第341話 隷属

「何!失敗した、だと!?」


 C+ランクの冒険者チーム『灰色禿鷹』のリーダー、ハーゲンは酒場で気持ちよく飲んでいたのだが、そこへチンピラの報告を受けてすぐに顔を真っ赤にした。


「へ、へい……。女と子供、丁度二人だけだったんで今襲った方がいいと思って仕掛けたんですが、上手い事こちらの攻撃をかわされている間に周囲に助けを求められてそれ以上は手が出せず、退散してきやした」


「……という事は、あっちは無傷なのか?」


 ハーゲンと一緒に飲んでいた同じチームの戦士の男がお怒りモードのハーゲンの代わりに聞いた。


「へい。──あ、こっちもその分無傷です」


「お前らの事はどうでもいいんだよ!というかせめてやられて来いよ!そうしたらこっちにも都合がいいだろうが!」


 同じくハーゲンと一緒に飲んでいた剣士の男が机に刺してあったナイフを引き抜くとそれでチンピラを指さした。


「す、すみません!じゃあ、今晩また、寝込みを襲いに行きます!」


「あっちはもう警戒しちまってるだろうが!……もういい、前払いで払った分は置いていけ!──くそっ!結局、俺らが手を汚す事になるじゃねぇか!」


 ハーゲンは、怒りに茹でダコの様になりながらやけ酒に入る。


「まあ、いいじゃねぇか。どうせタグの記録に残っても、副支部長に金を払えば悪事を行った履歴は消して貰えるんだからよ」


 戦士が酔いの勢いでとんでもない事を口走った。


「それは言うんじゃないわよ。誰かに聞かれたら流石にマズいでしょ?」


 魔法使いの仲間が戦士の男にきつく注意を促した。


「おい、荷物運び!街長のところまでひとっ走りしてこい。俺達が直接動くからその分報酬を用意しておいてくれってな。渋ったら横領した分があるから問題ないだろうって釘を刺しとけ」


「は、はい」


 荷物持ちの小柄な男は返事をすると背負っていた大きな荷物を下ろして、街長邸に向かおうとした。


「おいおい。俺達にその荷物を持たせるつもりかよ?背負ったまま行って来いよ」


 ハーゲンが荷物持ちを馬鹿にする様に言う。


「……わかりました」


 荷物持ちの男は荷物を背負い直すとお店を後に、街長邸まで走るのであった。




 大きな荷物を背負ったまま、街中を機敏に走り抜けていく小柄な男性の横に、いつの間にか一人の少年が一緒に走っていた。


 荷物持ちの男は突然現れたようにしか思えなかったこの少年の出現にギョッとして道の途中で足を止めて脇に飛び退った。


「どうも。あなた達が襲うと画策しているチームのリーダーを務めているタウロと言います」


「!」


「今から街長にお金を請求しに行くんですよね?」


「なぜそれを!?」


「一部始終を傍で聞いてたので」


「そんな馬鹿な!?」


 荷物持ちの小柄な男性は目深にフードを被っているから分かりにくいが、よく見たら、まだ少年の様だ。


 タウロとそう年齢も変わらないかもしれない。


「ところで荷物持ちさんはあまりいい扱いを受けていないですね。彼らの側に付いていたらいつかトカゲの尻尾切りであなたが損をする未来しか視えないのですが、僕と交渉する気ありませんか?」


 タウロは交渉を持ち出した。


「交渉?」


「はい。先程の話では、街長の横領や冒険者ギルドの副支部長の罪についてみなさん知ってるご様子。それはそれで興味深いなと。あなたにはその情報を、僕に売って貰えたら助かります。もちろん、売って頂けたらあなたの罪は問いません」


「あんたは一体何者なんだ……?」


「今それは問題ではありません。今大事なのは、虐げられているあなたがこのままあのハーゲンの元で罪を重ねてしまう事が問題です。きっと奴らは何かあった時にはあなたに罪を押し付けると思いますよ。それなら、僕に情報を売り、尚且つ正道に戻る事が一番かと」


 タウロは交渉を続ける。


「あなたを見るとやはりC+チームの荷物持ち。身のこなしは大したものです。ここで彼らから離脱しても一人で十分やっていけると思いますよ。……もしかして、虐げられながら彼らに従うのは何か理由があるのですか?」


「……」


「……あるけど、言えない。……という事でしょうか?……それは契約魔法?いや、もっと厳しいものかな?魔法使いがチームにいますよね?もしかして禁止されている隷属魔法?」


「!」


「……なるほど。チームの荷物を任せる代わりに隷属魔法に従え、という感じで騙されました?」


「!!」


「……もしかして、冒険者になりたくてもお金がない。そこへ声を掛けられた感じですか?」


「!!!」


「……はぁ。完全に騙されたんですね。わかりました。あなたにかけられた隷属魔法を僕が解いてみましょう。確か闇魔法でしたよね……」


 タウロはそう答えると、少し、考え込んだ。


 そして、『浄化』魔法、『状態異常回復』魔法、闇の精霊魔法の呪術返しという三つの魔法を、『多重詠唱』で同時に『魔力操作(極)』でバランスを考えながら、上手く操作し唱える。


 1度目、失敗。


 2度目、失敗。


「うーん……。方向性は間違ってないと思うから、やはり割合かな……?」


 タウロはそう呟くと、もう一度唱える。


 3度目……、荷物持ちの少年の周囲にパチパチと火花が散り、何かが割れるような音がした。


「特殊スキル【&%$#】の発動条件の1つ<禁忌に打ち勝ちし者>を確認。[光の精霊魔法制限解除]を取得しました」


 という『世界の声』が脳裏に響く。


「やったー!君を縛る隷属魔法は解けたよ。これで君は自由だ!」


 タウロも今回ばかりは、新たな能力より目の前の少年が自由になった事を喜ぶのであった。

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