礼儀正しい街長に比べて、息子の方はちょっと良い印象を受けなかった。


 というのも、


「なんだ、お前。俺の花嫁との運命の再会を邪魔する気なのか!」


 と、高圧的だったのだ。


 歳は18歳、体格は大きく、父親の地位をかさにきたドラ息子といった感じだった。


 なんでも、村長一家が昨年、家族で訪れて街長に挨拶をした時に、この態度の悪いドラ息子が、村長の娘を見初めたのだとか。


 それで、村長一家が村に帰った後も、忘れられず街長に息子が頼み込んで求婚して結婚の運びになったらしい。


 村長は、街長の息子という事で、二つ返事で了承してしまったのだとか。


 街長の評判はとても良く、本当にグラウニュート伯爵のお気に入りの部下の一人だという。


 だが息子を見る限り、甘やかして育てたのかもしれないと、タウロは疑問に思ったのだが、とりあえずは、婿が嫁入り前に会うのは縁起が悪いと説得したのだが、納得はしていない様子であった。


 それどころか娘の護衛にタウロが付いている事が不満に思ったのか、


「俺の花嫁に変な虫が付いている!」


 と、周囲に吹聴している事が、すぐに伝わって来た。


「……僕、変な巻き込まれ方してない?」


 タウロは、同じ男であるアンクにそう相談した。


「ははは!リーダーが、男として何かライバルになりうると思ったんじゃねぇか?男として扱われたって事だからいいじゃないか!」


 アンクは無責任にそう言うとタウロの背中を叩くのであった。



 その日の夕方。


 結婚相手である息子の到着早々の昼間の一部始終を聞いて、娘はいっそう不安になっていた。


 ついに父親である村長にその事を打ち明けた。


「ここまで来ていまさら、結婚を無しにはできないぞ!?」


 村長は娘の心変わりに驚いたが(知らなかっただけだが)、結婚すればああいうものはすぐに落ち着くものだ、と達観した物言いで説き伏せようとした。


 母親も、村長である夫の意見に賛同した為、娘はそれ以上、何も言えなくなってしまうのであった。



 その日の夜。


 賊が宿屋に侵入した。


 というより、例のドラ息子が花嫁に夜這いの為に潜入して来たのだ。


 それを取り押さえたのはアンクで、顔を覆っていた布をタウロが取り払って確認した為、タウロと顔を合わせたドラ息子は逆上した。


「このガキ!勝ったと思うなよ!俺は魔法士爵の息子なんだぞ!とっとと離さないと痛い目を見るぞ!」


 この人、完全に駄目な人だ……。数日後には結婚するんだからその間我慢出来なかったのか……。


 タウロは、どうしたものかと思ったが、このまま取り押さえておくわけにもいかない。


 アンクに放して上げて、と指示して解放した。


「手下が強くて良かったな!お前が相手だったら俺がコテンパンにしていたところだぞ!」


 ドラ息子は、自分が夜這いの為に潜入して来て捕まった立場を棚に上げて息巻いた。


 自分の都合に合わせて頭の中で変換するタイプの人か……!これは、何言っても通じないぞ……。


 タウロはどう注意したものかと悩むのであったが、


「今回の事は街長に伝えておきます。──婿殿は結婚初夜まで控えて下さい」


 親に言いつけるのが一番だろうと判断した。


「父上に?……これで勝ったと思うなよ!──そうだ!俺の潔白を証明する為にお前に決闘を申し込む!勝って俺の無実を証明するんだ、受けろ!」


 ドラ息子は妙案とばかりに、変な事を言い出した。


 この人何を言っているの!?


 タウロは、このドラ息子の思考回路に驚いた。


 確かに、昔、そういう証明の仕方があったのは確かだ。


 だが、今では、そんなやり方で、罪を逃れる事はできないのだが、一応、田舎なのではそういう風習が未だに残っているところはあるらしい。


 どうやら、ドラ息子はそれをどこで知ったのか小さいタウロ相手なら勝てると踏んでか、言い出したのであった。


「……それは正式な申し込みですか?」


 タウロは、ふと何を思ったのか言質を取るような聞き方をした。


「うん?──もちろんだ!誰か手袋を俺に寄越せ!」


 ドラ息子は、周囲に手袋を要求した。


 なので、タウロがマジック収納から手袋を出してドラ息子に渡す。


 それを受け取ったドラ息子は、そのまま、タウロの顔に手袋の片方を投げつけた。


「明日の正午、この街の郊外にある小さい丘において俺の無実の証明をかけてお前との決闘を要求する!」


 ドラ息子は小さいタウロを完全に侮っている様子だった。


「では僕が勝った場合、花嫁である村長の娘さんの意志を尊重して貰います」


「花嫁の意志?そんなものでいいのか?ははは!いいだろう!俺も男だ、愛する者の意志を尊重してやるさ!」


 ドラ息子は、もう勝ったつもりになっているのか寛大なところを見せるのであった。



 ドラ息子が宿屋の表から堂々と帰っていくのを見送ると、村長は何が起きているのかわからずにタウロに詰め寄った。


「何が起きているのだ!?夜中に騒いでいると思ったら、花婿と決闘とはどういう事かね!?」


 タウロは何が起きたのか簡単に説明した。


「!結婚の儀の前に夜這い!?……もしかするとこの街ではそういう風習があるのではないか?」


 村長は、娘の結婚相手の人格を否定できず、きっと事情があるに違いないという風に考えようとした。


「もしそうなら、あちらも僕に対して決闘を申し込まないと思いますよ」


 タウロは、村長の現実逃避を否定した。


「どちらにせよ、花婿を結婚前に怪我させるわけにはいかないのだから、タウロ殿、わかっているな?」


 村長は、まだ、ドラ息子問題と向き合う事が出来ないらしい。


 まぁ、急な事なので仕方ないと言えば仕方ないのだが……。


 タウロは、村長が匂わせたのは負けてくれということだとは察したが、


「結婚前の催しの一つだと思って、楽しんで下さい」


 と、答えて笑うと、みんなに寝る様に促すのであった。

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