第392話 良い人に遭遇

 早めに予定の道程を進んでいたタウロ達一行は、お昼頃、とある丘の辺りに差し掛かろうとしていた。


 その丘を越えたところに二十人程の気配を感じたタウロは、一同に警戒態勢を取らせた。


 さすがにこの真っ昼間に襲撃する者もいないだろうが、用心するに越した事はない。


 タウロの『真眼』に映るシルエットには、丘の向こうで寛ぐ人々が映っている。


 どうやら休憩している様子だ。


 こちらに気づいたのかシルエットのひとつがこちらを指さしてリーダーらしい人間に何か言っているのが確認できたが、その集団に動く気配はない。


 ただ、その中にちょっと嫌な気配も感じたタウロは、ラグーネ達にそれを告げる。


「大丈夫だと思うけど、中に嫌な気配も感じるから、気を付けた方がいいかもしれない」


「リーダーにしては珍しい言い回しだな。了解、警戒しとくぜ」


 アンクがそう答えると、ラグーネとシオンも頷く。


 タウロが一足先に丘を駆け上がり、確認するとそこには商人の一団と思われるグループがいた。


「少年は今、こちらに向かっている一団の子かな?」


 地味だが立派な革鎧に小剣を腰に佩き、弓矢を肩に掛けている立派な姿の少年であるタウロに気づいた商人の一団のリーダーと思われる恰幅の良い中年の男性が声を掛けてきた。


「そちらは、どのような一団ですか?」


 タウロは念の為に確認する。


「うちかい?うちは、イーヒトン商会の者だよ少年。私はその代表を務めるイーヒトンだ。中には行き先が一緒という事で、道中を共にしている旅人も混ざっているがね」


 橙色の髪に同じく口髭を生やした男性はそう自己紹介した。


「うちの方は、とある村から嫁入りに向かう一団です。僕は、それを護衛する冒険者のひとり。怪しい者ではありません」


 タウロは手を広げて、何も隠してないよという素振りを見せた。


「ほう!嫁入りですか!それはめでたい。ここに到着したら、うちで扱っているお酒でも一杯振舞いたいがどうかね?」


 イーヒトンは人の好さそうな笑顔でそう提案する。


 タウロの『気配察知』には何も怪しいところは感じられない。


 どうやら、善意で申し出ている様だ。


「──わかりました。戻って代表の者に聞いてみます」


 タウロは、そう答えると、こちらにゆっくりと向かってくる一行の元まで駆けて、一部始終を伝えるのであった。


「ほう!イーヒトン商会と言えば、この近隣では有名な商会だな。そんな大きな商会の代表と縁が作れるなら大歓迎だ。お言葉に甘えよう」


「でも、まだ、道中なのでお酒を飲むのはどうかと……」


「なぁに、ひとり、少量なら今後の旅程にも影響は無いだろう!」


 村長のアリマーは、タウロの報告に喜び、馬車の足を速めるとすぐに丘に辿り着くのであった。


 一行が丘に到着すると、イーヒトン商会の面々は積み荷のお酒をすでに用意して振舞う準備が出来ていた。


「嫁入り行列だそうで!──こうして巡り合うのも何かの縁、私に祝いの酒を振舞わせて下さい!」


 商人のイーヒトンはそう言うと、村長と握手を交わし、木の器を渡す。


 タウロは念の為、お酒の樽を『真眼』で鑑定してみた。


 どうやら、問題は無い様だ。


 そこに、旅人風の男が酒を持ってやってくると、注ぎ始めた。


 タウロはその旅人の気配にあまりよいものを感じず、警戒する事にした。


 他にも全員に木の器を配りながら、お酒を注いで回っている旅人風の連中は良い気配を持っていない。


 タウロの中で何か警告音が鳴っている。


「イーヒトンさん、ちょっとお聞きしますが、お酒を注いで回っている方々は、みなさんと雰囲気が違うようですが、部下の方ですか?」


「ああ、よく気づきましたね。彼らは途中、行き先が同じという事で同行を頼み込んで来た旅人達ですな。私が、みなさんにお酒を振舞うと言うと、同行のお礼にと、酌をするのは自分達がやると願い出てくれたのです」


「……なるほど、イーヒトンさんとは関係のない人達ですか」


 その旅人達は全員で五人なので下手な事は出来ないであろうが、一応引き続き警戒した方が良いだろう。


 と、タウロは確認するのであった。


 タウロの『気配察知』には、少なくとも周囲に怪しい人影はない。


 だからたった五人で何かするとは思えないが警戒しておこう。


 ラグーネとアンクは、タウロに安全を確認すると、配られたお酒を口にする。


「二人共、念の為一杯だけね?」


二人は頷くと配られた木の杯のお酒を美味しそうに飲むのであった。


 シオンと自分は未成年だからと一度は断ったが、おめでたい席だから、ひと舐め位はした方がいいぞ?と、言われ、礼儀としてひと舐めだけする事にした。


「これは、かなり良いお酒ですよね?」


 『真眼』で鑑定した事で、用意されたお酒がかなりよいものであるのはわかった。


「ははは!まだ、お若いのに気づいたようだね?これはうちの自慢のお酒ですからな」


 イーヒトンは、タウロの反応に気づいて、誇らしげに答えた。


 他の者達も一杯飲むと良いお酒だとわかったらしく、旅人達五人が樽から注いでは木器に注ぐのをみな、お替りのおねだりをした。


「こらお前達、はしたないぞ!」


 村長が、村人達を叱責するのであったが、


「構いませんよ。嫁入りなんてそうある事ではありません。一杯も二杯もさして変わらないでしょう。二杯目もどうぞ!」


 と、イーヒトンが、大盤振る舞いしてくれることになったのであった。


 みんなに二杯目が配られた頃、早くも酔いつぶれる者が一人二人と現れた。


「……?飲みやすそうなお酒だけど、そんなに強いお酒じゃ……?」


 タウロがそう思っていると、


「……リーダー、お酒の回りが早すぎるぜ。こりゃ、一服盛られたかもしれない……」


 と、アンクが警告すると倒れた。


 ラグーネは、状態異常耐性があるので倒れない。


 シオンも、平気なのか倒れる様子がない。


 タウロも平気であったが、やはりアンクの警告通り、何かお酒に入っていたのか周囲はほぼ全員が倒れていた。


 例外は、イーヒトンの同行者である旅人五人と、タウロ、ラグーネ、シオン、そして、同じくこちらの旅人ひとりであった。


「あらかた効いてるな。みんなに合図を出せ!」


 旅人五人のひとりが、そう連れに告げると、連れは頷いて矢の先に何かついたものを上空に射った。


 矢は笛の音を甲高く鳴らして飛んでいく。


「あっ!これはお酒ではなく、器に毒を仕込まれてたのか……!」


 タウロはひと舐めしただけで目の前に置いていた木の杯を『真眼』で鑑定し直して毒のからくりに気づいたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る